軽い足取りで聖司さまのお部屋に向かう。
聖司さま、お部屋にいらっしゃるといいんだけど。
しばらくおしゃべりを楽しんだ後、奥さまに頼まれたのだ。
聖司さまを呼んできてほしいと。これから聖司さまのお部屋の掃除に行く予定だったからちょうどよかった。
部屋の前に着く。ピアノの音は聞こえないから、弾いているわけではないみたい。
コンコンと二回ノックすると、少しして中から入れと声が聞こえた。
「失礼いたします」
きょろきょろ辺りを見回すと、聖司さまは珍しく(…っていったら失礼だけど)、机に向かってなにか書き物をしていた。ちらりと一瞬わたしをみて、再び作業に戻る。
「聖司さま、奥さまがお呼びです」
「母さんが?……わかった。いまいく」
はぁ、とひとつ小さなため息をついてペンを置き、机の上の書類をまとめると面倒くさそうに立ち上がる。
わたしも部屋のお掃除始めなくちゃ。毎日お掃除してるし聖司さまも綺麗好きだから、ほとんど汚れてないんだけど。
「芹沢」
「は、はい!」
「これ、榊原に渡しておいてくれ」
「わかりました」
それだけ言うとわたしに先ほどまとめた書類を差し出して、聖司さまはお部屋から出ていってしまった。その後ろ姿をぽーっと見つめる。
驚いた。
聖司さま、わたしの名前おぼえててくれたんだ…。
紗世ちゃんから、聖司さまは身近な人の名前以外はあまり覚えない、特にメイドの名前なんて多分ほとんど覚えてないって聞いていたから。
ここに来た理由が特殊だから、なんとなく名前も覚えててくれただけかもしれないけど…嬉しいな。
スキップしたくなるくらい浮かれてる。仕事中だからしないけど。『芹沢』と呼ぶ聖司さまの声を思い出しつつ、渡された書類を軽く抱き締めた。
聖司さまのお部屋は相変わらず綺麗で、ほんの十数分で終わってしまった。
次の仕事に取り掛かる前に、頼まれた書類を渡すために榊原さんを探す。榊原さんは他のメイドの仕事のチェックをしていた。一通り終わったところを見計らって声をかける。
「榊原さん。聖司さまから、これを渡すようにって預かってきました」
「あら、これは……まったく、ぼっちゃまったらまた断るつもりですのね…」
「断る…?」
「舞踏会のお誘いよ。ぼっちゃまも年頃だから、どこの家も娘を紹介したいって…最近増えてきたの。重要なもの以外は片っ端から断っているけれどね」
「そうなんですか…」
「ありがとう、確かに受けとりましたわ。あなたは仕事に戻ってちょうだい」
「はい」
そっか、あの書類はお手紙だったのね。
聖司さまはもう16歳だし、設楽家のご子息だし…あれだけ素敵なんだもの、結婚の話が出てもおかしくない。
やっぱりモテるんだと思いつつ、きっとどの家も“設楽家”と親戚関係になりたいんだろうな、“設楽聖司”がほしいんだろうな、なんてぼんやりと思う。
嫌なことを思い出しかけて、ぶんぶんと顔を振った。
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