小説 | ナノ

数秒の幸福
  


「西君」

アイツが呼ぶ。甘ったるい声。

「西君」

アイツは何故か俺につきまとう。
ミッションで必ず俺に同行しようとする。
俺に駆け寄り、スーツの袖口をつまむような仕草で
俺の名前を呼ぶんだ。

それに構わずステルスしてやると、
アイツは心細そうな顔して、
消え入りそうな声でまた俺を呼ぶんだ。

「西君……隠れちゃったの?」

カタカタと小さく震える手でXガンを握りしめている。

「苗字さん、大丈夫?」

アイツの様子に気づき、加藤勝が声をかける。

「加藤君……」
「怖かったら俺と一緒に行動する?」

偽善者の加藤が心配そうな顔してアイツを見ている。

「ううん、平気。ありがとう、加藤君。
 わたし、西君を探してみる」

アイツは首を横に振って駆け出した。

女の参加者はだいたい加藤に好感を持つものだろうに、
アイツはなぜか加藤には見向きもしないで俺にまとわりついてくる。
全く理解できないヤツだ。

理解できないものを無理に理解してやる義理もない。
俺は頭の中からアイツの姿を追い出して、
ターゲットを見つけ出すことに専念する。






レーダーを頼りにターゲットのいる場所へ向かうと、
そこには敵を前に立ち尽くすアイツが居た。
Xガンを構える両腕も、地面に立つ両脚も、
今にも崩れ落ちそうなほど激しく震えていた。

今回のターゲットは恐らくさほど手強くはない。
それなのにアイツはとてもトリガーを引くことができなさそうだ。
ガンツの採点で毎回0点なのも頷けるほどの怯えぶりだ。

ターゲットの星人が大きな腕を振り下ろした。
アイツは頭をかばうようにして身構える。

「チッ、なんで避けねえんだよ!」

俺は苛立ち紛れに叫んでトリガーを引いた。

ギョーンという音が響き、一拍置いて星人の頭が吹き飛んだ。
アイツはヒィッと喉を絞るような叫び声をあげて蹲った。

「もう終わったぞ」

いつまでも蹲って震えているアイツにそう言うと、
アイツは恐る恐る目を開け、そっと視線をこちらへ向けた。

「西……君?」

大きな目の縁には涙が溜まっていて、今にも溢れ出しそうだった。

「助けてくれたの?」

震え掠れた声だった。

「助けたわけじゃねーよ。ターゲットを仕留めただけだ」
「でも、ありがとう。助かった」

ぎこちない、しかし嬉しそうな笑顔を浮かべ、
アイツは俺に抱きついた。

「何くっついてんだよ」
「だって、嬉しい……」
「だからおまえを助けたわけじゃねーって言ってるだろ」
「でも私、本当に怖くて……」
「会話が噛みあってねーよ」
「来てくれたのが西君で……西君の顔見れてホッとしたの……」

アイツがオレの首に回した腕にギュッと力を込めた。
あたたかくて、ほんのり甘い匂いがした。

直に転送が始まる。
しょうがねーから、それまではこうして抱きつかれていてやるよ。




(あとがき)結局西君には一度も名前呼ばれてなくてすみません。


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