天体流星―星の宿り―
臨海学校でしたいこと
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「はーい! ちゅーもーく!」


 そう言ったのは上条敏彦だ。一年二組の中心人物で纏め役でもある。学級委員は別にいるが。それはともかくとして、上条は教室を見渡した。
 高校に入学して二ヶ月。このクラスは、上条がいることによって他のクラスより仲が良い。ただし、一人を除いて、だが。クラスの大半は上条のを見ているが一人だけ、本を読んでいる生徒がいた。星宮織姫だ。織姫は上条を興味無さげに見遣ってから、また本を読みはじめた。気にする生徒は友人以外に誰もいない。それが当たり前になっているから。誰も、織姫が嫌いなわけではない。ただ話す機会が無いだけだ。用事が無ければ話さない。そんなクラスメートの関係だ。そんな織姫を上条は気にかけていた。クラスで浮いているとかそういうものはない。織姫はあまり話さないだけでクラスに打ち解けているし、友人もいる。織姫もそれが普通だとしている。それが、クラスメートと織姫の関係だ。
 では、何故上条が織姫を気にかけるのか。織姫と上条の間に特別な出会いは無い。初めて会ったのも教室だし、二回程席替えをしたが、席は離れている。しかし、上条は織姫を見た時から探していた。教室でも移動教室でも。帰る時も。織姫はおろか、クラスメートですら気づいていない。
 上条が織姫を気にかけている時、上条の隣にいる男子生徒が切り出した。


「今度の臨海学校で肝試ししようぜってなったんだけど、やりたい奴いる? やりたくない奴多かったらやらないからさ」

「だから、今から多数決するぞ」


 上条はいつの間にか窓の外を見ている織姫を見た。どこか遠くを見つめているような感覚に、胸がざわつく


「おーい星宮。話聞いてたかあ?」


 呼ばれて織姫は前を見て、きょとんと首を傾げた。あ、と呟いた。


「ごめんなさい。聞いてなかった」

「今度の臨海学校で肝試しするかの多数決取るんだよ」

「分かった、ありがとう」


 それじゃあ回すぞー!と男子生徒が紙を回す。紙は投票用紙で、肝試しをと書かかれ、その下にしたい、したくないと分かれてあった。生徒はどちらかに丸を付けて回収された。丸で囲まれている方を上条が読み上げる。圧倒的にしたいが多かった。だが、過半数を越えても上条は読み上げ最後になった。最後の一枚になり「あ……」という呟きが教室に響いた。どうした、という男子生徒の問いに上条は投票用紙を見せた。それは「したくない」に丸のされた投票用紙だ。過半数が、いや、その一枚以外はしたい派なのだから肝試しは決定したのだ。ただ、上条はその一枚がとても気になった。理由は無い。ただ、上条はとても織姫が気になっていた。
 星宮織姫。真っ黒な髪と金色の目が特徴の普通の女子生徒だ。物静かで穏やか、それでいて気配りが出来る。難点は自分の趣味――主に読書だ――に集中すると、中々人の話を聞かないところだろう。しかし、勉強は出来、試験では学年三位内には必ず入っている。運動は苦手だが部活は弓道部で中々の努力家だと監督を始め、顧問と話しているのを上条は聞いたことがある。何故それを、上条が知っているか。それは、上条も同じ弓道部だからだ。追いかけたわけではない。ずっとやってきたことだから、部活も弓道部にしたのだ。そこに織姫が入ってきたのは偶然のこと。上条はその偶然を喜んだものだ。


「数学のノートを提出するので教卓の上に置くか、私に渡して欲しいです」

「よろしくー」

「はい」


 織姫は笑顔でノートを受けとる。嫌な素振りは見て取れない。じっと見つめる上条に気付き、織姫は笑いかける。


「上条くん。ノート出した?」

「あ、……まだ」

「じゃあ、貸して? 届けに行くから」


 うん、と吃りながらも返事をする。


「俺も持つよ。重いでしょ?」

「大丈夫だよ。私、前にもやったから」

「俺が星宮と話したいの。星宮と話したこと無いでしょ?」

「うーん……あまり無いね」

「あと俺、職員室に用があるから」


 じゃあ半分だけ、と織姫は困ったような表情をして言った。強引過ぎたか、と上条は不安になる。
 職員室に用があるのは本当で、星宮と話したいのは本音で、星宮と二人でいたいのも本音で、何か色々ごちゃまぜだ。
 欲求というものは溢れるばかりだ。


「ありがと。上条くん」

「ついで……だから」

「でも、手伝ってくれてるでしょ?」

「どういたしまして」


 柔らかい笑みを浮かべる織姫。上条は目を逸らし、訊きたかったことを尋ねた。


「胆試し、したくないに丸付けたのって星宮?」

「え? ……うん」


 織姫はほんのりと頬を赤らめ、ノートに視線を移した。


「やりたくないの?」

「そうじゃないけど……苦手なの」

「たぶん、くじ引きになるけど、一人になる確率は低いから大丈夫だよ」

「そっか。分かった。心配してくるの?」

「まあ、クラスメートだし、夜は暗いし、女の子だし……」


 上条の語尾が段々と弱くなっていくのに、織姫はクスクスと笑う。


「笑うなって」

「ごめんごめん」

「……ったく」

「ほんとにごめんね」


 謝っているが、その顔は笑っている。


「良いよ。臨海学校、楽しみだね」

「うん」


 織姫と話すと暖かくなる心。その理由に上条は気づかない。それでも、今の時間を大切に思う。その理由も、知らないままに。


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