小説 | ナノ


*やってないです
*不死川さんかっこよくないです
*不死川さんなよなよです
*次の裏読まない方は尻切れトンボ終了です
*ちょっと冨岡さんへの当たり強いです。通常ですね。
*以上がダメな人は回れ右です


俺は苦悩していた。
なんなら迷走していた。さらに言うと血迷っていた。

「お前、祝言は上げねぇのか?」
「不死川、奥方に、……なに?婚姻を結んでいない?」

宇髄に誘われた食事の為に宇髄の屋敷へ向かった日の事だった。
なんなら冨岡まで居たものだから、帰ってやろうと踵を返したところで宇髄のでっかい腕に捕らえられ、逃れることも出来ずにのそのそと宇髄宅に入る事と相成った。


鬼殺隊が本格的に解散し、生き残った隊士や隠の者たちも、各々の道に進み始めている。
時折律儀な隊士や隠の者が訪ねてきては、「お世話になりました」等と、こちらが何かをしたわけでも無いのに挨拶をしに来る。

「風柱様や、水柱様、皆様のおかげで今生きていられます。」

何を思ってか、そう言うのだ。
別に、直接その人間を助けた覚えは特には無かったし、そうだったとしても、柱として当然の事をしていただけなので、感謝をされるまでもない。
なんなら感謝をされると言う事は、それを当然と思わせるほどの安心感や強さを持っていなかった己の力不足が招くものだと考える。
兎にも角にも、その言葉にうんざりしていた。

たすかりました

その一言が、助けられなかった人間の輪郭を纏って口を開いているように見えてくるのだ。
その度に、「俺は、誰も助けられちゃいねぇ」そう叫びたくなってしまうのだから、固く口を閉ざしてみたり、思ってもいない言葉を口で転がしてみる。
本当にそう思うのなら、できることなら来てくれるな。言いはしないが、そう、言ってしまいたくなるのも仕方が無いと思って貰いたい。

名前は、そんな俺の姿を目に入れるなり、何かを言いたげにこちらを見て、薄く微笑んでから両腕を広げて「おいで」とでも言うように抱きしめようとしてくる。
抱きしめてしまえば、情けない言葉が、音が口から零れ落ちそうでそれも受け入れる事も難しい。
難儀な性格だ、と自分でも時折思う。
しびれを切らしたのか、名前から迫ってきたことで一夜を共にした事もあった。
それから、自分の中でもすべての考え方が少しずつ変わってきた。別にそれがきっかけ、という訳ではないだろう。もしかしなくとも、時間が経った、それだけの事かもしれない。それはわからない。
何が変わったのかと言われると少しばかり難しい。
ただ、「まぁ、良いか。」「仕方ねェ」
そう、思えることが少しばかり増えた。それだけだ。
だから、この女の提案にのって、花見やら、祭りやらに出向いてやるのも悪くねぇ、と思えるほどには余裕、と言うのだろうか。気が向く事が増えた。
そこまで思い出したところで考えた。
この女と、共に残りを歩くことは決めたわけだが、いかんせん自分はそのような事が人生で起こるとは思っても居なかった。
このように思うことがあるとは、決める事になるとは、思っても居なかった。
だから、婚姻の際の決まりも、贈り物も、双方に身寄りがない場合の立ち振る舞いも、そのすべてがわからなかった。
ただ、自分はそうそうに死にゆく身。
この女はもしかしなくとも、自分が居なくなればまた誰かと共に長い時を歩んでいくのではないだろうか。
そう思うと、戸籍だ何だ、手続きだなんだ、大々的に祝言を上げる、そう言ったことはしてはいけない、偏にそう思った。
それならば宇髄ならどうするのだろうか、と件の女には詳しいのであろう戦友の顔を浮かべた。
それがいけなかった。

普段なら断るのであろう食事の誘いに乗ってしまった。
そうすると、根掘り葉掘りと女の事を問われるのだ。

「まだ置いてるんだろう」
「お前にもう責任もなんもねぇ、産屋敷様もああ言ってんだ、甘えて産屋敷邸にやっても誰も文句はねぇよ」
「いつまで共に居るつもりだ」
「えぇ、風柱様、名前ちゃんと婚姻結んで無いんですか!!」
「待ってるんだろうなぁ」
「あの子、変わってはいるけど、可愛いですよねぇ」
「あれはあざといっつうんだよ」
「まぁ、あいつ珍しい事でもねぇが、戸籍もねぇからなぁ」
「あら、なら風柱様のに加える形で良いんですか?」
「それは双方に合意があってからの話だろ、この朴念仁はきっと首を縦に振らねぇだろうよ」
「そうなのか、不死川」
「もう済ましているかもしれませんよ?」
「お?マジか、どうなんだ?不死川」

好き放題に言わせておけば、いつの間にやらやってきた宇髄の嫁の良く回る口のおかげでこちらが婚姻を結ぶ話に飛んでいる。
何ならもう結んだの?ときた。

「うぜぇ、」
「うるせぇ、」
「黙れ」
「知らねぇ」

口汚く、俺は一言も答えはしないのに、

「でも、なんだかんだまだ置いてるってことは、お前本気なんだなぁ、難儀な奴だ」

そう快活に笑う宇髄には、違う、ともうぜぇ、とも答えることも罵ることも出来なかった。
何故か。それは一番自分が知りたい。
口にしようとすると、女の顔が「実弥さん」と唇を震わせて脳裏を過るのだから、たまったものではない。

宇髄の調べで、女の戸籍がない事はもうわかっている。
存在しない人間のようで、本当は鬼が消えた時にはあの女も消えるんじゃないだろうか。
そう、どこかで思っていた事は思い出したくはない。
何故ならその後に続く思考を自分でも理解したくなかったからだ。
それでも消えなかったのだから、本当に鬼ではなく、人間であった。
わかってはいた事だが、それが尚、産屋敷様と慕われ始めた少年と己を少しばかり苦しめてすら来る。
まぁ、その話は良い。

「それなら、簪の一本や、櫛の一つでもおくってあげましょうよぉ!」

つん、とつついてくる宇髄の嫁の一人がうざったい。
けれど、それを受け取る女の、名前の顔を想像すると、「悪くねぇかもなァ」と思ってしまうものだから自分も焼きが回ったな、と少しばかり居心地が悪くなって身じろいだ。
そんなこんなで、自分が何を食べたのかも、どれだけの酒を口にしたのかも覚えてはいなかった。
気が付いたら宇髄の家の縁側で、冨岡と宇随もろとも転がされていたのだからいただけない。
客人の世話くらいしやがれ、とはこっそり思うところもあるが、あの女たちがいくら力強く頼りになろうとも自分よりもずっと重い成人男性を運ぶのも骨が折れるだろう事は理解している。
だから、全面的に一緒になって転がっている宇髄が全部悪いのだ。と思っている。

庭を歩きながら、井戸を見つけて適当に水を汲み上げて顔を洗った。
ちゅんちゅんと、雀の鳴き声が響く。
すっかり暑くなった日中だが、朝方はこうして涼しい風が肌を撫で上げていく。
湿気が多いのか、ぬるりとした風でそのまとわりつく感覚に名前を思い出し、また玄関先で両腕を広げて待っている姿を思い描いて口元が緩む。

「なぁににやけてやがる」
「アァ?にやけてねぇ」
「いーや、笑ってたね」
「……うぜぇ」

どこからともなく現れる宇髄にほとほと嫌気がさす。

「にしても、良い天気だ」
「そぉだなァ」
「あぁ」

いつの間にか隣にテチテチとやってきた冨岡までもが空を見上げている。
にしても、

「先に顔洗えェ、よだれついてんぞォ」
「ぶっは、派手にきったねぇ!!」

口の横にカピカピになって固まった唾液の跡が頬にまで立派な一本線を作っていた。美丈夫であると言うのに一々決まらないこの男が女隊士の間で人気だったようだが、矢張り未だに理解はできなかった。

「不死川の傷と揃いじゃねぇか!!」
「……そうか、むふふ」
「ふざけんなァ、俺のはこんなに汚くねぇ!気色悪ィ」

二人をそこに残し、「世話ンなったなぁ、帰るゥ」そう言って門戸まで言ったところで、宇髄の嫁の一人に呼び止められた。

「せっかくですから、召し上がっていかれても、」
「いや、すまねぇ、そこまで世話になるつもりはねェ」
「なら、これを持っていってくださいな」

そう手渡された包みの中には、きっと握り飯でも入っているのであろうことは想像に難くない。
出来た嫁だな、と思いながら、名前ならここまで気は回らねぇんだろう、とまた頭に女の顔が浮かび上がり、思わず顔をしかめた。

「悪ィ、それなら、貰っとく」
「はい、またいらしてくださいね」

ひっ詰められた黒々しい頭のてっぺんが見えるくらいにはぺこりと頭を下げられ、門を潜る。
ここまでの丁重な見送りはどこか新鮮で、むず痒かった。

山を一つと、街を超えたところに自身の邸宅がある。
握り飯を貪りながらのそのそと山を歩き、街に着くころには食べ終えて、少しだけ先ほどよりも速い速度で足を動かした。
すたすたと歩いていると、たまたま、宇髄達の話があったからだ。たまたま小間物屋が目に入った。それから、たまたま、似合うんじゃないか、と思える簪を見つけた。
それから、たまたま手持ちがあった。そんな偶然の積み重ねだ。
自分にそういう意図があってわざわざ店を覗いた訳じゃない、とどこか言い訳めいた事を考えながらも結局は懐に透かしの入った美しい細工の簪が入っているのだからいただけない。

自宅の門戸を潜り抜け、玄関を開けると見覚えのない草履が一揃え置いてある。
いつもは出迎えに来る名前のニヤケ面を拝むことも無く、出鼻を挫かれた気分である。
けれど、そんな気持ちも、きゃっきゃとはしゃぐ名前と聞き覚えのある女の隠の声に「なるほどな」とどこかで納得する。
自分にも物おじせず「名前と一緒におられる気がないのなら、いつでも名前を迎えに来ます!」とあの夜の翌日に言われたものだから、自分にここまで物おじしない人間も珍しいな、と少しだけあっけにとられた事を覚えている。
妹のように名前を思っているのであろうことははた目から見ても分かるくらいには可愛がっているし、こうやって時折訪ねてくるくらいには仲も良いようだ。
邪魔をするのも悪い、と居間を通らずに自室に行こうとしたところで話し声が聞こえてきた。
別に、立ち聞きをするつもりもない、気にもとめていなかった。けれども、「実弥さんが、」と自身の名前が聞こえてくると、気にはなってしまうものである。
気付かねぇ奴が悪い。
そう自身に言い聞かせ、廊下の壁に背中を着けて聞き入る体制に入ってしまった事は仕方がないとまた言い訳をしてみたのだった。

「実弥さんって、淡白なのかもしれない、……誘ってきてくれないの」

カッと、全身の血が一気に沸き立ったのがわかった。
なんっつぅ話しをしてんだァ!!!
そう今にも叫びあげてしまいたかった。
けれども、即座に続く隠_嗣永秋の声に耳を傾けてしまう自分が居るのも事実であった。

「風柱様も、何かお考えがあるわよ」
「そうかなぁ、……でもね、もう、本当に、何と言うか、……実弥さんって、……本当に可愛いの、カッコいいのに、可愛くてやらしくて、」
「あぁ、やめて!!!もう、やめて!!!聞きたくないわ!!」

全面的に隠の嗣永に同意であるし、あまりにも恥ずかしい話、しかもかなり私的な話であるから、聞いてほしくはない、して欲しくない。もっと言うと何言ってやがんだ、クソが!である。いたたまれなくなり、そそくさと自室に引っ込むことにした。

どこか意気消沈して、簪を箪笥の引き出し奥深くにしまい込んだ。
どうも、今日は違う気がする。と、思うのだ。


洗濯ものを箪笥にしまいに入ってきたらしく、声もかけられることなく開いた襖から「わ!いつ帰ってたの!?」と驚き飛び上がった名前を目に入れつつ、刀の手入れをする手を止めなかった。
「お出迎え、出来なかった、」と少しばかり落ち込んで退室しようとする名前の項が珍しく覗いている。
先ほどの話しが脳裏を過り、また腹の中が熱くなった。
だからと言ってここで押し倒すのも違うのだろうな、とこっそりと思案する。
ならばどこで、どういう時に?と尋ねられるともうわからない。が、なにせ違うと思う。
速く出ていけ、と心の中で念じながらも手元に集中すべく、無駄に刀を睨みつけた。

夕飯を呼びにきた名前の背中をぼう、と眺めながら、「そうか、こいつ、したいのか」などと考えながらも、自分を「可愛い」と言った言葉に引っかかりを覚えていた。
名前は傷だらけの体を見て綺麗だと言いのけたり、閨事のさなかの男を可愛いと表現したり、端的に言うと美的な感覚は少しばかり狂っていると思う。
それと同時に、それを言えるほどの余裕があった事も事実で、つまり、馴れているな、と思うのだ。
それくらい、そういった経験がほとんどない自分にもわかる。
まぁ、一体あれがいつから生きているのか、どのような人生を送ってきたのか、考えても碌なものが想像できないのだからそこを言及するのは野暮と言うものであることも、わかる。
ただ、しょうの無い男としての矜持が自身にもある訳で、比べられる対象がある、と言う事実が何処かでほの暗いものを腹の中に落としてもいく。
本当に、面倒な人間だ、と思う。


「きょう、あんこいっぱいもあったんでふ」
「口ン中無くなってからにしろォ」
「あい」

もそもそと夕飯を口に入れながら話し始めた名前を窘める。

「なので、お月見しませんか?」
「いや、まだ十五夜でもねぇだろぉ」
「良いじゃないですかぁ、そんな事!」

へにゃ、と笑うこの顔にめっぽう弱い自身は、是の言葉しか発せなくなるのだからいただけない。
わかってやっているなら質が悪い。わからずにやっているなら、なお悪い。

湯あみをそれぞれに終えて、いそいそとおはぎを用意し始めた名前を見て、少し笑ってしまう。

「いや、だんごじゃねぇのかァ?」
「おはぎの方が好きでしょ?良いんです。秋さんに作り方これしか教わってないし。一緒に食べて、夜に一緒に居られることを堪能したいだけなので!あと、お酒!」
「そぉかィ」

その名前をぼう、と眺めていると、ふと思い至る。ただの思い付きであった。
特に予定していた訳でもなかったけれど、何故だか、「おはぎの方が好きでしょ?」と言い、結婚をしているわけでも無い男に体を差し出し、好きだ好きだと泣くこの女を思い出し、自分の中で区切りを着けたくなった。
ただ、それだけだ。
宇髄がいつか置いて行った少し大きな、それでも両の掌が余るほどの大きさの盃があったのを思い出した。
それをいそいそとおはぎを皿に積み始めた名前を尻目に取り出した。

自室のほど近く。
名前が就寝の支度を全部終えてからにしよう、と布団を敷き終えてから一番近かった部屋から外の縁側に出たからだ。
そこで、酒をおもむろに取り出した名前が盃に注いでいく。

「こういうの、使ったことないから、どれくらい入れたら良いのかわからないなぁ」
「入れ過ぎだろォ」
「あ、やっぱり!そうですか。まぁいいや、はい!!」

笑いながら両手で渡してくる盃に口をつけた。
ツンとした匂いが鼻を抜けていき、喉を暖めながら通り過ぎていく。
はたしてこれが良い酒なのかどうか、好んでは飲まない自分ではさっぱりだが、今はどうでも良かった。

「飲めェ」
「あ、私もですか!間接キスだぁ、わぁ、」

時折、外来語を使ってのけるこの女は、驚くことに南蛮人とも会話ができる。
それに度肝を抜いたのは俺と隠の嗣永だけではなかった。
その話しはまたいずれ、だ。
兎に角、外来語を操るかと思えば、着物も着方を知らない、はしたない、と敬遠されるであろうこともためらわない。常識的な知識はどこのガキだと叱り上げたくなるこの女はどこかちぐはぐで。
自分でも、何が、どこが良かったのか、さっぱりである。
ただ、「ひぁー、辛い匂い!!」と笑うところは正直なところ愛らしいとは思うし
「実弥さん」と笑う女を、「生きていてくれてありがとう」と泣く女を、いじらしいと思う。
「すき」と紡ぐ時の目から、逃れられなくなる。
それくらいには


こっぱずかしい事をしているのは自覚している。
かなりの略式ではあるし、気が付かないならそれでいい。
もし、理解したとしても、「言ってくださいよ!!そしたらもっとちゃんとしたのに!」と真っ赤になる顔が見られれば其れで良いと思う。

旨そうにおはぎを頬張りながら、でかい盃に口をつける姿がとんでもなく間抜けで、胸が焦げた。

「実弥さん、お顔が赤いですよ、もう酔いました?」
「そ、……かもなァ」

そこまで言ってから、誤魔化したくておはぎを口にねじ込んだ。
旨い。

「お布団、行きます?お疲れだったんですかねぇ?」

首を傾げる名前の声に、昼間の言葉が蘇る。

「あー……」
「?あ、もう少し、食べます?あ、お茶持ってきましょうか!」

そう言って、立ち上がった名前の腕を掴み、引き留めた。
正直、この後の事などは考えていない。
ただ、焦がした胸の処理の仕方も分からないのだ。
けれど女が、盃を受け取ってから、いや、酒を注いでから。
或いは、もっと前から。
ずっと腹の底で蠢いているものがある。
そのもやもやとした物の正体は、どういったものか。
それは良くわかっている。
この欲望はずっとずっと、抑えられない程に膨らんで今にも漏れ出てしまいそうなのだ。

つまり、今、したい。
今、今日、したいのだ。

もっともっとと泣き叫ぶ


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