隠して恋情
意味
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どうして、こんなことになったんだろう。
掴まれた手首が痛い。でも、離してほしくないと、変な独占欲が働いてしまう。痛くてもいいから、この手を離してほしくはない。
メイドに連れて行かれる執事、というのは話題性を呼ぶらしい。私たちは移動している間、昨日とは違う視線で見られていた。
ひと気の少ない校舎の踊り場に連れてこられた私は、壁に背中を押し付けられる。初めて、神崎君を怖いと思った。薄暗くて顔が見えないから、よけいにそう感じる。なのに、神崎君が私を抱きしめてくれるから、ぬくもりにすがってしまう。拒絶されるのが怖くて、でもすがっていたくて、私はメイド服の一部を掴んだ。ぴくりと体を震わせた神崎君は、服を掴んでいる手を握る。
「かん、ざきくん?」
「すみません。突然」
「ううん。大丈夫。ありがとう、助けてくれて」
「本当は、気づいてたんです。先生がいること。先生が鎮めることも。でも……」
俺が助けたかった。
掠れた声が耳に届く。それって、自惚れていいの? 勘違いしちゃうよ? 都合のいい解釈で迷惑かけちゃうよ?
「神崎君。そんなこと、簡単に言っちゃだめだよ」
「先輩?」
「勘違い、しちゃうから」
「……勘違い、してくれないんですか?」
「しないよ。だって、神崎君は大切な後輩だもん」
「先輩」
神崎君は私を抱きしめていた腕を解いて、頬に手を移動させた。壊れ物を扱うようなその動きがくすぐったい。
「かんざ……」
「先輩」
「ひゃ」
首に感じるかすかな違和感。一瞬感じた生暖かい感触が、何があったかを物語っている。ゆっくりと神崎君を見るとほんのり頬を赤く染めていた。けれど、真剣な表情で私を見ている。
「あの……」
なんとなく、今言わないといけない気がした。今しかないと、感情が押し寄せる。けれど、言ってはいけない気もして別の言葉を紡ぐ。
「神崎君は、先に戻ってて。私はもうちょっと落ちついてから行くから」
「……先輩。俺、謝りませんから」
そう言って、神崎君は階段を降りて行った。見えなくなるまで神崎君を見送って、ずるずると座り込んだ。顔を膝で隠す。絶対に顔が赤い。
何、今の。マーキング? いや、でもなんで? なんで……
「なんでこんなことするの」
自惚れるどころか勘違いするよ。それでもいいの? あ、勘違いしてくれないのか訊かれたっけ。でも本当に? 同じって、思っていいの?
「うわ。恥ずかしい」
されたことも、それを認めたことも、神崎君の持つ感情を考えただけで恥ずかしい。どんなかおしていけばいいの。
座っていると、ポケットに入れていた携帯が振るえた。そういえば時間。見ると友人からだ。自分のことで必死でコスプレカフェのこと忘れてた。電話に出ると、私が謝るよりも先に友人の怒声が響いた。電話の内容はこうだ。コスプレカフェに着いた神崎君は女子生徒によって早々に退場したとか。友人の考えでは、「告白大会」のお呼び出しだろう、ということだ。正直嫌だ。けれど、告白を邪魔する度胸もなければ意地もない。というか、そんのこと、できるはずがないじゃないか。私はそう。とだけ答えて今から行くことを伝えた。今から行ったところで、人は「告白大会」に流れて行ったところだろうけど。