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夏、にわか雨
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※キャラ崩壊注意、カッコいい一柳はいません。

※それを許せる心の広い方のみどうぞ。



* * * * *



雲行きが怪しい、とは思っていた。

総理に会いに来た夏子を、丁度上がりだった俺が送ってやっている時だった。

「夏子急げ。一雨来る」

「はい…。 わ、降ってきた!」

「ちっ…。走るぞ!」

夏子のアパートはもう目の前なのに、急に陰った空から大粒の雨が落ちてくる。

舌打ちをしてジャケットを脱ぎ、駆け出した夏子にかけてやった。

雨足は強くなる一方。

なんとかずぶ濡れになる前に、夏子の部屋にたどり着く。

「昴さん、上がっていって下さい」

「ああ、そうさせてもらう」

「今タオル持ってきますね。 あ!洗濯物!」

靴を脱いだばかりの夏子は慌ててベランダへと駆けていく。

髪をかき上げ、濡れて張り付いたシャツを引っ張って剥がしながら部屋へ進むと、洗濯物を取り込んだ夏子が窓を閉めるところだった。

「洗濯物、ギリギリセーフでした」

「あ、ああ…」

「あ!タオル持ってきますね!」

タオルタオル、と、ほとんど濡れてない夏子が抱えている衣類から、俺は目が離せない。

雨は激しさを増し、閉めたばかりの窓を叩きつける。





あれ、トランクス、だよな…





夏子は一人暮らしだと聞いている、一人っ子で男兄弟などいないと。

なのに、洗濯物に男性用の下着。

しかも、複数…





男、か…?





たらり、雨とは違うものが背中を撫でる。

トランクス、トランクス…。

男にまるで免疫のなさそうな夏子だけれども、下着を洗濯――しかも複数――するような間柄の奴がいるのかっ!?

総理に報告…、いや、まずは桂木さんに相談か…?



…じゃなくて!!!



「はい昴さん、タオルです」

「あ、ああ…」

濡れちゃいましたね、ごめんなさい、と、タオルを差し出す姿は無邪気であどけなくて、男とは縁遠そうなのに。

トランクス、トランクス…

俺はボクサー派…、いやいや、論点はそこじゃあない。

SPたるもの、常に冷静で迅速かつ最善な判断を下さねばならない。

落ち着け、俺。

「暑いですね…。アイスコーヒー淹れてきますね」

締め切った部屋は蒸し暑く、夏子は汗の滲む胸元を扇ぎながらエアコンのスイッチを入れる。

呑気極まりない夏子は俺の葛藤にこれっぽっちも気付かないまま、衣類をソファに放置してキッチンへと向かった。

ソファに積み上がった洗濯物をじっと睨む。

白いタオル、紺色のTシャツ、レースのついたキャミソール、ストライプ柄のトランクス…

表示を見ろ、色柄ものは分けて洗え、そしてネットに…、いやいや、今は洗濯方法についてレクチャーしている場合じゃない。

「はい、昴さん」

「ああ」

差し出されたのはよく冷えたアイスコーヒー、この喉の渇きを潤すには最適だろう。

けれど今はアイスコーヒーよりもトランクスの持ち主の名前が欲しい。

だが夏子はあくまでも警護対象者で俺は一介のSPだ。

そんな事を問えるワケもなく、グラスの中で氷が回ってからんと鳴る。

俺の向かいに座ってアイスコーヒーを飲んだ夏子は、幸せそうに顔を緩めてから、

「雨、止みませんねぇ…。 あ、洗濯物畳んじゃお」

くるりとソファへと向き直った。

一番上のタオルを畳んで次にキャミソールを畳んで。

しかしものすごいスピードでひとつを手にすると、ばっ!と胸元に押し当てて、がはっ!とこちらを振り返る。

夏子が抱きしめて隠したのは、夏子の下着ではなく。

チェック柄のトランクス…

「あ、あの、これはですね…っ」

分かってるさっきから見えてる、SPの視力なめんなよ。

トランクスだろ?どー頑張ってもタオルには見えない顔は拭きたくない。

「えっと、その、あの…」

口ごもるな!さっさと持ち主を言え!

…まさか、俺の知っている奴なのかっ!?

知らず顔が険しくなると、恐縮しきりの夏子は外の雨にかき消されそうな小さな声を発した。

「私の、です…」





は……………?



お前、そういう趣味があったのか…?





唖然とする俺に、夏子は慌てて言葉を足す。

「あのっ!女の子の一人暮らしは不用心だから男の人がいるように見せかけなさいって、おばあちゃんが!」

「…」

「い、一枚じゃカモフラージュだってバレるから、いっぱい持ってなさい、って!」



カモフラージュ、だと…?



予想外の夏子の答えに思いっきり脱力する。

夏子が必死で弁明すればするほど、爪が食い込む程拳を握りしめて思い詰めた自分が馬鹿らしくなる。

俺を悩ませたトランクスは男除け、つまり、夏子には下着を洗濯するような親密な間柄の男はいないってことで…

「はははっ」

「す、昴さん…?」

「そうか、カモフラージュか…」

おばあちゃんグッジョブ!

急に態度を軟化させた俺に夏子が怪訝な表情を見せたけれど、杞憂に終わったことに安堵して俺は機嫌よくアイスコーヒーを口にする。

氷が溶けて若干薄くなったそれは、心地良く俺を潤した。

カモフラージュ、ねぇ…

寄ってくる男がいる、って事か。

秘密をカミングアウトした赤い頬のまま洗濯物を畳む夏子の横顔を見つめていると、ふと名案が思い浮かんだ。

「俺のパンツ、貸してやろうか?」

ついでに洗濯の何たるかを一から徹底的に叩き込む、そう企んだのに。

「ダメです!無理です無理です無理です!」

ちょ、そんなに全否定しなくてもいいだろうが!

俺のパンツは汚くねーぞ!!!

音もなく水滴がグラスを滑る。

真っ赤になった夏子はぶんぶんと音が鳴りそうなほど頭を振る。

「だって、本物なんて洗ったことないですから!!!」





何、だと…!?





夏子は実の父親である平泉総理と最近再会したばかりで、ずっと母親と祖母と暮らしていたと聞いている、そして今は一人暮らし。総理とも同居していない。

本物イコール使用済みの男物の下着。

身近であろう父親のものも洗ったことがない、そして、今まで誰一人として下着を洗濯するような親密な間柄の男はいなかったってことで…

おばあちゃん、あなたの教育は最高です!!!

冷静な表情を保ちながら、心の中でめちゃめちゃガッツポーズを連発する。

来たか!?俺の時代が来たか!?

そらは言うまでもなく幼なじみの海司、何考えているか分からない瑞貴にあの堅物の代名詞と言うべき桂木さんでさえ、夏子に好意を寄せている。

今がチャンスか!?決め時か!?

だいぶ少なくなったアイスコーヒーを飲み干して、その時を探れとばかりに平静を装って足を組み替える。

うるさく跳ねる心臓をどうにか宥めていると、最後の一枚を畳み終えた夏子が小さく口を開いた。

「ごめんなさい…」





ちょ、断られた…!?





まだ何も言ってねーのに…





まさかの牽制球にずたぼろに打ちのめされ、引きつる顔にどうにか冷静を纏わせようとしても上手くいかない。

つーか何で分かった、お前はエスパーか?

まだ日暮れ前なのに、厚い雲に覆われた外は暗い。

激しい雨粒は俺の心まで砕きそうで。

「変ですよね…、防犯の為に男の人の洗濯物を干すなんて」

いや、古典的だが案外効果があるんじゃねーか?

俺も危うく騙されかけたし、現に今のところ悪い虫はついてねーみたいだし。

夏子は眉を下げたまま、情けなく俺を見る。

その姿はまるで、小動物のようで…

あーくそ、守ってやりてぇなコイツ…

仕事はもちろん、プライベートでも。

思わず伸ばしかけた手をぐっとこらえる。

その時だった。

「きゃっ!」

目が眩むほどの閃光が窓の外を走る。

直後に地を揺するような轟音。

襲撃か、と身構えたが、近くに雷が落ちたらしい。

部屋の明かりは落ちエアコンも止まる、落雷による停電だろう。



そして、この部屋の主は俺の胸に顔を埋めて…



コイツ、雷が怖いのか…?

眼下でかたかたと震える華奢な肩に、一層庇護欲をかきたてられる。

抱きしめたい、閉じ込めたいと手を伸ばすけれど、

「ご、ごめんなさいっ…」

夏子は慌てて俺から離れる。

雷のせいなのかなんなのか、暗い部屋でも分かるほど赤く染まった頬、潤む瞳、そして物言いたげな眼差し…

雨は変わらず激しい。

「昴、さん…」

徐々に蒸し暑さを取り戻す、雨に隠された暗い部屋の中。

隠しきれない熱情を秘めた二人の視線が、甘く揺らめいて絡む。



言葉もなく、はじまりを悟る。





「夏子…」





再び雷鳴が轟く、今度は悲鳴は上がらない。



もう、誰にも渡さねぇ。



稲光に照らされた二人の影は、そっと重なっていた。





End.

Byゆり


 
 

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