オトナの夏休み
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夏全開の晴れた空、班長に怒られながらニガテなデスクワークをどうにかこなして手に入れた久しぶりの連休!
もうこれでもか!っていうくらいいーっぱいいーーーっぱい、夏子ちゃんといちゃいちゃするーっ!
ハズだったのに…
「夏子ちゃ…」
「そらちゃーん、おままごとしよう?」
「うん、おままごと…。後でね…。 夏子ちゃ…」
「ちげーよ!そら兄ちゃんはおれとレンジャーごっこするんだから!」
「う、うん、レンジャーごっこ、それも後でね…。 夏子ちゃ…」
「そらー、悪いが荷物を運ぶのを手伝って欲しいんだが。それからあそこの棚の…」
「ちょ、園長まで…。 夏子ちゃ…」
「おねーちゃん、ぼくと遊んで?」
「じゃあおれもーっ!」
「わたしもーっ!」
「ダメダメダメダメっ!夏子ちゃんはオレと…」
「いいよ、何して遊ぼうか」
「っ! 夏子ちゃ…」
どうしてーっ!!!
チビどもに両手を引かれて連れられてく夏子ちゃんの後ろ姿、それにがっくり打ちひしがれるオレを見て、七乃香が笑う。
「そら、フられちゃったね」
「ちょ、フられてないっつーのっ!」
「そらちゃん、フられるってなぁに?」
「フられてない、フられてないから!」
「隙ありっ!レッドパーンチっ!」
「痛っ!フツーに痛いから! …くっそ、こーなったらおままごともレンジャーごっこも棚の修理も全部まとめてやってやるっつーの!」
「修理はいい、そらに任せると悪化するから」
「ちょ、園長…」
とどめの一発に再起不能にされて力をなくしたオレの手を、チビたちが無邪気に揺らしていた。
施設の夜は早い。
しかも、来客がある時のチビどものはしゃぎっぷりは尋常ではない。
「おやすみなさい、そらさん」
結局きちんと話できないまま、夏子ちゃんは二段ベッドに潜り込む。
チビたちに懐かれて散々相手をしてくれてたから疲れたのかな、って思って、オレも大人しく横になったけれど。
「夏子ちゃん…」
「…」
「夏子ちゃん、起きてる?」
身を起こすと、簡素なベッドがぎしりと軋む。
返事はないけれど寝返りを打ったのか、もう一つのベッドからシーツの擦れる音が聞こえて。
そっと近づくと、やっぱり寝ていなかった夏子ちゃんは困った瞳でオレを見上げた。
「眠れない?」
いたわるようにそっと夏子ちゃんの頭を撫でる、夏子ちゃんは切なげに笑う。
まぁ、眠れなくても仕方ないか。
ちくりと痛む心を笑顔で隠して、柔らかな頬を撫でる。
「ねぇ。ちょっと出かけてみない?」
「あの、星の見える…?」
「そこもいいけど、今日は違うトコ」
ウィンク付きのオレのお誘いに、夏子ちゃんは小さく頷いた。
街頭が照らす暗い道。
オレに手をひかれてとぼとぼ歩く夏子ちゃんは、今日はどこに行くのか訊ねない。
そんな夏子ちゃんの手をぎゅっと握って、オレも無言で歩き続けた。
「はい。とうちゃ〜く!」
「ここ、って…」
夏子ちゃんが驚くのも無理はない。
鉄製の黒い門扉、広いグラウンド、その奥には、電気の点いてない教室が並ぶ、白い校舎…
「そ、オレが通ってた高・校」
「…」
「えっとね、確かこっちに…。来て来て」
何も言わない夏子ちゃんの手を引いて、フェンス沿いに進む。
「あったあった」
懐かしのポイントを見つけ出し、固い表情のままの夏子ちゃんを振り返ってにっこり笑う。
「しょっと!」
そしてひょいっと、塀の上に乗り上げた。
校舎の裏手は高い塀で囲まれてるんだけれど、木が生い茂ってるここの塀だけ丁度足が引っ掛けられるような穴が開いている。
見つかりにくい立地、位置といい大きさといい絶妙な穴。
誰かが故意に開けたであろうそれに、当時、抜け出す時にお世話になりました。
「行こ?」
首を傾げて、手を差し出す。
――ダメですよ、そらさん
いつもならそう言ってオレを窘めるハズの夏子ちゃんは、ぎゅっと唇を噛み締めてオレの手を取った。
「そうそう、ここここ!」
記憶を辿って校舎の最上階、一番端っこのドアを開ける。
立て付けのあまりよろしくないそれが鈍い音を出さないように、慎重に。
チョークの跡が残る黒板、木製の教壇と教卓、整ってはいるけれど古いロッカー、年季の入ったデカい文字盤の掛け時計…
頭の中そっくりそのままそれらが並ぶココは、オレが3年の時の教室で。
「懐かしー…」
感嘆の声を漏らすオレとは裏腹に、夏子ちゃんは所在なげに立ち尽くしていて。
無言のままの夏子ちゃんの手をしっかり繋いで、整然と並んだ机の間をすり抜ける。
目指すのは、たった一つ。
がたがたと椅子を引いて腰掛けて、我が物顔で木の背もたれに寄りかかった。
窓際の列の一番後ろ、ココがオレの定位置。
「ここねー、オレの席!」
「…」
「やっぱ窓側でしょ!授業中、よくこーやって校庭を眺めてたんだよねー」
「…」
「で、体育の授業中の女の子たちに手を振ると、きゃーって歓声があがっ…」
「…」
「てたりしたらいいなー、なんて。ハハハ…」
夏子ちゃんはオレの隣の席に座ることもなく、眉毛を下げて唇を結んだままで。
「夏子ちゃん…?」
そっと手を差し伸べると、おずおずと自分のを重ねる。
「高校生のそらさんの傍にも、いたかった…」
静かに絡んだ指先は震えていて、声は小さくかすれていた。
確かな嫉妬と独占欲。
切なく狂おしく胸を刺すそれに、夏子ちゃんはその綺麗な瞳を潤ませる。
「夏子ちゃん…」
繋がった手をオレへと引いて、細身の体に腕を絡めた。
久しぶりの連休をオレの地元で過ごすことを、夏子ちゃんはとても楽しみにしていてくれた。
迎えに行った時も電車に乗っている時も本当に嬉しそうで、大きな瞳はきらきらしていたのに。
――あれ?そら…?
電車を乗り継いで到着した駅で思いがけない再会を果たしたのは、オレが年上キラーだった頃の相手で。
二言三言短い言葉を交わすオレの横でぺこりとお辞儀した夏子ちゃんだけど、その時にはもう、瞳の輝きは消えていた。
宥めるように背中を撫でると、夏子ちゃんは椅子に座って低い位置にあるオレの首に恐る恐る手を回す。
そして小さく、ごめんなさいと言った。
抱きしめる腕を解かずに、立ったままの夏子ちゃんを見上げる。
泣きそうな夏子ちゃんに、にっこり笑いかけた。
甘く優しい感情だけで想えたら、そう願うけれど…
「確かに夏子ちゃんと一緒の高校生活、すっげー楽しそうだよね」
「…」
「毎日手ぇ繋いで登校して、お昼ご飯は屋上で食べて、時々図書室でお昼寝して」
「…怒られちゃいますよ」
「ハハッ、じゃ、一緒に怒られて?で、一緒に試験勉強して、学祭は一緒に回って、後夜祭ではダンスして…」
オレが挙げる共に過ごせなかった時間に想いを馳せてるのか、夏子ちゃんは切なそうに懐かしそうに目を細める。
でもね、と区切って、悲しそうな笑みを浮かべる頬に手のひらを添えた。
「オレは今、夏子ちゃんといたい」
「…」
「これから先もずっとずっと、夏子といたい」
触れた指先、抱きしめた腕。
そこから伝わる柔らかな体温。
戻せない過去に痛みを赦さずに、ぬくもりを感じる今を、あたたかい未来を、共に…
オレの想いが通じたのか、はい、と声を震わせながらも答えてくれた夏子ちゃんの瞳から、涙が一筋流れる。
「泣かないで?夏子ちゃんは笑顔が一番かわいいんだから」
「そら、さん…」
「明日はさ、海に行こう?で、夜は星空を見に行こうよ」
ぽろぽろと頬を伝う涙を拭いながら誘うと、夏子ちゃんはこくんと頷いた。
ガタッと椅子が騒ぐ、オレが一瞬だけ立ち上がって夏子ちゃんの目尻に軽いキスを落としたから。
夏子ちゃんは大きな音にも不意打ちのキスにも驚いていたけれど、まだ瞳には涙が残っていて。
「まだダメ?じゃあもう一回…、わわっ!」
「きゃっ!」
もう一度、と立ち上がった拍子にバランスを崩して、抱きしめた夏子ちゃんごと床に倒れこむ。
「ごめ…、大丈夫?」
「はい…」
咄嗟にかばったから平気だとは思うけれど、なぜか夏子ちゃんの顔は真っ赤で。
あ、そっか。
きっと、オレを押し倒したみたいなこの体勢が恥ずかしいんだろうな。
もう何度も肌を合わせたっていうのに、いつまで経っても慣れなくて。
「そらさんこそ、大丈夫ですか?」
「ヘーキヘーキ!」
「重いですよね、どきま…」
「ダーメ。やーっと夏子ちゃんとくっつけたんだから」
「そらさん…っ」
「あー、幸せー…」
しみじみ呟いて、やっと涙の止まった夏子ちゃんの形のいい頭を撫でる。
恥ずかしそうにしながらも夏子ちゃんはオレの上から降りようとせず、大人しくオレの腕の中に収まっていて。
「高校生も楽しそうだけど、オトナの方がいいっしょ」
「…どうして?」
「好きな子と二人っきりで旅行に行ったり、夜中にガッコに忍び込んだり…。こーゆーこともできるし?」
項に滑らせた手を引いて、柔らかく唇を奪う。
ね?、と囁きで問えば、夏子ちゃんは同意するように静かに目を閉じる。
綺麗な髪を指に絡めて、もう一度、今度は長く、唇を重ねた。
オレの高校時代はとても褒められたものじゃないけれど、それに嫉妬する夏子ちゃんを後ろ向きだと責めたりなんかしない。
甘く優しい感情だけで想えたら、そう願うけれど、現実は些細な事にも嫉妬しちゃったりする。
けれど綺麗なだけじゃないから、本物だと思えるワケで。
違う道を歩んで来た二人、分かり合えないこともあるだろう。
衝突するかもしれない、大喧嘩もするかもしれない。
それでも歩み寄りたいと望む、妥協ではなく、ちゃんと理解したいし理解して欲しいと思う。
そうするための努力を、オレは惜しまない。
「夏子ちゃん、男どもに両手を引かれてた…」
「男、って、まだ小さい子たちじゃないですか…」
「夏子ちゃんと手を繋いでいいのはオレだけなの!あーオレ、自分の子どもにも妬きそう…」
「えっ?」
ずっと一緒にいるよ。
ずっとずっと、大好きだよ。
冷たい床に体を預けて甘く優しいキスを交わす、静かに夜は更けていく。
いつも頬杖ついて眺めてた窓ガラスの向こう…
煌めく星たちが、大人になったオレたちを見守っていた。
End.
Byゆり