用意した紅茶とお菓子をワゴンに乗せて、カレンさまのいる部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けると、カレンさまとミヨさんが出迎えてくれた。
「紅茶とお菓子をお持ちいたしました」
「ありがと、バンビ!三人で食べよ!キューティー3結成のお祝いに!」
一応、これ渡したら休憩って言われたけど…い、いいのかな。
戸惑っているうちに、二人はあっという間に準備を整えてしまった。
ほらほら、とやや強引にソファに座らせられる。
「そうだバンビ。こういうときはアタシに敬語なんて使わなくていいからね。普通にカレンって呼んで!」
「え、でも…」
「いいのいいの、かたっ苦しいのはナシ!たぶん同い年だし。ね、ミヨ!」
「うん。カレンもこういってる。遠慮なんてしなくていい」
二人にじっと見つめられる。
うう…本当にいいのかな。でも、二人がそういってるんだし、こういうときだけなら、いい…よね?
「…じゃあ…えっと、か、カレン、ミヨ、よろしくね…?」
ちょっと気恥ずかしい…というか、遠慮気味なかんじになってしまったけれど。エプロンをぎゅっとつかみながらいうと、がばっとカレンに抱きしめられた。
「バンビ…かわいい〜〜!んもう!食べちゃいたい!」
「カレン、うるさい。声大きい」
持ってきたケーキやクッキーを少しずつつまみながら、三人でおしゃべりする。
ご令嬢に、その専属メイドに、他の屋敷のメイド。普通にみたらすごく異様な光景だけど、緊張も解けてきたこともあり、なぜだかとても心地よく感じた。
「カレンとミヨは付き合い長いの?」
「まあね。乳姉妹っていうのかな?アタシの乳母がミヨのお母さんで、小さい頃から一緒に遊んでたんだ」
「そうなんだ」
「そう。…カレンはね、とても繊細な女の子だった」
「へえ…」
「過去形!?」
「例えば近くの広場とかで遊んでて、男子と言い争いになったとき、よく女子の代表にされていた。 でもみんなの前では強がっていても、実はこっそり……」
「ちょっと!ストップ!! 秘密にしてって言ったじゃん!」
「はいはい」
「ま、まあ……そんなアタシを励ましてくれたのがミヨでさ…ミヨが家で働き始めたから、アタシ付きのメイドにって」
2人が昔こんなでさ〜って話をしているのを聞く。なんだかいいなあ、2人とも。小さい頃からの友人で、お互いのことを理解して信用しきってる感じ。
わたしも幼馴染はいるけど、いまどうしているのかわからない。わたし、何も言わずにあの場所に行かなくなっちゃったし…。
どうしてるのかなぁ、あの2人…。
目の前の食べかけのケーキを見つめながら、ぼんやりと姿を思い浮かべる。
急に黙り込んでしまったからか、ミヨにバンビ?と呼ばれた。
「あ、ごめん。何でもないよ」
「…大丈夫、バンビ。心配しなくていい。きっと近いうちに再会できる」
「え…?」
ミヨが小さくにこりと笑う。さっき言ってた、星の導き…?占い?なのかな。
なんだか妙に安心して、わたしもにこりと笑い返した。
だいぶ長居してしまった。休憩終了10分前だ。
紅茶もケーキも食べ終わったのでお皿をワゴンに片付け、テーブルを拭く。
「そうそうカレン、今日は何の用事で?」
「んっとねー、奥様に頼まれて週末の舞踏会用のドレスの見立てに来たんだ。まあちょっと予定より早く来すぎたんだけど…」
「気合入れすぎ」
「だってぇ…奥様とってもお美しいじゃない?ドレスの仕立てがいがあるっていうか」
「なるほどね…」
「あ、そういえば聖司様は?ピアノの音聞こえないけど」
「う〜ん、いらっしゃると思うんだけど…」
本当、どうしたんだろう。ほぼ毎日聴いてたから、なんか違和感。
まあでもきっと弾きたくない気分のときもあるよね。
自分で勝手に納得していると、コンコン、と扉をノックする音が聴こえた。
「はい」
「…聖司です」
「あら、どうぞ」
わぁ。なんてタイムリーな…
ガチャリと扉が開いて、聖司さまが入ってくる。
「ご無沙汰してます。花椿令嬢。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ。いつも御贔屓にしてくださって…」
ホホホ、とカレンが笑う。
聖司さまはにっこりと笑ってるし…二人ともわたしの知ってるのと様子も声も違いすぎて…。
二人があいさつする様子をミヨと眺める。ミヨがぽそっと「ふたりとも猫かぶってる」と呟いて、思わず苦笑いしてしまった。
話が終ったらしく、聖司さまがちらりとわたしを見た。
「すいません、ちょっとこいつ借ります。…芹沢、来い」
「は、はい」
半ば強引に腕を引かれるようにして廊下にでる。
聖司さまは少し焦っているというか、イライラしているみたいだった。
「なんで花椿が来てるんだよ。聞いてないぞ」
「えっと、奥さまの週末の舞踏会用ドレスを見立てに…って」
「はぁ……なるほど。屋敷内が騒がしいと思ったら…」
「何か不都合でもあるんですか?」
「…大ありだ。母さんが俺を探してても知らないって言えよ。いいな!」
「は、はい!」
「よし。…おまえ、あいつらと仲良くなったのか?」
「はい。良くしてもらってます」
「ふぅん…。じゃ、俺は行くから」
「?はい」
絶対に言うなよ、と念を押して聖司さまが去っていく。
奥さまに会ったらなにかまずいことが…大有りだって言ってたけど、なんだろう。
とりあえず、知らない、今日はみていないって言っておけばいいんだよね…。
ワゴンをとるために部屋に戻る。そろそろお仕事に戻らなくちゃ。
「じゃあカレン、ミヨ、わたしはお仕事に戻るね」
「そっか…じゃあアタシもそろそろ奥様のところ行くかな〜」
「奥様、待ってる。早く行かないと」
「うん。今日は本当にありがとう!すごく楽しかった!」
「こちらこそ!手紙とか書くから。また遊んでね、絶対!」
カレンから連絡先を受けとる。わぁ、文通かぁ…嬉しいな。
ミヨにも挨拶を、と思ってミヨを見ると、心配そうな顔をしてわたしを見ていた。
「ミヨ?」
「バンビ、もし困ったことがあったらすぐに言って。この先バンビは……」
そこまで言って、口をつむぐ。
この先、わたしが…?
不安になってミヨの猫目をじっと見つめる。ミヨは祈るようにそっとわたしの手を握った。
「…バンビなら、きっと大丈夫。わたしも手紙書くね。じゃあ、また」
2人に手を振って部屋を出る。
最後のミヨの言葉…どういう意味なんだろう。
この先わたし何かあるのだろうか。
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