■ 5
ふっ、と
坂田銀時は目を覚ました。
夢を見ていた気がする。
とても、懐かしい夢だったような。
横を向くと月に照らされた青白い肌が浮かんでいる。
事後の眠る女がどうにも苦手だった。
あの日の母を思い出すからか、と気付いたのはつい最近になってからだ。
それからはどうも同じ女を抱く気になれないでいた。
母と重ねた女を抱こうと思えなくなるのだ。
稚拙な考えを振るう頭をかきながら、ふっと思い出したように自身の着物を探す。
床に投げ捨てられたそれを拾いあげ、懐に入れていた筈の巾着を探す。
「んん、どうしたの?」
突然かけられた声にピクリと肩を揺らしながら、
寝てろ、と返し、また自分の服に向き直る。
手の中に確りと存在を確認し、随分と久方ぶりに姿を見る。
寺子屋で字を学んでから、何度も読もうとは思ったが、いかんせん意気地無しの自分は読めずにいた。
母の思い出等はとうに忘れ去ったと思っていたのに。
こうやって夢でなぞ出てくるものだから。
「なぁに?それ。……やだ、きったなぁい」
背中に絡み付いた女の声が耳にまとわりつく。
確かに薄汚れ、摩りきれたそれはとても綺麗とは言いがたい。
確かに、むしろ汚ないものだ。
スパン
と、襖が開き突然の明るい光が入り込む。
はくはく、と息を上手くできていない音が耳元でしたかと思うと、ピリッとした殺気にサッと身を翻す。
「え、ちょっと、マジ?」
お前亭主居ないって、言ったじゃん?
口から溢れる言葉同様、汗もふき出す。
いつかの母の言葉が思い出された。
『浮気は絶対ダメよ!』
うるせー。お前も浮気した男と俺をこさえたじゃねぇか。
誰に言うでもなく、腹のなかで呟きながらサッと服を抱える。
「いや、なんか、マジスンマセンっしたァ」
片手をサッと上げると、それを切るかのように刀が落ちてくる。
(マジかよ!手切られるっつの!)
サッサと窓まで走り寄り、窓からピョンと飛び降りた。
「この野郎!!待てェ!!」
「待つわけねェだろ!」
男の怒声を背に受けながら走る。
後ろから聞こえる足音がだんだん増えていき、いよいよ、となったころ近くの曲がり角を曲がり、サッと路地裏へ逃げ込む。
「こちとら素っ裸のフリチンなんだよ。服くらい着させろっての」
とかなんとかぶつくさ言いながら服を着はじめたが、「いたぞ!」の声に現実へと帰される。
「マジかよ」
その追いかけっこは3日3晩続き、程よく怪我もこさえたところで撒くことにやっと成功したのだった。
次はもっと相手が独身で有ることを確証持ってからにしよう、とかなんとか考えながらカクン、と膝を落とす。
いや、膝が落ちたと表現するのが正しいのだろう。
ひどく腹が減っていた。
怪我で血も幾分か流してしまったからか、とてもフラフラとするのだ。
今どこに居るのかもよくわかってはいない。
ちらりと横を見ると、誰かが歩いてくる。
よく見れば、ここは墓地のようであった。
墓に手を合わせたババアが、皿に乗せた饅頭を置いた。
「オイババア、それ食べていい?」
腹減って死にそうなんだ。
返ってきた言葉は「こりゃ、私の旦那のだ。旦那に聞きな」
どいつもこいつも。
嫌になる。
死んだやつの身にもなれ?
死んだあいつがどう思うか?
アイツなら何て言う?
知ったこっちゃねぇ。
知らねえよ。
死人が何かを思うわけがねえだろ。
死人が何かを伝えられるわけもねえだろ。
「なんて言ってた?」
「……知らねェ。死人が口を聞くかよ」
かぶりついた饅頭を咀嚼する。
「バチあたりなやつがいたもんだね」
祟られても知らないよ。
降ってくる言葉は刺々しいけれど、声はとても優しく響いてくる。
だからってわけじゃない。
ちょっと、思い出したから。アンニュイな気分ってやつになっただけだ。
ただ、それだけだ。
「死人は口もきかねぇし団子も食わねェ」
(おかあさん、おかあさん。くさ、たべられるの これだよね)
「だから、」
勝手に約束してきた。
「この恩は忘れねェ、アンタのバーさん老い先短ェだろーが、」
(おかあさん、おきて。ねえ、おきて)
「この先は、アンタの変わりにオレが護ってやるよ」
(おかあさん、ごめんなさい。おれが、ねつ ださなかったら…)
ツキツキと、痛む胸は知らないふりをする。
まだ暫くはあの手紙は読めそうにない。
けれどいつか、読めるその日までは。
『だいすきよ、銀時』
名前の口からゲホゴホと、咳がこぼれる。
銀時を起こしてしまうかも知れない、と口を抑えるも、隙間からポタリと、赤がこぼれた。
こうして、皆亡くなったのだろうか。
ぶるりと、背中が震える。
思い出されるのは、銀時との思い出で。
_________
「銀時、おかあさんはしあわせです」
「おれも!」
「銀時、いつもありがとうね。おかあさん銀時のおかげで頑張れちゃう。」
「おれも がんばる!」
「銀時、━━━だいすきよ。」
あざやかなそれに、目を伏せる。
「……いやだ。…………死にたくない。……死にたくない。…………置いて、いけないの。」
銀時。
あなたを、置いていく私を許して。
ごめんね、銀時。
『だいすきよ、銀時。』
_fin_
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