自慢じゃないが、産まれは大層立派な家だった。
それこそ所謂『お武家様』ってやつだった。
俺が4つの頃に産まれた弟は大層かわいくて、何よりも小さくて。
今にも崩れそう。壊れそう。
だからか、俺は弟のことを本当に大事にしている。
俺が護ってやらなければ。
俺が傍にいてやらなければ。

弟を護るためには『強く』あらねばならなかった。
時代、境遇、環境、人
全てにおいて、頼れるものなど、いつの間にかなくなっていく。
母親が死に、
父親は打ち首。
家を失い、そこにあるのは弟と、俺の命。
ただ、それだけだった。
だから、することは至って平明。
『俺が、弟を護る。』
それが第一に優先されること。それだけが、何よりも大事なこと。
誰にも奪われないように。誰にも奪わせないように。

おれのたった一人の、大事な、弟。


山で物乞いをしていた。
出来ることがなかったからだ。
誰かが来るなら、何かを乞うてもいい。できそうな相手だと踏んだら、奪えばいい。
そう思っていた。

山は夜になると、とてつもなく静か。なのに他の生き物の息遣いを感じる。
木の葉の揺れ動く音。
動物の息遣い。鳴き声。
葉のこすれる音。
それは確実に生きている音。
俺はそれにひどく安心する。

そのせいだ。
いつの間にか眠っていた俺は、胸倉を持ち上げられてやっと目を覚ました。
隣で、弟が泣き叫んでいる。
(桐馬、だいじょうぶだ。兄ちゃんが、何とかしてやる。泣くな。泣くな。)
そいつは、所謂夜盗。盗賊だった。
俺たちを売るという算段を立てるそいつらに俺は言う。

俺を、使ってみればいい。
使えなければ売れ。

その荒くれたちは、その言葉に頷いた。

何だってやった。
窃盗。放火。殺人。おおよそ思いつく、悪と断されるそれらは、吐いて捨てるほど。
始めて人を殺した日は、平静を保つのがやっとであった。
舐められないように。
奪われないように。
壊されないように。
何度も吐いた。
人知れず、何度も泣いた。
桐馬にも、気付かれないように。
誰にも、気付かれないように。

桐馬さえ、無事で、きれいなままでいられれば、それで良かった。


四年程経った頃だろうか。
桐馬が言った言葉に、目の前が真っ暗になった。

『侍の子が盗賊に。』『何が正しいのかわからない』

何が、正しい。
侍であり続けて、飯が食えたか?
侍の子供であり続けて、お前を護れたか?
『正しいこと』で生きてこられたか?
親父は『正しいこと』のために死んだだろうが。
正しいってなんだ。
正しいって、どれだ。
正しいっていったい、どんなだ。

そうじゃねぇだろう。
侍がなんだ。
正しい?知ったこっちゃねぇ。

何をしても生き残る。
誰を犠牲にしても、弟を護る。
それが俺の正義だ!
それが俺の全部だ!!
俺のものに手出しをさせねぇ、奪わせねぇ。
それが俺の『正しい』だ!!!

「泣くな桐馬!弱みを見せりゃ死ぬぞっ」
「俺は兄貴だ」
「俺だけを信じろ」
「兄は弟の道標だ!!」
「俺は、いつでもただしいっ」

お前が生きている。
それが全てだ。
それだけでいい。


桐馬をかばって、自分の右の目をくれてやった。
死ぬほどに痛かった。
痛みに何度だって吐いた。
それでも、桐馬に傷一つない。
それだけで十分だった。
桐馬が壊れないなら。崩れないなら。
何度だってくれてやる。
何度だって、同じことをする。



その傷も癒えないうちに請けた『仕事』に駆り出された俺は、死角になった右側からの斬撃に気付かなかった。
顔面に激痛が走る。
今度は、自分がやったわけじゃねぇ、予想もしていなかった痛み。
あまりの痛みにうずくまってしまう。

「おい、帰ぇるぞ」

その時の頭の一言に、他の面々は去っていく。

置いて行かれるな。
逃げるな。
今ここで、痛ぇと逃げりゃあ、桐馬はどうなる。
あいつに殺させるのか?
あいつにこれを、させるのか?
ちげぇ。
ちげぇだろう。
そうじゃねぇ。
なら、立て。

道中、何度も記憶が飛びそうになりながらも、自分のケツを何度も何度も頭の中で蹴り上げた。
桐馬が泣くぞ。
桐馬に会えなくなるぞ。
桐馬が、死ぬぞ。

それだけで、何度も何度も目を開けていられた。

見知った山に辿り着いた。
その瞬間だった。
山に入ってすぐ。
朝日がぼんやりのぼった薄明かりを隠す木の葉の陰に、俺は身を沈めた。





「あ、気が付きましたか。」

俺の顔を拭いながら薄く笑うそいつは、俺とそうとしの変わらないだろう女。
体を起こそうとして背中に激痛が走った。

「本当にごめんなさい。重くて、引きずってしまって。」

酷く申し訳なさそうにしているところ申し訳ないが、怪我をしていたから、と看病と称して怪我を増やされるなぞたまったもんじゃねぇ。

文句を言ってやろうとしたところで、奥からゲホゲホと、むせる音。

「ごめんなさい。弟なの。席を外すわね。」
「……」

俺は何も言わなかった。
何を言ったところで、今はまだ体を動かせそうになかったからだ。

戻ってきた女は、申し訳程度の食事を持ってきた。
『貧しい』を絵にかいた食事。
ここ最近の自分の食事が人並みだったことを実感した。
それと同時。この女を、ひどく哀れましく思った。

こんなことでは「弟」もまともな飯など食ってはいないだろう。
俺に食うようにだけ言って、部屋から出て行った。
きっと、彼女は自分の分をよこしたのだろう。
三食食えてすらいないだろうに。
弟の飯も、ままならないだろうに。
それがひどく腹立たしくて、無理矢理に体を持ち上げて彼女を追った。

「おい」

声をかけると、女はビクリと体を震わせてこちらを振り返る。

「ごめんなさい、まずかったですか。」
「そうじゃねぇ」

そこまで言って、彼女の向こう側。
布団にくるまった子供の背中。
あちらこちらに床ずれの後。
ウジはわいてねぇ。
つまり、清潔に保たれている。
にもかかわらず、こんなになっている。
それはひとえに、こうなってからの期間の長さを物語っていた。

「なんでもねぇ」

それだけ告げて、あてがわれていた部屋に戻って、飯を食った。
どうしても、この厚意は受け取らねばならない。
どこか、そう思ったから。

程なくして、俺の顔に彼女が巻いたのであろうぼろ布から作った包帯を変えに来て、またにこり、とどこか困ったように笑う。

「……悪いのか。弟」
「…………医者に、よると、長くないそうです。」

成程。
ここまで困窮しているのは、ひとえに弟のためか。
すとんと胸に落ちた納得。別に彼女はそんなものは求めていないだろうに。
彼女は精一杯やっているのだろうに。
それでも、哀れだった。
この様子では、親ももういないのだろう。
家があるだけ、御の字。
しかもこんな弟がいては身動きも取れない。
まともな飯も弟に食わしてもやれない。
なのにこうやって、節介を焼くものだから、悪い奴にも付け込まれただろう。
哀れだった。
どうしようもない、
弱者。

いっそ、同情した。
自分の弟は、桐馬は健康で良かった、とその女を、哀れんだ。
それから酷く、桐馬に、会いたくなった。

やっぱり、俺は、正しい。

この女が、俺にそう、答えをくれたのだ。



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