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An Unforgettable summer
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【桂木 サイド】




高速を降りて、どの位走っただろうか。


国道に出て、県道にでて、昔来た記憶を辿りながら、緑が多いこの町にやってきた。


まだ早朝ということから、日射しもさほど強くはなく、エアコンをかけるより、窓を開けて走った方が気持ちがいい朝だった。


暫く行くと、目的の場所が見えてきた。


日乃本さんからは事前に中庭に車を入れて下さいと言われていた為、ゆっくりと車を中庭に回した。


―…ここは、日乃本さんの…夏子の母方の祖母の家。


夏休みに帰省している彼女。


そんな中、急に総理のパーティーの出席をお願いされた彼女の迎えに俺は来ていた。


車を降りると、日乃本さんとその後ろにおばあさんの姿が視界に入る。


「すみません、桂木さんこんな所までお迎えに来ていただいて。」


「いえ、こちらこそ、急にパーティのご出席、申し訳ありません。」


「ふふ。向こうの外交官の方のお願いじゃ、出席しないわけにも行かないですよね。」


「…ありがとうございます」


仕事上は、つい彼女を『恋人』ではなく『総理ご令嬢』と接してしまう。


自分でも、仕事バカな奴だと思うが、この癖はそうそう治らないらしい。


俺達の会話を彼女のおばあさんが後ろでニコニコと笑って眺めていた。


「…ご挨拶が遅れました。ご無沙汰しております。その節はお世話になりました」


「お久しぶりです、相変わらずいい男だねぇ」


「…は!?…あ、…ありがとうございます。おばあさんもお元気そうでなによりです。」


こちらに一度だけお世話になった事がある。


総理に休暇を頂いて、夏子と一緒に来たことがあった。


その時も良くしていただいて、忘れられない思い出だ。


「ふふ、夏子が帰ってきてから、朝から晩まで惚気をたくさん聞かされてましたよ。」


「…お、おばあちゃん!!」


「さぁさ、まだ時間はあるでしょう?お茶でも飲んでいってください」


「…や、しかし…」


「スイカも冷やしていましたから。さぁさ、どうぞ。」


「…では、すこしだけお邪魔させていただきます」


ぺこっと頭を下げ、案内されるままついていく。


彼女のおばあさんにはいつまで経っても敵わない様だ。


俺はいつの間にかSPから、彼女の田舎のご両親に挨拶に来たみたいになっていた。




案内されたのは、奥の広間。


広間は縁側から庭に出れるようになっており、開放感があった。


縁側に日よけ防止の簾が掛かっており、そこから中庭が見えた。


広間の隅に、一つの仏壇がある。


夏子に似た1人の女性の遺影の脇に綺麗な菊の花が添えられていた。


「…お線香をあげさせて頂いてもよろしいですか?」


「ええ。桂木さんにあげられたら、きっと娘も喜びます。」


おばあさんはそういうと奥に入り、冷たい麦茶を準備し、スイカを切り分けた。


仏壇の蝋燭に灯された火に線香をつけ、静かに両手を合わせた。


顔を上げ居直ると、夏子が縁側から中庭に出て庭に植えられていた朝顔に水をあげていた。


「おばあちゃーん、朝顔に水、あげたからー。」


「ありがとう、夏子。さぁさ、麦茶飲んで。スイカも。ほら」


「ありがとう。これ食べたら行くね?」


「はいよ。気をつけてね」



何気ない家族のやりとりだが、何故か心が潤う様に感じた。


水滴がついた朝顔。


中庭には小さな家庭菜園をしているナスにトマト。


直ぐ側にある木には蝉が鳴いていて。


縁側に下げられた風鈴がちりんちりんと涼やかに鳴っていた。


「桂木さん、このスイカ、とっても甘いですよ!食べてみて!」


花咲いたような笑顔を見せる夏子。


ああ、この子は、こんな素敵な場所で育った子なんだな―…。


初めてここに来たときもそう感じたが、今日は、またこの光景が眩しく見える。


なんだか、そう思ってしまうのは、俺が年なせいなのか。


「…ああ、頂こうかな。」


さくっとかじったスイカは本当に甘くて瑞々しい。


「ね?美味しいでしょ?」


「…ああ、美味い」


もう、すっかりSPの顔は取れ、俺は1人の男として夏子と向き合った。


「…ほんとに、すっかり夏だねぇ…」


扇風機が回っているのに、団扇を扇いでくれる夏子のおばあさんに、何ともいえない感情が沸いた。


「…今度、ゆっくりお邪魔させていただいてもよろしいですか?」


「ええ。ええ。是非、そうして下さい。また祭りの時期にでも遊びにいらしてください。」


「そうですね、その時、また。」



彼女の母親が亡くなった後、夏子に沢山の愛情を注いでくれたおばあさんに、伝えきれない感謝が湧く。


「あ、遅くなりましたが、お土産です。つまらないものですが…」


そっと菓子折を差し出した。夏子から甘いモノが好きだと聞いていたので、さんざん菓子屋を回ってこれに決めたのだが…。


「わぁ、金鍔、おばあちゃん大好きなんだよ!ね?」


「ええ。わざわざありがとうございます。」


にこにこと喜ぶ夏子とおばあさんに悩んだがこの菓子にしてよかったと思った。


夏子が菓子を仏壇に持って上げて手を合わせた。


「…そろそろ行くね。…また来ます」


会話をするようにそう言った夏子が、荷物を取りに自分の部屋に向かった。


その姿を見送っていると、団扇を扇いでいたおばあさんが、ふっと息を吐くように呟いた。


「…あの子は、前から明るい子だったけど、本当によく笑うようになった。これも、桂木さんのおかげだね…。」


「いえ、私は特に何もしてません。寧ろ、彼女によくしていただいている方で…」


「夏子はね、」


「…はい」


「あの子の母親が亡くなった時も、そりゃ、気丈に振る舞っていてね。」


「…ええ」


おばあさんは、そっと視線を仏壇に向けた。


「なるべく、明るく、笑おうとしていたんですよ。…でも、無理をしてたんだと思うんです。実の母親を亡くして、こんな田舎に引っ越しして…。」


「……。」


「私もなるべくあの子が悲しい事を忘れられるように、面白いおばあちゃんでいなきゃって、頑張ったら、それが板についちゃいました。ふふ…っ」


「…おばあさん…」


「…なんの取り柄もない子です。夏子は。でも、一つだけ、あの子はいい所がある。」


「……」


「大切な人を失った経験があるから、自分が大切にしたい人には、出来るだけの愛情を注ぐ子だ。…桂木さんにも、わかると思いますが…」


「…ええ。感じています。いつも」


夏子の優しい眼差し


夏子の笑顔


いつも自分よりも他人に優しくする所


全て


俺の愛しいものだった。


おばあさんは、団扇を扇いでいた皺だらけの手を止めると、そっとそのまま手を付いて、頭を下げた。


「どうか、あの子をよろしくお願いします。私はこの通り老い先短いですけど、桂木さんの様な素晴らしい殿方なら、安心して、あの子を任せられます。」


「…っ、おばあさん、頭を上げて下さい…っ」


「…お願いします」






…大切な人を、誰かに託す、という事を



俺はまだ経験したことがない。



まして、託される経験も。



ずっと、体を張る仕事で、いつでもこの身を盾に出来るようしてきたから、そんな資格がないと思った。



でも、夏子と出逢って、彼女を愛して



やっぱり失えない者がこの世にあると思い、俺の人生が一変した。



そんな夏子を、大切にしない訳はない。



けど、そんな決意さえ、目の前で頭を下げる彼女の肉親を目にすると



充分応えられているのかと思ってしまう。



それほど…夏子のおばあさんの想いは深いものだと思う。



だから




「…大切に、します。」




出来るだけ、誠意を込めて、言葉にした。



「彼女を…夏子を誰よりも幸せに、俺がします。」


そうはっきり言うと、ゆっくりと顔を上げたおばあさんが、目尻の皺を更に深くさせ笑った。


「…ありがとう、桂木さん。これで、安心だ。」


「安心はして下さい。でも、まだまだ夏子にはおばあさんが必要ですからね、もっともっと、元気に長生きして下さい」


弱々しい手を取って、優しく握った。


「…ふふ。そりゃぁ、ひ孫位はこの目で拝まなきゃね。」


変わらない茶目っ気たっぷりの言葉に思わず笑っていると、荷物を持った夏子が姿を現した。


「あれ?どうしたの?2人とも」


先ほどの会話を知らない夏子がきょとんとした顔をして俺達を見つめた。


「さっき桂木さんに、早くひ孫の顔を見せて下さいってお願いしていた所だよ。」


「…お、おばあちゃん?!もう、変な事ばかり言わないの!」


「まー照れちゃって、夏子はウブだねぇ」


しんみりとした空気が一辺に賑やかなモノに代わり、俺までなんだか笑ってしまった。


きっと、ここで


夏子とおばあさんは笑いあってきたのだろう。


こんな風に、幾つもいろんな事を新しい風に変えて。







「おばあちゃん、それじゃ、行ってきます!」


「ああ、頑張っておいで。桂木さんも遠い所からわざわざありがとうございました」


「…いえ。こちらこそ、美味しい麦茶とスイカ、ごちそうさまでした。」


夏子の荷物を受け取って車のトランクルームにしまい、俺達は車に乗り込んだ。


エンジンを掛け、夏子がパワーウィンドーを開けた。


「じゃぁ、また!ごちそうさまでした!」


手を振る夏子と共に俺も頭を下げて車を回した。


「気をつけて。」


夏子のおばあさんは、ずっと手を振っていた。


ルームミラー越しでその姿が見えなくなるまで。


俺はそれをずっと眺めていた。




「…なぁ、夏子。」


「はい?」


「今度、おばあさんの家にエアコンでも買って取り付けようか。夏は暑さがこたえるし」


「え?でも…」


「そうだ。確か、電気ポットで毎日の安否が分かるシステムのが合ったな。お湯を使った日をメールで教えてくれるんだ。」


「…桂木さん…」


「うーん、ipadでテレビ電話もいいかな。顔を見れた方がおばあさん、喜んでくれるかな?どう思う?」


「桂木さん…」


「ん?」


夏子が、そっと俺の左手に手を添えた。


そして、俺の好きな、優しい瞳を向けて俺をじっと見つめた。



「…ありがとう。大好き。」


「…夏子、運転中にそういうのは無しだぞ?」



車を脇に寄せて、キッとブレーキを踏み停車した。



「…今の俺は、やばいんだ…」



どちらともなく顔を寄せ合い、唇を重ねた。



―…愛しさが、この唇から伝われば良いと思う。



―…言葉にならないこの感情が、届けばいいと思う。




君を大切にしてくれたその人を



大切にしたいと思った



夏の日



俺は、前よりも もっと



君を



夏子を大事にしたいと思ったんだ―…。






end

Byモカ☆:ヒトトキノユメ

 
 

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