初恋は甘酸っぱさに満ちている。



あーいつだっけねぇ初恋。初恋初恋初恋。小3か。となりのクラスの…確か中西。告白なんかチキン過ぎて成人迎えたら羽ばたくんじゃないかと親に本気で心配された(という夢をみたんだ)俺に、できるはずなかった。
…懐かしい。懐かしいなぁうん。
くたびれたスーツ着用中ですよ。俺。ったくどうしてくれんの、先月十の位が進化しました。…さん、に。三十路だってーうっわぁまじうけるぅー。…女子高生っぽい口調を使用すれば若返るわけではない。

「お前ももう30か」
「お前もだろ」
「オレはまだぴっちぴちの20代。」
「はっ今月中には30だろが」

初恋の人(と呼ぶにはおっさんすぎる)が言葉を止めた。
「よく覚えてんなぁ、オレの誕生日なんか。オレんとこの会社がお前んとこのお得意ってわかって、オレが電話したの昨日だろ?15年ぶりなのにさ」

中西は変わらない。
にやにや笑いながらいかにも楽しそうに笑うところとか。その指先に煙草があることくらいか、違いは。

「べつに。なんとなくだよ」

昔こいつの誕生日を祝いたくて、家まで押しかけようとしたことがあった。チキンなので怖じけづいて未遂だけど。
他人から見ればたかだか365分の1の日付に赤ペンで丸をつけて、日を指折り数えて。
…ガキだったなぁ

「お前、結婚は?」
「…してねーし予定もねーよ。つかんなこと聞くなよ。オカンか」
「なんだ、よかった」
「なにが」
「べつに」

中西は思わせぶりな態度をとる奴だ。
…俺はこいつに惚れていた。気を抜けばたぶんまた落ちるかもしれない。しかしそういうわけにゃあいかねぇ。

「…なんか、お前変わったな」
「は?」
「昔はオレと話す時変だったからさ」

やばい。
ばれていたのかもしれない。
そう思った。そうだとしたら、中学までの友人とは会えない可能性が高い。オレの性癖を知って近づく男はいないだろうし。
そこまで思考を巡らせ、こいつは気づいていないんだろうという考えに至った。その方程式でいけば中西も俺に近づかないということになるからだ。

「変って、失礼な」
「まぁいいんだけど。」

初恋は甘酸っぱい物だ、と誰かが言った。
俺にしてみれば苦く辛く、透明な液体がしょっぱかっただけだが。

「会いたかった?」
「…誰に」

「オレに」

会いたかったよ。
と言いそうになった。

「は、自意識過剰なんだよ、ぶぁーか」

会いたかった。そりゃあ会いたかったさ。どれくらい俺がお前を好きだったと思ってんだよ。どんだけ長い間好きだったと思ってんだよ。ばーか、

「そーですか」
「そーですよ」

中西はぷわぁと煙りを吐き出した。やけにまずそうに煙草を吸う奴だと思った。

「…奥手野郎」
「…え!?」

聞いたことのない罵倒だった。
テーブルの上のコーヒーをこぼしかけた。あぶねぇ。

「…オレは会いたかったよ」
「…あぁ、そう」
「オレは結婚してないし」
「へぇ」
「するつもりもない」
「作用ですか」

自然と目をそらした。

「誰かさんのせいで15年も会えない奴に片思いしてたんだからな」

「…は?」

彼の手に煙草がない。灰皿に押し潰した跡があった。

「忘れたとは言わせねぇぞ、お前、オレが好きだったろ」

ばちん、と耳の下辺りに火が灯った。錯覚だ。ぼうぼうと頬が焼けるように熱くなる。

「な、にを」
「誕生日に家の前うろうろしてたのも、中1の時の名無し文なしのピンクの手紙も、中学の卒業式にオレの上履きの紐盗んだのも、
全部お前だろ!!」

ばれてたぁぁぁあああ
つーか俺キモッ!ストーカー100%じゃねぇかキモッ!

「ちげぇよ、なにを」
「中3の夏に、保健室でキスしてきたのもお前だろ」
「だっ!?お前寝てたんじゃ、い、いや、俺じゃなっ…」
「その奥手変態ストーカー野郎に、片思いしてやってたんだから感謝しやがれ」

な、中西の手が俺の手の上にのった。なんで、いや、え、中西の手、つめてぇ、冷え症は女のほうが多い、いや、え?こいつホモ?いやばかな、だってこいつ彼女いたじゃねぇか

「からかってんじゃねぇよ!」
「からかうためにわざわざほかの会社の名簿漁るのかアホ!」
「…へ?」

きょとんである。

「お前んとこの会社に挨拶に行ったときお前を見かけて、けどお前営業じゃなくて出会えなかったし、探してもみつかんなくて、まぁコネつかって捜し当てた。婿入りでもしてたらわかんなかったけどな、松永健人くん」
「………………………」

状況が理解できねぇ。
中西が、なんで俺に片思いなんか?片思いって、それって、いや、

「つかまず昼間の喫茶店でする話じゃねぇな」
「うん。OLさんの視線が痛いよ」
「さっき女子高生に写メ撮られた」
「盗撮腐女子出没か」


立ち上がって店を出ることにした。

「ストーカーのくせにイイ高校入ってさ。ムカつく」
「仕方ねぇだろ、つくりが違うんだよ凡人」
「オレ出世街道まっしぐらだけどね」
「まじか」
「うん」


中西はやはり変わっていなかった。
俺と話すときは変なのだ。にしても名簿調べあげるなんてどっちがストーカーだよ。


「いやぁ初恋って甘酸っぱいね」
「はァ?」
「好きの気持ちに埋まってるときは甘ーいけど、思い返すと顔が歪むくらい酸っぱい」
「いやたぶんそれ使い方違う」
「え。まじか」


諦めたくてわざと違う高校選んだとか、わざと同窓会行かなかったとか、そういう事情はスルーですか中西さんよう。

「あー酸っぱい」
「いやいや甘いって」

初恋という果実があったとして、かぶりついてみるとどんな味がするものだろうか。
初めは甘く、すぐおわって酸っぱくなる。辛いとしょっぱいも通って、食べるのが嫌になって放置する。誰かしらがこっそり冷蔵庫にしまっておく。
忘れたころに見つけだして、捨てる者と食べてみる者がいる。
食べてみると、案外甘酸っぱさに満ちていて、うまいのかもしれない。

「バナナは腐りかけがうまいしな」
「腐りかけのおっさんはお断りだけどね」

とりあえず、アラサーのおっさんが手を繋ぐのは目に痛いこと山のごとし(使い方が違う)。



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