小説 | ナノ

三度目のキスの後で


氷川の部屋に足を踏み入れると、
そのあまりにも殺風景に名前は少々驚いた。

名前は男の一人暮らしの部屋というものを
テレビや雑誌や友人の話からしか知らないが、
もう少しゴチャついているか、
或いはインテリアにやたらこだわった生活感のない部屋か、
そのどちらかだと思っていた。
しかし氷川の部屋はそのどちらでもなく、ただ殺風景であった。

大きなものはベッドとテーブルがひとつに、
テレビそれからVHSのビデオデッキのみ。
キチンと片付けられている清潔な部屋というよりは、
事務所だとか病室だとかのような無機質的な印象を受ける。

その中で、ビデオデッキの周辺に高く積まれたビデオテープだけが
異質な存在として浮いていた。

「このビデオって……」

名前がその中の一本を手に取ると、
ラベルには「ハメド/アリセア」と走り書きがあった。
男の殴り書きというより、もっと繊細な印象の筆跡だった。
女の文字のように見えなくもないが、
他のラベルにも同じ筆跡が見られるので、
おそらく氷川の手書きなのだろう。

「ナジーム・ハメドとダニアル・アリセアの試合?」
名前が尋ねると氷川はタバコに火を点けながら答えた。
「観るか?」
うなずくと氷川はデッキにテープを差し込んだ。

「適当にベッドにでも座ってくれ」
名前は少し緊張しながらベッドに腰をおろした。
氷川も隣にくるだろうと考えていたら、
彼は片膝を立てて床に座り込み、リモコンの再生ボタンを押した。


テレビ画面の中で試合が始まると、
名前はさっきまで緊張していたのもどこへやらで、
画面に釘付けになった。
氷川と二人、やれ今のパンチはどうだだの、ボディが空いていただの、
あれこれ言いながら夢中で見ていた。

しかしビデオの再生が終わり画面が砂嵐になると、
途端に妙な沈黙が訪れる。


氷川についてこいと言われて部屋まできてしまったが、
一体どうすれば良いのだろう。
このままずっとここに居るべきなのだろうか。
もしずっと氷川の傍に居るのだとしたら、
自分はどういうつもりでいれば良いのだろう。
普通の男女であれば、この状況ですることと言ったらひとつだ。
しかし吸血鬼というものはどうなのだろう。
人間と吸血鬼が交わることはできるのだろうか。


様々な疑問が名前の頭の中を駆け巡った。
思考を巡らせながら、氷川の端正な横顔を眺めた。
シャープな顎のライン、長い睫毛、鼻筋は通っており、
冷たい印象を与える程に美しい。
しかし女のような美しさというのではなく、
男の色気も漂わせている。

「なんだ、どうした」
視線に気づいて氷川は不思議そうに名前を見た。
自分の美しさに無頓着なのか、
名前が見とれていたとは思わなかったようだ。

「氷川さんて綺麗な顔してるなって……」
正直に打ち明けると、氷川は呆れたように溜め息をついた。
「何言ってんだ。俺は男だぞ」
「男の人でも綺麗なものは綺麗なんだもの」

氷川はフッと笑うと、腕を伸ばして名前の前髪に触れた。

「そういうのは男から女に言うもんだろ?」
ベッドに腰掛けた名前と、膝を折って
向かい合った氷川の視線は同じくらいの高さだった。
真っ直ぐに見つめ合う。
氷川の眼は何でも見透かしてしまいそうな色をしている、と名前は思う。
当たり障りのない言葉だけを並べて取り繕うことなどできない。

「ねえ氷川さん」
名前が遠慮がちに呼ぶと、
氷川は聞く体勢を示すようにほんの僅かに首を傾けた。
「私、これからどうしたらいいの?」
あまりに漠然とした問いだということは自分でもわかっていたけれど、
聞きたい事があり過ぎて上手く質問できない。

「どうすればいいかっていうのは、
 もう家には帰らずにずっとここに居たらいいのかって事とか、
 私は……氷川さんの彼女だって思ってていいのか……とか……」
言葉が尻すぼみになると同時に、名前自身も俯いて小さくなった。
なんて恥ずかしい質問をしてしまったのだろう。

氷川は目を細め、その手触りを楽しむように名前の前髪を指で梳いた。
「片時も離れず俺のそばに居ろ。
 あの現場を見ちまったんだ、狙われるかもしれねえ」
氷川に言われ、先程クラブで出くわしたスーツの集団を思い出す。
彼らが名前の前に再び現れるというのだろうか。

「守れるように、ずっと俺の目の届く範囲に居てくれ」
「氷川さん、それって……」
後者の質問の答えと受け取って良いのか、と尋ねる前に、
氷川は頷いた。
「ああ。俺はそのつもりだ。お前は?」
名前の前髪を梳いていた氷川の指が、頬へ滑る。
「もちろん、私も……」

氷川に触れられた頬が熱い。真っ赤になっているのがわかる。
恥ずかしさに目を潤ませていると、氷川の口元がふっと綻んだ。

ふいに体が傾いたと思ったら、名前は抱き寄せられていた。
氷川の白いシャツから、煙草の匂いがする。
クラッと眩暈がいそうになる。

「ねえ、氷川さん。もうひとつ聞きたいんだけど……」
氷川の肩に頬を預けるようにして、名前が尋ねた。
「吸血鬼と人間って、愛し合えるの?」
氷川は驚き、少し仰け反るようにして名前の顔を覗きこんだ。
「なんていうか……人間同士みたいに……セックスしたり、子供を作って
 ずっと一緒に暮らしたりとか……そういうことができるのかなって……」
言いながら、名前は耳まで真っ赤になっていた。

「俺はしたい」

その言葉に、名前は弾かれたように顔を上げた。

「俺はお前とセックスしたいし、ずっと一緒に居たい」
氷川の声に、名前は小さく身震いした。

「名前、いいか?」
戸惑いながらも名前が頷くと、そのままベッドに押し倒された。


部屋までついてきた時点で、こうなることは覚悟はしていたはずだ。
しかしいざ氷川に組み敷かれると、
こうしていることが不思議なように名前は思った。
真っ直ぐに見下ろす氷川の頬に、薄青色の髪がサラッとかかった。
なんて綺麗なんだろうと一瞬目を奪われているうちに、唇が重なった。
焦れたように、服の上からやや乱暴に胸の膨らみを掴まれた。

「氷川さん、待って」
「待てない」

それは氷川の初めての拒絶だった。
いつも名前の言葉をじっと待ってくれた氷川が、初めて拒否をした。
困惑しながらも、それ程に自分を欲してくれていると思うと、
名前は胸がキュッと切なくなった。

氷川の唇が首筋から鎖骨へと滑り降りてくる。
もどかしそうにブラウスのボタンを外し、
柔らかな膨らみへ痕を残すように吸い付いた。
チクッとした痛みの合間に、氷川の荒い息遣いが聞こえる。
何度かそれを繰り返した後、ブラジャーを押し下げるようにして
氷川の指が直に胸に触れた。

「んっ……」
胸の頂きに触れられて、思わず息が漏れた。
それを捕えるように、氷川は今度は舌を這わせ、
右手は腰をなぞりつつスカートをたくし上げた。
恥ずかしさと気持ち良さで名前の体は強張る。

「力抜けよ」
「でも……」
「名前」
怖気づく名前の視線を真っ直ぐに捉え、
至極真面目な面持ちで氷川は口を開く。

「好きだ、名前」

大きく目を見開いた名前に、
噛んで含めるようにゆっくりともう一度繰り返す。

「名前、好きだ。お前と繋がりたい」

唇をギュッと引き結んで、名前が頷く。
その両肩から力が抜けていく。
もう一度深いキスを交わして、
氷川は名前の下着を脚から抜き取った。
舌を絡めながら、白い太腿を撫でる。
「いいか?」
氷川に聞かれ、名前は消え入りそうな声で「はい」と答えた。


まだ開き切っていないそこに、
氷川の張り詰めた性器が押し当てられた。
こじ開けるようにゆっくりと中に進んでいく。
名前は硬く瞼を閉じた。

「大丈夫か?」
氷川が労わるように声をかけると、
恐る恐るといった様子で名前は薄目を開け、
小さく「平気」と言った。
とても平気そうには見えない。

「もしかして、お前……初めてか?」
名前の目の縁にジワッと涙が浮かぶ。
繋がった箇所から、血が滴る。

「そっか……悪かったな、焦っちまって」
裸で繋がったまま、真顔で謝る氷川がおかしくて、
名前はプッと吹き出した。
「何笑ってるんだよ」
「だって、こんな恰好でそんな真顔になるんだもの」
先ほどまで痛みと緊張で顔を強張らせていた名前が、
すっかりリラックスした笑顔を浮かべていた。
「さっきまで泣いてたクセに」
氷川は憮然としたが、嫌な気はしていなかった。

「ホントはね、氷川さんが私のことをちゃんと大事に思ってくれてるって
 伝わってきて、嬉しくて、照れくさくて、つい笑っちゃったの」
「…………かなわねぇな、お前には」
表情には出さないけれど、名前の言葉に胸を打たれていた。
溢れる愛しさを飲む込むように、深く口づけた。

「名前、悪りぃが本当にもう容赦できそうにない」
グッと腰を押し進められる。
名前の下腹部に圧迫感が広がる。

「苦情なら後で聞くから、ちょっとだけ我慢しててくれ」
言うなり、氷川は律動を始めた。
「え、ちょっと、氷川さ……」
「俺につかまってろ」
言われるままにギュッと抱きつくと、
不思議と痛みが和らいだ。
耳元に氷川の息遣いが熱い。
子宮のあたりが熱で溶けて行くような感覚。

「氷川さん、あったかい……」
「ああ、俺も」
吸血鬼だとか、人間だとか、
この肌の温かさがあれば、そんなの関係ないんじゃないかって、
確かにそう感じた。




(あとがき)長くなってすみません。
携帯からご覧の方、ちゃんと全文表示されましたでしょうか。



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