汝を愛する理由はいらず


僕にはずっと疑問があった。



「…荒屋先生」
「ん、…石塚」

基本的には誰も来ない、大きな学園の端っこにある僕の城。特等席である回る椅子と煙草があればそれで快適。そこに珍しく客人が来たかと思えば、三ヶ月ほど前僕に乱れた姿を晒した生徒だった。
高校生らしくすらりと高い背丈は彼の男としてのランク(そんなものあるのかどうか知らないけど)を確実に引き上げていて、黒い瞳はこの部屋の蛍光灯の光を上手く弾いて綺麗に光っている。

「…なにか用かな?」

「っ…はい、あの」
(可愛い顔しちゃって)

僕に会いに来たくせに僕から視線を外す彼の頬が赤いのはなかなか距離があるのにわかりやすく見て取れて、なんだか危ない未来を連想させる。

「っお…俺、やっぱアンタのこと、」
「待った」

(馬鹿だなぁ僕も)
このまま言わせてもう一回くらい抱いてあげればいいのに。

「その先は言わないほうがお互いの為だろう?」
「っ、なんでだよ!俺は、俺は…っ」

"お互いの"とつけると石塚は少しだけ傷ついて少しだけ喜ぶ。僕の言葉にひるんだのはそのためだろう。やんわりやんわり断って、まだ可能性があるように見せてしまうのは僕の悪い癖だ。

「頼むからっ…先生…っ」

目の前に舌が溶けるような甘い飴を垂らして、心をムチで何度も叩いて。
なんて僕は酷い男なんだろう。

「…本命が居る、って言わなかったっけ」
「…何だそれ、聞いてない…!」
あ、石塚じゃない。僕に恋人が居るって伝えたのは川口だ。
「あーじゃあはいはい今言った」
「あ、アンタホモなんじゃなかったのたよ!」
「そうだよ?本命もオトコ」
「なっ――…」

彼は様々な感情が混ざった顔をした。

「じゃ…じゃあ」
「"じゃあ俺でもいいじゃないか"?」
「!」

僕は椅子から腰をあげて、吸い殻がいくつか乗った灰皿にさっきまで吸っていたそれをぐりぐり捻って押し付ける。少しもったいなかったかも。言葉じゃなく表情で肯定した彼にゆっくりと詰め寄った。

「駄目なんだよ、お前じゃ」

「…っ」
微笑んでやると
悲しそうに切なそうに苦しそうに愛しそうに目を細めた石塚が抱き着いてきた。
「…好き、なんだ…」
「やめとけ、オレなんか」
あぁしまった、一人称がぶれる。
「アンタじゃなきゃ嫌なんだ…!」
「オレのどこがいいわけ」
「…知るか、どっかだろ…っ!」

若いなぁ、なんてわかりきったことに口元を持ち上げて、縋り付く彼の頬に唇を寄せた。
「っ…!」
びくん、と彼全体が揺れて僕に反応する。あぁ、好かれているんだろうなとかなしくなった。

「すきだ、先…生…」

ぎゅうと僕の白衣にシワが寄る。か弱い手で、僕なんかを繋ぎとめようとする。

「あんたがいないと生きていけない」

知っている限りの甘い言葉を手繰り寄せて、必死に大人ぶる辺りがガキ臭い。
「俺のこと…好きになれよ…!」
(あぁ)
眩しいなぁ、と。



「荒屋…先、生」
「!」
「柏木…っ」
がばり、と顔を上げた石塚が僕より先に彼を呼ぶ。目を見開いた彼は右手に何か持っていて、きっと僕とお菓子でも食べようとしていたことがわかった。
「柏木先…」
「し、失礼しました」

ふわりと彼は振り返って、僕の城から脱走する。待てと引き止めようとしても伸ばしたい手は石塚の背中のほうにあった。

「やば、柏木に見られた…」
知っていたけど、僕は馬鹿だ

「オレは柏木先生追いかけるからお前は勝手に寮に戻れ」
「え」
「ついて来るなよ」


僕にしてみれば、1度か2度のセックスなんて遊びで、子供がゲームに夢中になるのと同じだ。キスなんて挨拶でするし、して欲しいならべつにしてあげる。
本当に僕は自分に無関心で、そして無欲だ。
僕を好きだと言う奴は、僕なんかのどこがいいのだろう。僕には愛される価値などないのに。
ただ、僕の大切な貴方の笑顔を作るのが僕ならそのために僕を消費することしか出来ないのだから。

柏木先生の姿を求めて走る。走ったのなんていつぶりだろう。
(どこいったかな…)
とりあえずくまなく探そう。この角を曲がってそれから――
「遅い」
「!」

キキキーッとブレーキをかけて僕は止まる。角を曲がったすぐそこに腕を組んだ柏木先生がいたのだ。

「柏木先生」
「どうも」
「何て言うか、さっきのはね」「いいですよ、もう。」

ぞく、と僕の心とかいうのが冷えた。無欲だと言って置きながら彼を失うのは嫌で堪らないらしい。

「ほら」
「え」
彼は手を広げる。

「抱きしめてください」

僕の体は最近自動になってしまった。勝手に動いて彼を腕の中におさめる。痛い、と文句を言われても
知らないよ、操作してるのは僕じゃないから。

「さっきの…石塚でしたっけ?」
「…ごめん」
「だからもういいって。あいつと俺、どっちが相性いいですか?」
「…相性?」
「こうやって抱き合うのって、相性あるじゃないですか。その相性」
「…君には恋愛感情が働くから、あいつじゃ比較対称にならないよ」

「口がうまいんですね、相変わらず。」
彼は笑う

「なんで責めないの?」
「わかりません」
「でも君は、傷ついてるでしょ?」
僕のせいで

「でも貴方は、縛られるのは嫌でしょう?」
僕の口は開かない。
「俺なんかに、縛られるのは嫌なはずだから」
君はなんでも知っていて、僕のことばかり想ってる。

「なんで、オレなんかを好きなの」
いっそ僕を嫌ってくれたら、僕が君を傷付けることもないのに。

「…汝(なれ)を愛する理由はいらず」
「…え?」
「さっき、一年生のほうで授業やったんですよ。短歌の。」
なるほど。僕はぐるりと脳みそを使った。
「貴方を愛することに理由なんてない…ってこと?」

「"俺が愛したいから愛してるんだ"って意味です」
不覚にも泣きそうになった。
涙はすぐに帰らせたけど、抱きしめる腕が彼を潰してしまいそうになる。

「好きだよ」
「…知ってますよ」

汝を愛する理由はいらず
知らなかったよ、こんなに溺れていたなんて。

 




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