夏のコーコーセー
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≠公式ヒロイン
* * * * *
「じゃーなーっ!」
「そらーっ、またなーっ!」
夕陽の射す海沿いの国道、チャリの友達に手を振ってオレも歩きだす。
(楽しかったー…)
流れる汗もそのままに、ふんふふんと鼻歌混じり、ポケットに手を突っ込んで施設へと向かう。
待ちに待った夏休み!
高校生活最初のそれを、オレは今、宿題そっちのけで思いっきり満喫している。
明日は何しよーかなー、と、頭の中であれこれ並べるも。
(あ、れ…?)
見慣れた地元の海に、見慣れない人影。
長い髪を潮風に揺らしマキシ丈のスカートに包まれた足を抱えて、誰もいない海岸で、一人、じっと海を見ている女の人。
(すげー美人、だけど…)
穏やかな海を見つめる横顔は整っているけれど、どこか寂しげで。
何か、あったのかな…
「げっ!園長に怒られるっ!」
気づけばとうに日は落ちて、遅い夏の夜はすぐそこ。
バカばっかりやってるコーコーセーとは縁のない、大人の憂う表情が気になりつつも、オレはきっつい坂道を駆け上った。
(あ、いた…)
翌日も、彼女は夕暮れの海辺に佇んでいた。
緩やかなカーブの国道、立ち止まるオレを車が追い越していく。
それに背を押されたように、アスファルトから砂浜へと、一歩だけ降りる。
今日の彼女はノースリーブのトップスにショートパンツといった出で立ちで。
日に焼けてない真っ白な長い足を細い腕で抱えて海を見つめる表情は、昨日と同じだけれど。
不意に彼女が立ち上がる、サンダルを脱ぎ捨てて、海へと向かう。
そして、寄せる波に足を浸して…
(あ…)
彼女が、笑った。
きっとオレより年上だろうけれど、飾らない笑顔がすっげーかわいくて。
初めて見た柔らかな表情にどうしようもなく目を奪われる。
潮風が誘うように彼女の髪を優しく揺らす。
彼女は口元に笑みを刻んだまま、二、三歩海へと進む。
少し高い波にふくらはぎまで濡らして、両手で海水を掬って、空へと投げた。
彼女の手を離れた雫が、夕陽を吸い込んできらきら光って…
「もうちょい奥まで入ろーよ!」
気が付けば、彼女の手首を掴んでオレも海に入ってた。
「え?え…?な、何…っ?」
足首なんて生っちょろい、膝が隠れる深さまでばしゃばしゃと波立てながら、うろたえる彼女の手を引く。
「服!服、濡れちゃ…」
「ハハッ、今夏だから風邪はひかないっしょ。 えいっ!」
両手で海水を掬って、とどめとばかりに彼女にかける。
濡らされて呆然としていたのもつかの間。
「こ〜の〜〜〜っ!」
「ちょ、待っ! 顔!顔はナシっ!しょっぱいっ!目に入るっ!」
すぐに反撃に出た彼女に、たちまちオレの方がびしょ濡れにされる。
夕暮れの時、服のまま海ではしゃぐ子どもじゃない二人。
無邪気に笑う彼女の長い髪の先からぽたりと水滴が落ちる。
濡れたトップスがぴったりと張り付いた胸元に、どきりとした。
「やっほー!」
「君、また来たの…」
「そ・ら♪ 君じゃなくてちゃーんと名前ありますー」
「…そらくんさぁ」
「そらでいーよ、オレの方が年下だし」
はい、と、コイケばーちゃんの店で買ってきたアイスを渡すと、ありがと、と受け取る。
オレが来ることを鬱陶しそうにしながらも、それでも彼女もこの海に来る。
「でさー、そしたらソイツがさー…」
「ははは、若いねぇ…」
彼女は自分のことはあまり話したがらないけれど、オレを追い返すことなく、くだらない雑談に応じてくれる。
この街出身の彼女は東京に勤めていて、今は夏休みで帰省しているらしい。
浜辺に並んで海を見ながら、パッケージを開けてちょっと溶けたアイスにかじりつく。
「ほへーはんはぁ…」
「口に入ったまま喋らない」
「んぐ…。 おねーサンさぁ、明日の夜、暇?」
「明日? ああ、あの神社の夏祭り?」
「うん、一緒に行かない?」
「宿題は終わったの?コーコーセーくん」
「ちょ…。オレは後期集中型なの! あ、ハズレだ…」
木製の棒には何も書いてなくて、くじ付きアイスがはずれたことに肩を落としたけれど。
いいよ、と真隣から小さく聞こえた返事に、単純なオレのテンションは急上昇したのだった。
「ひどい…」
がっくりうなだれるオレの前には、不思議そうに首を傾げる彼女。
遅刻されたワケじゃない、約束をドタキャンされたワケじゃない。
ただ、彼女の服装は出会った時と同じ、マキシ丈のスカート…
「おねーサン、浴衣着てきてくれると思ったのに…」
「まさか。コーコーセーじゃないんだから」
「ま、いっか!おねーサンじゅーぶんかわいいし。 行こ?」
彼女の手を引いて人混みへと歩き出す。
お好み焼き、たこ焼き、ソースせんべい、あんず飴…
目移りするほどの屋台と、目眩がするほどの人の数。
はぐれないように、と、ぎゅっと握った手を、彼女は解くことはなかった。
「まずはじゃがバタ食べて〜、焼きそば食べて〜」
「さすが、育ち盛りのコーコーセー」
「え?屋台の焼きそばってすっげーうまくない?オレ、大好きなんだけどっ!」
大人になるとお祭りだなんてそうそう盛り上がるものでもないのか、彼女は所狭しと並ぶ屋台のどれにも興味を示さない。
そんな彼女の歩みが人に阻まれたワケじゃないのに一瞬止まる。
そして、子どもたちで賑わう、金魚すくいの出店を見た。
その眼差しは、一人で海を見ている時と似ていて寂しそうで…
「おねーサン、金魚欲しいの?」
「え…?あ…」
「オレとってあげるよ!超得意だから!すみませ〜ん!」
ちょっと待ってて、と、繋いだ手を名残惜しくも離してポイを手にする。
見ててね?と腕まくりするオレを、彼女は眩しそうに見守っていた。
夜の海は、祭りのあの喧騒が嘘のように静かで。
月明かりに見守られて、二人並んで、ただ浜辺を歩く。
お椀から零れそうなほどたーっくさん金魚掬ったのに、彼女は一匹だけを選んだ。
一匹でいいの
そう言ってビニール袋の中で泳ぐ赤い金魚を見つめる彼女自身が、一人でいることを望んでいるようで。
海から吹く風は、少し冷たい。
もうすぐ夏が終わる、もうすぐ彼女は東京に戻る。
短い季節を共にして、オレの夏の匂いに、彼女の香水が書き加えられた。
静かに波は寄せては返す。
ゆっくり砂を踏みしめながら、そっと視線を隣に移す。
彼女の横顔は、やっぱり綺麗で悲しそうで…
「そらくん、お祭り、楽しかった」
「うん」
「金魚もありがとう」
「うん…」
海に映った月がゆらゆら揺れる。
確かに繋いだ手、そこから伝わる柔らかなぬくもり。
肺の奥が、ぎゅっと切なく痛む。
オレはまだなんも持たないちっぽけなコーコーセーで。
気の利いた言葉一つ言えない、こーやって並んで海を眺めることしかできないけれど。
ねぇ、夏子サン…
あなたを好きになってもいいですか?
あなたを、ぎゅっと抱きしめてもいいですか。
End.
渚のお姉サマー/NEWS
Byゆり