捧げもの | ナノ

 『いのりのうた』 琉葦さま/25000御礼/ルクティア



深夜、グランコクマ。

そっと瞼が持ち上がる。辺りはまだ暗く、窓からはほんのりと月明かりが差し込んでいた。体を少し起こして時計を見てみると、深夜三時をまわったところだった。

変な時間に目が覚めてしまった。明日も朝は早いのに…。
再び寝ようと数十分ほど目を瞑って試みても、まったく寝れそうになかった。昨夜、いつもよりも早く寝てしまったことが原因なのか…。こうしていても寝れそうにないので、気分転換に外の空気でも吸おうと宿の外へと出てみることにした。


柔く吹いている風が心地いい。水の音を聴きながら、小さく深呼吸をする。
空はダークブルーに染まり、月や星々が煌めいている。少し前までは障気がたちこめていて、空も禍々しい紫色に染まっていた。こうして綺麗な世界を取り戻せたのも、彼が…。

グランコクマ特有の綺麗な水路を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。


それからすっかり考え込んでしまい、いつの間にか俯いてしまっていたようだ。ふと顔を上げると、少し遠くの方に見慣れた赤毛が揺れているのを見つけた。ちょうど前髪で隠れてしまって表情はよく見えないけれど、その横顔はどこか寂しそうに見える。彼の名前を小さく呟いてからそっと近づいた。


「……眠らないの?」

「っ…ティア…?」


彼は少し驚いた様子で振り返った。こんな時間だし、まさか私が起きてるとは思わなかったのだろう。
私の姿を見て目を丸くし、そのまま2、3度瞬く。
そしてすぐに、ちょっとなとごまかすように笑うけれど、隠し事はしないという約束を思い出したのか…少しずつその笑顔は崩れていった。眉間にしわを寄せて、苦しそうに笑って、ふっと睫毛をふせる。よく見たら、その体は小刻みに震えていた。


「…寝れないんだ」


軽く風が吹いただけでも聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、彼は呟いた。
彼が寝ることに対して恐怖心を抱いている理由は、いくつか思い当たるものがあった。
あの日の彼の姿を思い浮かべて、苦しさで喉の奥が熱くなる。

きっと、最近の彼はそのせいで疲れたような顔をしていたのだ。みんなには、日記書いてたら夜更かししちまって、と言っていたけれど。


「ルーク…」

「…目を瞑ると、このまま目を覚まさないかもしれないって、跡形もなく消えるんじゃないかって……怖くて仕方ないんだ」



彼は話しながら左手をじっと見つめて、辛そうに固く握りしめた。そしてその手を隠すように右手で包み込む。
思い出した先日の光景と、今の彼の姿がかぶる。私には何もできない、無力だと痛感したあの感情までよみがえってきて、やるせない気持ちでいっぱいになる。


なんと声をかければ、彼の苦しさを和らげることができるのだろうか。

『大丈夫、あなたは消えないわ』
咄嗟に浮かんだその言葉は喉元まで出かかったけれど、ぐっとのみ込んだ。
今のこの状態の彼には、この言葉は最適ではない気がして。

そう遠くはない未来に消滅してしまうことを、仲間に知られるのを彼は嫌がった。
みんなに気を遣われるたび、死ぬんだと自覚させられそうで、怖いと。


探してもいい言葉が思いつかなかった。無理に言葉にするよりも、と頭で考えるよりも前に足は動いていた。彼にそっと近寄って、軽く背中をさする。痛いほどに握りしめている彼の手にそっと手を添えると、怯えたような表情で私をみつめた。

切なそうにその緑色の瞳を歪めて、添えた手を握られる。そしてそのまま寄りかかるようにして、柔く抱きしめられた。
恋人に、というよりは、どちらかというと母に甘えるようなそれ。首筋に感じた彼の頬の冷たさに驚いて反射的に押し返してしまいそうになるのを堪え、あやすように背中にそっと手のひらを這わす。肌に加え服も全体的にひんやりと冷たくて、長い時間外にいたことを物語っていた。


「…ルーク、いつからここにいたの?」

「えっと…1時間くらい前かな」

「何も羽織らないで…風邪をひいてしまうわ」

「…うん…ごめん」

「…ばか…」





どれくらいそうしていたのだろうか。
長かったような、短かったような。つないだ手はそのままに、どちらからともなく離れる。
彼が温かかった反動か、先程まで心地よく感じていた風が少し冷たく感じた。ぶるりと体が震える。このままでは本当に風邪をひいてしまう。
部屋に戻りましょう、と声をかけると、ルークはようやく落ち着いてきたらしく少しだけ笑って頷いた。




ルークにあてがわれた部屋へと向かい、もうすでに眠っているミュウを起こさないように気をつけながら、ルークにベッドに横になるように言う。
備え付けの小さな椅子をベッドのそばに持ってきて座ると、彼は不思議そうに私を見た。


「ティア?」

「ほら、布団もしっかりかけて。寒くはない?」

「うん、寒くないけど…」


ルークは何が始まるのかわからないといった様子できょとんとしていた。布団から出ている温かい大きな手を握り、安心させるように、さらさらの朱い髪をゆっくりと撫でる。


「――トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ…」


小さな声で、歌を紡ぐ。
ルークが安心して眠れるように。悪い夢を見ないように、祈りを込めながら。
私がどういうつもりだかわかったようで、ルークは嬉しそうに目を細めた。


「なんかすげー落ち着く…」


微睡みながらもしばらくは歌う私を眺めていたけれど、二回目を歌い終わる頃には、安心しきったように寝息を立てていた。眉が下がっているせいか、普段よりも少し幼く見える。

彼が完全に眠ったのを確認し、部屋に戻るために手を解こうと…したけれど、握ったその手は、気付けばしっかりと私の右手を握り返していて、どうにも離れそうになかった。

…なんだか赤ちゃんみたいだわ。
クスリと笑うと、彼もつられるようにふにゃりと頬を緩ませて笑った。むにゃむにゃと寝言までいうその寝顔は幸せそうで、嫌な夢は見ていないようすに安堵する。

そういえば前にもこうして寝顔を覗き込んだことがあった。出会ってすぐの、彼の髪が長かった頃。…あれからいろいろあったけれど、寝顔は変わらずに年相応なもので。


その寝顔をみていたら、胸がきゅうっと苦しくなった。
彼のそばにいるときに感じる、どこか甘い痛みと、涙が出そうになるような切なさ。

この想いが世間一般的に何と呼ばれているのかを、私は知ってしまった。

胸に揺れるペンダントが月明かりを反射してきらりと光る。星を散りばめたようにキラキラと輝く深い青の石を撫で、このタイミングで自覚するなんて私もバカね、と自嘲めいた笑みを浮かべた。

いつかこの想いを伝えられる日が、来ればいいと思う。…いえ、まずは未来を、私たちの手で選び取らなくては。


繋いだ手を、彼の温かさを確認するように握りなおし、囁くように譜歌をうたう。


彼と一緒に、私たちの望んだ世界で生きられるように祈りながら。






fin.


────

25000hitお礼でした。
リクエストしてくださった琉葦さま、大変長いことお待たせしてしまってすいません。

切なめ、ティア目線、障気中和の影響やアクゼリュスのトラウマで不眠症気味のルークを歌で眠らせてあげる
ということで書かせていただきました。
ちょっと重くなってしまった気がしますが、こちらでよろしければお受け取りください…!;;

25000hitありがとうございました!
いろいろと至らぬ点もございますが、これからもよろしくお願いします。



20141219 べべ

prev / next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -