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※ロックがパートナーの話 普段ネットバトルを好まない彼女のパートナーであるロックは、本当はバトルをして彼女に格好いいところを見せたい ロックマン / ロックマンエグゼ | 名前変換 | 初出20161017

きみのヒーローでいさせて


 ねえなまえちゃん、起きて! ぼくは、今日何度めかわからない大声を張り上げる。睡眠を続行するための言い訳をムニャムニャ言いながら、なまえちゃんは布団の中に深く潜ってしまった。今日の天気は晴れ。システムから受け取った予報どおり、窓から見える外は見事な青空で、なまえちゃんの部屋にも陽の光が強く差し込んでいる。小鳥が鳴いて、一階からは目玉焼きが油をはねらせる音が聴こえる。そんな朝の現実世界を、ぼくは彼女の机の上のPETの中からやきもきして見ているだけだ。
「なまえちゃん、もう起きないと、本当に間に合わなくなっちゃうよ! 朝ごはんはもちろん無理だけど、このままだと寝癖だって直せないよ」
 具体的に叫んでみると、なまえちゃんはやっとぼくの呼びかけに反応してくれた。布団を押し退け、目をこすりこすり起き上がると、ぼうっとした様子でぼくを見つめる。ぼくは腰に手を当てる仕草をして、溜息をついた。
「ほら、早く顔を洗っておいで」
「うん……おはよう、ロック」
「おはよう、なまえちゃん」
 なまえちゃんはベッドから降りると、裸足の足のまま部屋を出て、トントンと階段を降りていった。ぼくはひと安心して、一時間に一回のウイルスチェックをシステムにかける。インターネットにほとんど繋がないなまえちゃんの端末は非常に平和で、ぼくはほとんどと言っていいほどウイルスバスティングを実施していなかった。ぼくの仕事は、毎朝彼女を起こして(これが一番苦労する)、彼女と一緒に学校へ行って、彼女の友だちと遊んで、彼女の宿題のサポートをして、寝る前の本探しを手伝うことくらいだった。ああ、あとはメールチェックもしたりするかな。なまえちゃんの話し相手もしたりする。そんな感じの、わりに穏やかな毎日を送っていた。
「ロック、やっと学校行く準備できた!」
 着替えまで済ませたなまえちゃんが再び話し掛けてくれるまで、およそ十分といったところだった。
「七時半、ちょうど家を出る時間だね。間に合ってよかったよ」
「えへへ」
「ところで、今日はマラソンの日だよ! 体育着は持った?」
 あ、となまえちゃんは言って、リビングに居るお母さんに体育着のことを言った。お母さんはすでに袋に入った体育着を持ってきてくれていて、受け取ったなまえちゃんはそれを手提げに入れた。
「えへへ」なまえちゃんは照れ笑いをする。ぼくは「やれやれ」と苦笑いをした。

 なまえちゃんのところへぼくがやってきたのは、彼女が小学校へ上がるときだった。PETが起動され、初めてなまえちゃんと対面したとき、ぼくは少なからず驚いたものである。男型であるぼくをちいさな女の子が選んだのか、と意外だったのだ。でも後になって、ぼくを選んだのは彼女ではなく彼女のお父さんだということがわかった。それでもなまえちゃんはぼくを気に入ってくれて、スリープモードにはできる限りせず、ぼくに現実世界の景色を見せてくれていた。ぼくは、そんななまえちゃんを本当に信頼していたし、ネットナビとしてちゃんと役に立ちたいと思っている。十年後、二十年後もね。
 なまえちゃんもきっとぼくを信頼していて……それで、朝寝坊をしてしまうんだと思う。



 学校では、授業中のPETの使用は基本的に禁じられている。休み時間に使うことに関しては、特にお咎めなしだった。なまえちゃんは朝登校して授業が始まるまで、ぼくが周りを伺えるように、カメラをオンのままにしてくれていた。もちろん、他の子たちも同様にPETに夢中だったけれど、その使い方は様々だった。ネットナビを使わずインターネットをする子だったり、電子書籍で読書をする子も居る。そしてこれは女の子に多いのだけど、ナビと一緒におしゃべりに興じたり、小さなミニゲームで遊んでいたりする子もいる。ぼくは女の子が主人だから、他の女の子とおしゃべりすることが多い。また、女の子たちのほとんどが、ネットナビ自身も女型である場合が多かった。
 ぼくがカメラから見ている限りだと、教室内の男の子はおしゃべりや読書よりバトルに夢中だった。バトルチップを交換している子だったり、実際にバトルをしていたり。チップの持ち込みもバトルも校則では禁止されているので、女の子たちはいつも口を揃えて「男子はいつもこうなんだよね〜」と言う。
「ねえ、ロックマンもそう思うでしょう?」
 なまえちゃんの友だちのリリアちゃんが言う。リリアちゃんのナビであるミーシャちゃんも、強く肯いた。「校則を破っているのはもちろんだめだけど、加えてバトルに夢中になりすぎよね」
「でも、ロックマンは男の子だから、本当はバトルのほうが好きなのかな?」リリアちゃんが続けた。
「え、そうなの?」なまえちゃんはぼくを驚きの混じった表情で見つめる。ぼくは胸の前で手を振る仕草を見せて、「そんなことないよ」と言った。
「でも、バトルは得意だよ。そういう風に作られているからね。だから、必要があれば、必要なだけ戦うよ」
 ぼくの言葉に、その場にいた女の子たちがざわついてしまった。「かっこいい」「すごい」「頼りになるね」と言われて、なまえちゃんとぼくは恥ずかしそうに目を合わせた。隣りにいたミーシャちゃんは、「リリアちゃんのとこにわるーいナビとかわるーいウイルスがきたら、ロックマンが来てくれると嬉しいな」と言った。お世辞のつもりだとは思うけど……それは自分でなんとかしなよ、とぼくは率直に思ってしまったりしつつも、照れ笑いで言葉を濁した。
「そんな強いナビ持ってるんだから、みょうじもバトルに参加しろよ」
 声変わりのしていない男の子の声が、なまえちゃんの背後から聴こえる。女の子たちはきゃっきゃ言うのをやめて、声のする方を見た。そこには、得意顔の黒木くんが居た。黒木くんはなまえちゃんを一瞥した後、PETの中のぼくを見つめる。なまえちゃんから聞いた話だけど……黒木くんは、クラスの中で誰よりもバトルが強くて、機械に詳しくて、自分でもプログラムを組んでしまうようなイマドキの小学生だった。
「なによクロキ、どっか行きなさいよ」気の強いリリアちゃんが、応戦する。「リレーじゃなまえに勝てないくせにさ」
「うるせえ、高崎は黙ってろ」
 黒木くんの物言いにリリアちゃんは言葉をつまらせるけれど、リリアちゃんを黙らせたところで勝敗は全くついていなかった。今まで思い思いのことをして休み時間を楽しんでいた教室中の女の子たちが集まってきて、黒木くんに対し無言で嫌な目線を送り始めたのだ。黒木くんはそれに一瞬怯むものの、こう続けた。
「みょうじの持ってるナビ、すごいレアな型の強いカスタムナビなんだぞ。戦わせないでおしゃべりばっかり、勿体ないや」
「いいじゃない、ロックマンは女の子の中でも大人気なのよ! かっこいいし優しいし、おしゃべりに必要なんだから」これはリリアちゃんではなく、サキちゃんが言った。
 この騒ぎを後方で野次馬していた男子数名が黒木くんにやじを送る。「クロキぃ、お前、リレーのことまだ根に持ってんのかよ」「おまえ、ロックマンがほしかったけど買ってもらえなかっただけだろ」黒木くんは後ろを振り返って、男友達に「シッシッ」と言った。男友だちは未だににやにや笑いながら、それぞれバトルの世界に戻っていった。
「みょうじ、おまえ負けるのが怖いんだろ」
「怖いも何も、バトルなんてしたことないもの」
 そう、なまえちゃんはネットバトルには全然興味がなかった。バトルチップだって一枚も持っていないし、そもそもバトルとはどういうものなのかということも、全く見当がついていないと思う。
「もう、クロキって本当にしつこい」女子の中の誰かが言った。「これで休み時間が終わっちゃうの最悪」と口をとがらせている子もいる。
 ぼくは、なまえちゃんに言った。
「なまえちゃん、ぼくに任せて。ぼくなら多分、勝てると思うよ」
「えっ、ロック、戦うの?」
「よし、こっちに来い」
 黒木くんはなまえちゃんの手を引っ張ってずるずると男子側の輪へ連れて行ってしまう。あまりに乱暴につかむものだから、ぼくは少しだけイラッとしてしまった。黒木くんは、誰かが持ってきたバトル用の簡易通信機が乗った机の前まで連れてきて、ここにプラグインするよう言った。女の子たちの群れも一緒についてきたようで、きゃあきゃあと周りは一気に騒々しくなる。その場に座っていた男の子は、なまえちゃんに席を譲った。
「みょうじさんてさ、バトルチップ持ってるの?」席を譲ったの男の子は、なまえちゃんにそう訊ねる。首を振って否定すると、「じゃあ貸してあげる」と、なまえちゃんは十枚ほどチップを手渡された。チップなしでもいけると思ったけど、あれば助かるので、この援助には安心した。なまえちゃんは、ほとんど初めて手に取るチップに、少しわくわくしていた。
「プラグイン、ロックマン・エグゼ、トランスミッション!」
 覚えるだけ覚えて使う機会のなかった言葉を口にして、なまえちゃんはぼくを電脳世界に送り込んだ。
「ねえなまえちゃん、どんなチップを貸してもらったの?」ぼくは画面越しに訊ねる。
「えっとね、ソード、ワイドソード、ロングソード、キャノン、リカバリー? が五個……」
「リカバリー? 五つ?」
 なまえちゃんはチップの持ち主のほうを見る。持ち主である男の子は、「おれ、用心深いからさ」と笑った。
 ぼくの目の前に、細身のナビが現れた。黒木くんが繋いだようだ。
「さあ、かかってこい!」
 黒木くんは、余裕の表情で言う。ぼくは、先ほど彼がなまえちゃんの手を強く引っ張ったことを思い出した。黒木くんのナビは、全然攻撃してこない。おそらく、ぼくのことを見くびっているのだ。
「なまえちゃん。ぼくが、ロングソードを送って、と言ったら、スロットインしてね」
「う、うん、わかった」
 ぼくは、一歩前へ出る。黒木くんも、黒木くんのナビも、未だ止まったままである。
 なまえちゃんに、格好いいところを見せなきゃ。
 ぼくは強く思って、右足を思いっきり前へ踏み込み、敵に向かって全力で走っていった。



 学校の授業を終えて、なまえちゃんは半日ぶりにスリープモードを解除してくれる。「おつかれさま、なまえちゃん」ぼくは笑って声をかけた。なまえちゃんもにこっと笑って「ありがとう、ロック」と言った。
「今日のマラソンね、クラスで二番目だったよ」
「すごいね! どんどん順位をあげてる」
「ロックが走り方について色々アドバイスしてくれるからだよ! わたし、高学年になったら陸上部に入るの。高学年だと、放課後に部活動があるんだよ」
「そうなんだ。週に一回とかかな?」
「あ、どうだろう……詳しくは分からないや。でも、走れるなら、毎日でもいいな」
「…………そう?」
「もちろん、ロックも一緒だよ?」
 なまえちゃんは無邪気に笑う。ぼくはその一言が心の底から嬉しかったけれど、本当に喜ぶことはできなかった。
「ねえ、なまえちゃん……部活のときは、多分PET禁止だと思うよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
 なまえちゃんは、日頃ランニングに行くのと同じ感覚で話していたのだろうと思う。ぼくの言葉を聞いて、彼女は少し落胆してしまう。それは、ぼくも同じだった。ぼくだって、なまえちゃんと離れたくなかった。
「それより、朝のバトルはすごかったね! わたし、よくわからなかったけど、ロックって本当に強いんだね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。少しは役に立てたかな」
「黒木くん、落ち込んじゃったみたいで、一日中ぼうっとしてたよ」
「やりすぎたかな」
 ぼくは、朝のことを思い出す。手を抜くつもりが、思うように電子の体にブレーキをかけられなかった。実際の世界でなまえちゃんに触れることができる黒木くんへのどうしようもない羨望が体中を支配してしまって、ぼくは結局、黒木くんのナビを二秒で倒してしまった。せっかく貸してもらったロングソードもリカバリーも、使うタイミングがなかった。
 でも、きっとそれだけではなかったと思う。ぼくが自分で制御できないくらいに張り切ってしまったのは、なまえちゃんに纏わる日頃の色々なもやもやが、どうしても抑えきれなかったからなんだ。ぼくは一度でいいから彼女に戦っているところを見てもらいたかったし、いつだって彼女のヒーローでいたいと思っている。十年後、二十年後だって。

 ううん、それも本当は建前なんだ。

 ぼくは、いつも笑って画面を覗き込んでくれる健気ななまえちゃんに恋をしてしまっているんだ。初めはちゃんとしたパートナーになれると思っていたのに、いつの間にか、どうやっても叶わない、AIに必要のない感情にまでなってしまった。ぼくに関係なく、なまえちゃんはどんどん成長して大人になって、いずれ誰かと恋に落ちて、結婚していくかもしれないのにね。

「わたし、やっぱりネットバトルはよくわからないから、今からはまた一緒に走ったり本を読んだりしようね」
 なまえちゃんが、そうやって優しく微笑む。ぼくはなんとも言えない思いで、「なまえちゃんには、それがいいと思うよ」なんて、臆病に答えた。