この音とどけ とかって付けるつもりだったかも

夕刻の四時を迎えると玄弥の師匠となった悲鳴嶼のもとへ、決まって人が来た。
ぼろの傘を頭へ被り、その破れた隙間からこちらを伺い見る少女であった。

年の頃は玄弥とさほど代わり無いかも知れない。

初めて悲鳴嶼へと連れられ、この岩柱邸へと来たその日。
悲鳴嶼は玄弥の眼の前でまるで物乞いのように両手のひらをひ悲鳴嶼へと差し出す少女の手をわざわざ避け、自宅の門の脇へと懐から出した包を置いた。
その包は確か、ここへ帰る前に団子屋で包んでもらっていたもののような気がする。
玄弥はその一連の動作を、熊のように大きな悲鳴嶼の体が行うのを見ていた。

少女は膝に手を付き、丈の合わない着物の裾が持ち上がることも気にせず、頭を下げ、包を抱えるのを見た。
玄弥と視線を合わせた少女はまた、小さく頭を下げる。

五歩ほど下がった後、脇の小道。
岩場やら木々のあちらこちらから群がるように少女の手の包みへと手を伸ばす幼い子どもたちを制しながら、少女は包みの中の団子を配る。
その姿を、玄弥は閉じていく門の内側から見ていた。

「岩柱、さん……さま、」
「呼びにくいようなら呼びたいように呼びなさい」

先までの光景を、どこかで何かと重ねてしまった。
けれど、だからこそ、玄弥は全部を振り切った。
先の少女より深く、力を込めて頭を下げる。

「師匠」

そう呼んだのは、「この人に甘えてはいけない」そう思ったから、かもしれない。

玄弥はどこかであの少女を馬鹿にしていた。
僧の風体をした悲鳴嶼を見て、人の良い人間なのであろう。あの女はそう思ったのに違いない。
あの包みを買ったところから、或いはもっと前から、この悲鳴嶼という男は、岩柱はあの女に「お恵み」をやる気でいたのだ。
そしてあの女はそれを当たり前として享受しているのだ。
いけ好かない。
玄弥はそう思った。
自分で稼ぐ能が無いからと、この人の脛にしゃぶりつくのは如何なものか、と。
いやらしい。
どこかで嫌悪感すら持った。

それは、己の母がその小さな体一つで幼子六人も七人もを育て、大柄の恐ろしい暴力夫からも身を挺して子を庇う、そんな誇らしい人だと、自負していたからだ。
自分はそんな母に育てられたのだ、そんな母を支える素晴らしい兄の弟であるのだ。
あの、優しく誰よりも他人を思い遣ってくれる人たちの息子で、弟であるのだ。
少なくとも玄弥の持つその矜持があの少女の有様を否定していた。
ありがとうすら言わず、自らどころか弟妹の食事もまともに調達もできず、当たり前のように施しを受ける。
あの少女の有り様が、玄弥にはそう見えた。
だから、あの少女を見下した。己より下の人間だと蔑んだ。
人の好意を食い物にする、嫌いな種類の人間だ、と位置づけた。

玄弥にとって、自ら甘えた態度を取ると言うことは、それすなわち悲鳴嶼のその人の良さに漬け込むことに他ならない。
ひいては、あの少女と同じ・・だ。
そう考えた。

「うむ」
「よろしく、お願いします」
「今一度言う。
私は呼吸の使えない者を継子にはしない
玄弥、君がどれ程気張ろうとも、だ」
「はい」

玄弥は力強く頷いた。
もとより、呼吸が使えないのだ、呼吸を身につけることが出来ないのだ、と、そうわかった時から覚悟はしてあった。
そもそも育手にすら選別には行かせられないと明確に告げられていたのだ。
それが、ここに──岩柱の弟子としてこの屋敷に居る。
それだけでも途轍もない奇跡である。それは十二分に理解してあった。
それでもこうして気にかけ、弟子にしてくれると言うのであれば、それ以上の贅沢など無い。
それ以上に何を求めようと言うのか。
ここからは、自分で掴むべきものだ。
玄弥はまた口を開く。

「それでも、俺は強くなります」

これはいっそ、誓いであつた。

──
─────
──────────

悲鳴嶼の任務が無かった最初のうちは、稽古をつける、なんてことは無かった。
悲鳴嶼の後ろに付き従い、滝に打たれては気を失い、岩を持ち上げろと言われて張り付くばかり。
写経の間には船を漕ぎ、読経の合間に寝転けかけては、悲鳴嶼の手を合わせる破裂音で耳を痛めたかと思うほどに体を跳ね上げ目をかっぴらく。
そんな日々を送っていた。

その間、やはり毎日。
夕刻の四時を迎えると、表の門から戸を叩く音が響く。

悲鳴嶼がしたように、玄弥は厨に用意されていた包みを表へと持ちやったり、それがない日は馬鹿でかいお櫃へと詰められた米を表へと出した。

そして必ず、両手のひらを見せる少女には見向きもせず、門の端へとそれを置いた。
悲鳴嶼がそうしていたから、ということもあったが、それ以上に、この少女に自覚をさせたかったのかも知れない。
例えば、これはただの施しであり、お前を人としては見てはいないのだ、という。


ってとこまで考えてはいるけども、先を書くかはわからない、耳の聞こえない少女(どうしょうもなく庇護欲を唆るタイプ)と玄弥の破滅しかない夢を考えてました!!!
玄弥くんは原作で幸せを感じていたと確信しておるので、()()幸せになって!!って気持ちと、君はなんっっって不幸が似合ってしまうんだッッ!!って気持ちがせめぎ合って苦しいから、不幸にしたくなりがち
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -