小説 | ナノ

 Impatience



「し、したらせんぱっ……待って、せんぱい…っ!」

わたしの腕を掴んだまま、設楽先輩は廊下をズカズカと歩いていく。

つい先程。放課後になった途端、教室の扉が勢いよく開いて、設楽先輩がものすごく苛立っている様子でわたしの腕をつかんだ。そうして何も言わずにわたしを引きずるようにして教室を出て…今に至る。

振り返る人たちの視線が痛い。待って、と言っても止まってくれないし、呼んでも返事をしてくれない。本当に怒っているみたい。

わたし何か怒らせるようなことしちゃったのかな…。

朝は…琉夏くんと琥一くんと偶然会って、一緒に登校して…
休み時間はカレンとミヨとおしゃべりした。お昼休みは嵐くんと旬平くんと一緒に練習メニューについて話しながらご飯食べて、そのあと玉緒先輩の文化祭準備のお仕事をちょっと手伝って…。

一日を思い返してみるも、特に思い当たる節がなかった。というより、今日…というか最近は設楽先輩と過ごした覚えが全くと言っていいほどなかった。

夏休みだったり、修学旅行だったり、部活で忙しかったり…。休日も電話をかけてみたりしたんだけど、タイミングが悪いのか先輩が出ないことが多くて…最近は疲れて休んでいることが多かった。

今日はやっと、何もない一日だった。
放課後になったらすぐ設楽先輩に会いに音楽室にいくつもりだったんだけど…。
掴まれた腕から感じる、先輩の苛立ち。やっと会えたのに、気分が落ち込んでいく。


「…あ、…設楽先輩?」

先輩の足が止まった。
ついた場所は、音楽室。今日は吹奏楽部が休みなので、音楽室周辺は人がいなくて静かだった。ガラリと大きな音をたててドアを開けて入り、私を中に引き込んだ瞬間ドアを勢いよく閉めた。鍵をかけた音もして、思わず体をこわばらせる。


そして、ふわり、と先輩のかぎなれた匂いがして、体がきつくなる。

「……せ、せんぱい…?」

なぜかわたしは、先輩に抱き締められていた。
先輩はなにも言わない。顔も見えないから、表情もわからない。

久しぶりの先輩の匂い。ドキドキする。頬が熱くなって、どうしたらいいのかわからなくなってとりあえず先輩の制服をきゅっと握ると、先輩がゆっくりと少しだけ体を離した。


赤い瞳が、わたしを射抜く。


「……っん…!?」

そして、唇に、熱。
何が起こっているのか、わからない。
ただ、苦しい。酸素を求めても先輩が離れることはなくて、思わず制服を掴む手に力をいれる。
何度も角度を変えて。
恥ずかしさで閉じていた瞼をそっと持ち上げると、先輩の赤い瞳がのぞいて、驚いて再びぎゅっと目を瞑る。

嫌だとは、思わなかった。…むしろ…。


しばらくして、ようやく唇が離れた。先輩は、はぁ、と一息ついて再び私を抱き締める。その背中に手を回すことに、躊躇いなどなかった。


「おまえは、不二山のことが好きなのか?」

「え…?」

「それとも新名か?」

「ち、違います…!好きだけど、そういう意味では……嵐くんも旬平くんも、大切な部活の仲間です!」

「あの兄弟は?紺野は?」

「…琉夏くんも琥一くんも、玉緒先輩も好きだけど、恋愛感情じゃないです」

「……そう、か。いきなりこんなことして、悪かった」


ぱっと先輩の温もりが消えた。
もう少し先輩の温もりを感じていたかった。思っていたより広いその背中にまわしていたわたしの腕は、行き場をなくす。なんだか寂しそうにみえて、急いでひっこめた。

ピアノのそばへと先輩は向かって、触れて撫でた。長い睫毛がそっと伏せられて、何かを考え込んでいるかのように鍵盤を見つめる。その横顔をじっと見つめていた。夕日で赤く染まる先輩は切なくなるほど綺麗で。わたしの視線に気づいた先輩は困ったように笑う。


「…先輩、どうして…?」

「…ごめん。嫌、だったよな」

「嫌じゃない……!でも…」

「ごめん」


もう一度、困ったように笑う。
さっきから先輩はわたしのことを一度も見ない。


どうしてキスしたの?
わたしのこと、好きなの?


わたしの頭はもう混乱していた。

そばへと寄って、すそをつかんで、先輩を見上げる。
先輩はびくり、と小さく体を震わせた。一瞬だけ目が合うと、さっとそらされてしまった。
赤く染まった頬と耳。きっとそれは夕日のせいなんかじゃない。

ただひたすら見つめる。先輩はわたしと目を合わせまいと、眉間にしわを寄せてピアノを見つめる。


「設楽先輩……」

「…なんだよ。そんな目で見るな」

「先輩」

「…見るなって」

「だって、こっち、みてほしくて、」

「…ああもう、うるさいな…!」


あっという間に唇を塞がれる。
さらりと先輩の大きな手がわたしの髪と頬を撫でた。その甘い感覚にそっと瞼を持ち上げると、先輩の長い睫毛が夕日に照らされてキラキラと揺れていた。

もっと、とせがむように、ぐっと先輩のシャツをつかんで引き寄せる。


「…っは…おまえ……」


さらに口付けは深くなる。
もう、先輩にされるがまま。
頭がボーッとしてきて、何も考えられない。先輩が瞼を持ち上げるのを感じた直後、唇が解放された。


「したらせんぱい…」

「おまえ、なんで」

「…っだって、先輩が」

「……バカ」

やっと先輩はわたしのことを見てくれた。
目があった瞬間、きゅうっと胸が苦しくなる。トクン、と心臓が脈打つ。頬が熱くなるのを感じる。


「…会いたいと思ってるのは俺だけか?」

「え…?」

「…俺はずっと会いたかった。おまえが忙しそうにしてるのは知ってる。けど…」

「わ、わたしだって、ずっと会いたくて仕方なかった…!!休み時間とか先輩に会いに行ったけど先輩いないし…電話しても出ないし…っ!」

「は?俺だって休み時間におまえの教室行ったけどおまえいないこと多いし、やっと見つけても紺野とか桜井兄弟とか他の男と一緒だったりするから…!」

「先輩探しに行くといつも違う人に会うんですもん…!それで、先輩ならあっちで見たよって……もしかして、いつも入れ違いに…?」

「……はぁ…今までの悩んでたのはなんだったんだ…」

先輩は心底疲れた、というように深くため息をついた。
こうして話して、やっと先輩と会えたと実感できて、じわじわと嬉しさがわいてくる。
ぎゅ、と先輩の制服をつかむ。さっきのキス…このまま、何もなかったかのようになるのは嫌だ。先輩と後輩。友達以上、恋人未満。この関係を破壊する覚悟を決め、勇気を出して息を吸い込む。恥ずかしくて、顔はあげられなかった。


「先輩は…わたしのことどう思ってるんですか」

「……陽菜」

「わ…わたしは、先輩のことが、」

好き。
そう言おうと息を吸い込んだ瞬間、待て、と先輩に口を塞がれた。
わたしが言葉を飲み込んだのを見て、口を塞いでいた手をするりと頬に移動させてわたしの顔を上げさせる。


揺れる赤い瞳とかち合う。
いままでにないくらい優しく微笑んで、いつもわたしを狂わせるその声で、甘く囁いた。


「…俺はおまえが好きだ、陽菜」




fin

_

バンビちゃんの名前は芹沢陽菜です。

傷心度上がりまくってる設楽先輩が書きたかった。たぶん
ずいぶん前に書いてあったやつを修正したものです。
友達以上恋人未満な状態で先輩にキスされるって自分的にはウオオォォ!って雄叫びあげるくらい萌えるんですけど、どうでしょう。萌えポイントが上手く伝わらない感じの仕上がりになりました。ふふ、泣けるぜ☆
あと制服ね。在学中にイッチャイチャしてるの好きです。

いろいろ突っ込みどころはあると思いますが見逃してくださいぃ…!(土下座)


御観覧ありがとうございました


130917 べべ

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