「明日、休んで出かけない?」


そう誘ったのは、昨日私が自分の部屋から、荷物を車のバックシートに積み込めるだけ詰め込んで運んだ直後。

彼は私の顔をじっと見て「しょうがないね」と言うと、ぷいと後を向き、荷物運びを続けた。


互いに残された時間が少ないのは知っている。

一緒に過ごしたこの数日で、彼はあくまでこれまでの日常を続けるつもりであることも、そして、こうと決めたら曲げないところがあることも分かった。
末期の患者は「怒り」「交渉」などの5つの過程を経ると言うが、彼には当てはまりそうもない。
そういう人間なのだ。

「死ぬまでにしたい10のこと」何て訊いても、今まで通りの生活と言いかねないから、きっちりと10決めるつもりはないけれど、私が彼にやり残しがないようにプランを立てることにした。



まずは「彼に綺麗な景色を見せてあげたい」そう思って、提案したのがドライブだった。
いつもより遠くへ出掛けるなら、体への負担も考え、やりたいことの中でも早い方がいい。
自分が助手席だと言うことだけ不服そうにした彼だが、素直に聞いてくれた。





1時間ちょっとのドライブの後、砂浜のある海へ着く。


「ここで何するの?」

「海を見るのよ。波打ち際を歩くのもいいわ」

「靴が濡れるよ」

「靴と靴下は脱いで。分かってるくせに」


どういう訳か、彼はこんな風に子供のようにふざけて私をからかうのを気に入ったらしい。
顔を見ると満足そうにしている。


「シートも持ってきたし、お弁当も持ってきたの」

「手料理か、初めてだね。それで………大丈夫?」

「恭弥、怒るわよ」


オフシーズンの平日の海。食事を終えた後は、殆ど誰かと会うこともなく、ふたり並んで海を見た。
泣きそうになるから、彼の症状や食事の量は頭から排除して、ただ黙って寄り添いながら海を見ていると、彼が、人は海から生まれたんだったね、と囁くように言う。
私は、コクリと頷き、帰りましょう、と彼を立たせた。





帰りの車の中では、彼が気に入ったらしい、洋楽のオムニバスアルバムに入っている「You are beautiful」をリピートして聴いた。
この曲のプロモーション・ビデオではシンガーが服を脱いでいき、最後に冬の海に飛び込むと言う、自殺を思わせるような作りになっている。


「ねぇ、恭弥、この曲のPVを知ってたりしないわよね?」

「知らない。ただ、この曲……僕から君に捧げるよ。プロポーズ代わりと言っても遅いけどね」

「そっ、…そんなのくすぐったいわ」


それに僕が作った訳じゃないし…、と続ける彼に、私はつい赤くなってしまう。タイトルの直訳を考えると特に。


「私達、夫婦って言っても…」

「凪、僕は貰いっぱなしだからいいでしょ。歌くらい」



それに君は本当に美しいよ。内も外も。



そう言って、咳き込む彼に私はそれ以上何も言えないでいた。








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