ふわふわして、あったかい。
ポロン、とかすかにピアノの音が聞こえる。
そっと目を開くと、そこには見慣れぬ…大きなシャンデリアがキラキラと輝いている天井が広がっていた。
(……あれ……わたし、外にいたはず…おかしい、夢でもみてるのかなぁ)
2、3回ぱちぱちと瞬きをしてみるも、目の前に広がるものはなにも変わらず。
ここはどこだろう。
一週間ろくなものを食べていなかったためにフラフラする体を軽く起こして、辺りを見回す。
二人寝ても余裕なくらい大きなベッドに、ふかふかな布団、枕。
白を基調とした綺麗な家具に、花瓶に入った色とりどりの花。ふわりとレースのカーテンが揺蕩う。大きな窓からはキラキラと光が差し込んでいて、眩しくて目を細めた。
起き上がって気付いたけど、あのボロボロな服ではなくて、新しいものになっている。
どうしよう。
お礼しなくちゃ。
とにかく誰か、人に会いたい。
ベッドから降りようとしてみたけれど、全身に力が入らなくて体を起こすので精一杯だった。自分を包んでいる、信じられないくらいふわふわなベッドに感動しつつ、再び身を沈める。
断片的に思い出せる記憶。
ああ、死ぬんだなって思ったところまでは覚えてる。あの時に泊まってた馬車の人が、わたしを助けてくれたのかな…。
しばらくぼんやりとしていると、ノックの音がして、扉が開いた。メイド服に身を包んだ若い女の人が立っていた。
わたしと目が合うと微笑んで、失礼しますと軽くお辞儀をする。
「お加減はいかがですか?」
「っ…だ…大丈夫、です…あの、…わたし…どうして…?」
久しぶりすぎてうまく声が出ない。気持ちばかり焦って、何とか伝えようと体を起こす。
わたしの混乱ぶりをみて、メイドさんは軽く微笑んだ。落ち着かせるようにとゆっくり背中を撫でる。
わたしの言いたいこと、わかってくれてるんだ。そう思ったらとても安心した。
「…さ、お腹が空いているでしょう。こちらを召し上がってくださいな。私はメイドの枝野と申します。事情も簡単に説明させていただきますわ」
温かいスープを受け取り、スプーンですくってそっと口をつける。ちょうどいい温かさ。吃驚するくらいなめらかで美味しい。飲み込むと、喉を通ってじんわりと体中に染みわたっていくような感覚。ようやく生きてるんだという実感がわいてきて、抑える間もなくボロボロと涙が溢れだした。
落ち着いてから、枝野さんからお話を聞いた。
ここは、“設楽家”。
屋敷の主は設楽公爵。“設楽”はどこかで聞いたことがある名前だと思ったら、とっても有名な貴族のお家だった。
昨日、わたしが凍死しかけているところを偶然奥さまが発見して、ここに連れてきてくださったのだと言う。
直接会ってお礼がしたい、と言ったけれど、奥さまは多忙なため数日間家を空けているそうだ。それに、わたしもしっかり立っていられるほどの体力がなかった。
だからゆっくり休んで、と言う枝野さんにこくりと頷いて、ベッドに身を沈める。
奥さまが帰ってくるまでには、しゃんと立ってお礼が言えるようにならないと。
ごはんをおなか一杯食べて休むと、すぐに歩けるようになった。お風呂にも入れていただいて、無造作に切られてボサボサだった髪も切り揃えてもらった。
レースがふんだんにあしらわれた洋服にふかふかのベッド、お風呂、毎日三食の温かなご飯。一週間経った頃には、家を追い出される前より顔色もよくなり、体重も増えた。ようやく普通に走ったりできるようになった。母に殴られた左頬も、きれいに腫れが引いた。
今まででは考えられない生活。そのあたたかさにちょっぴり涙が出た。
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