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初出202008

Thunderclouds


1

 ウデマエXが新設されたときの高揚感といったら、何にも代えがたいものだった。ちょうどABXYが二年ぶりのアルバムを売り出し、街の至るところで新曲のChip damageが鳴り響いていた頃だった。例年より長く夏が居座り、季節どうしの喧嘩のせいで天候は荒れていた。
 S+7。そのときのヴィンテージのウデマエである。彼はブキをスピナー種のクーゲルシュライバーに絞ってから、ゆっくりと、しかし着々とウデマエを上げてきた。クーゲルシュライバーは短射程の後に長射程に切り替わる癖のあるブキであるが、後衛でありながら中衛寄りの動きもできるトリッキーさに取り憑かれ、長らく愛用していたハイドラントを封印してまでわざわざ乗り換えた。慣れるまでに時間を要したが、今ではからだの一部のように扱うことができる。自分はこれでXを目指し、その次はブキトッププレイヤー、その次はランキング十位以内入りキープ、そしてフェスでの一傑を目指すのだ。ヴィンテージの瞳は、強さを求める純粋な光で満ちていた。
 そんな残暑の厳しい頃に、フェスが行われた。天候は生憎の雷雨。しかし小雨ということと、「雨なんかでフェスは中止しねー」というヒメの一言で、フェスは雨天決行だった。通常のマッチでは雨天時の屋外ステージは閉鎖されるので、雨の中でのバトルはかなり新鮮だった。
 ヴィンテージはフェスマッチに潜り、淡々と勝負を重ねていった。霧雨の舞うエンガワ河川敷。つい夢中になり、食事もとらずに長丁場となってしまった。これが終わったら切り上げよう、と決意した試合に勇んで立ち向かう。しかしその決意は、軽々と打ち砕かれてしまう。
 ケルビン525デコ。
 敵陣に、やたら強いケルデコがいた。吸い付くようなエイム、絶対的なシェルターとなるスプラッシュシールド。何より立ち位置が絶妙で、射程のぎりぎりで相手を捉え、危険なプレイは一切しなかった。
 ヴィンテージは積極的に対面した。あのケルデコを潰さないと勝ち目はないし、射程で勝てる味方は自分以外居なかったからである。二人は拮抗したまま、勝負をつけずじまいだった。しかし、残り三十秒を切ったときに、漸くとどめを刺すイメージが湧いてきた。ヴィンテージは高台からケルデコのシールドを叩きながら一歩前へ出る。もう少しでシールドが割れる。これは貰った! 勝利を確信した、束の間だった。
 空が光って、眩い光が空を切り裂いた。そのすぐ後に轟音が響き渡る。稲光の明るみの中で、眼下のケルデコがスライドをしてシールドより前方に転がり出し、さらにスライドを重ね黄色の稲妻を描いた。己の身のみでヴィンテージのクーゲルシュライバーが放つ弾丸を交わし、ヴィンテージに渾身の一発を叩きつける。
 まさか、シールドを捨てるなんて。クーゲル相手に、こんなに前に出るなんて。後ずさる判断が遅れたヴィンテージは、キルを取られリスポーンする。残り十秒で落とされたら、最早やれることは殆ど無い。勝負にも試合にも負け、ヴィンテージはリスポーン地点で雨に打たれ呆然とした。
 もう一度だ!
 これで最後の試合にすると決めたはずなのに、ヴィンテージは食い下がって再戦した。それから何度対戦しただろう、雷雨が酷くなってきてフェスが中断されたからそんなに長くはなかったはずだが、ヴィンテージにとってこのフェスの三分間は他のどの試合より濃密で長かった。放送で中断が告げられ、ロビーに戻ると、ヴィンテージは真っ先にそのケルデコに話しかけた。立ち止まってよくよく見ると、ブキだけでなく、ギアもフクも黄色を身につけていて、だからあの時やたら黄色く見えたのだと妙に納得した。
「あ、さっきのクーゲルくん」
 ケルデコは気さくに応じた。物怖じしないガールだった。
「対戦どうも。色々聞きたいことがあるんだが」
「いいよ。どうせフェスはもうこれでお終いだろうし、この天気じゃ帰るに帰れないからね」
 ヴィンテージは一番印象に残った、あの衝撃的な対面のことを惜しまず聞いた。なぜ堅実なプレイから一転してシールドを捨てたのか、あれは博打だったのか……を。ケルデコは余裕ありげに微笑んで、こう答えた。
「Xの経験と、カンと、自信だね」
 ヴィンテージは雷に打たれたような心地に襲われた。「勝つことを確信していたというのか?」追って聞くと、「正直言えばね」と控えめに笑った。
 Xと、初めて対面した。それは、一種のカルチャーショックだった。レート的に交わることのない、隔離された強者たち。だから、彼等がどれだけの強さなのか、今まで知りようがなかった。意外と大したことないかもしれない、とさえ思っていた。それがこんなにも違うなんて。対面してみて初めてわかった。彼等は、自分たちとは違うものが見えている。どう足掻いても、圧倒的に、手の届かない場所にいる。
 ヴィンテージは臆せず、ケルデコにフレンド申請をした。彼女は歓迎して、彼をフレンドリストに招き入れた。ヴィンテージのリストに新しい名前が表示される。なまえ。それが、なまえとの出逢いだった。

 ひたすらに、機械的とも言えるほどに強さを求めていたヴィンテージは、なまえをリーグマッチに誘った。初めのうちは二週間に一回。誘う時は、必ずヴィンテージからメッセージが送られた。そのメッセージは、「おはよう」から始まる形式的で距離を保ったものばかりだった。
 リーグマッチに行き始めた初めの頃は、後ろを護りながらなまえの戦い方を盗み見していた。というより、ヴィンテージの目的の殆どはその盗み見にあったと言っても過言ではなかったため、その目的を存分に果たしていたと説明するのが妥当なところだろう。彼女は、ありていの対面では一切デスをしなかった。何が違うのだろう、何が足りないのだろう。考えても考えても答えは見えなくて、彼女の背中を食い入るように見続けた。
「ヴィンテージの挨拶はいつも『おはよう』だね」
 何度目の誘いになるだろうか。片手では数えきれない位になってきたときに、なまえはヴィンテージにそう笑いかけた。昼でも夜でもおはようだね。あまりに不意だったのでヴィンテージは笑い返す余裕もなく、ただ一点、なまえの鼻のあたりを凝視するだけだったが、なまえがより一層笑うので、つられて少し頬が緩んだ。
「もっとフランクでいいのにって思うのは、わたしだけかな」
「奇遇だな、とでも言えばいいか?」
「あーあ、ほら、またしかめっ面になった」
 なまえは突然訝しげな表情をし、右手で額を隠すように覆った。「なに、それ」と問いかけると、「ヴィンテージの真似」と言った。右手は、前髪のつもりらしい。
「ねえ、今日はブキ交換して行ってみようよ」
 怪訝な顔から一点、ぱっといつもの明るい表情になると、なまえはわくわくしたように提案した。
「いや、無茶だろ」
 ヴィンテージは半ば反射的に即答する。ブキ交換というと、ヴィンテージがケルビン525デコを持ち、なまえがクーゲルシュライバーを持つということになる。よく考えてみても、それでリーグマッチに潜ることはヴィンテージからしたら有り得なかった。
「いいじゃん、いい練習になるよ。ずっとわたしの背中ばかり見ててもさ、どうしても見えないところあるよ」
 しかしなまえはとても楽しそうに笑うので、ヴィンテージは表面上は渋々折れ、内実はすこしこそばゆく思いながら、クーゲルシュライバーとケルビン525デコを交換したのだった。スライドは思ってた以上に膝が痛くなった。シールドを放てばインクが無くなるし、なまえがこれをどうやって操っているのか、ヴィンテージは疑問が深まるばかりだった。一方なまえも、クーゲルシュライバーの射程の切り替えには毎度混乱させられていた。後衛の立ち回りができずケルデコ持ちのヴィンテージとやたらポジションが被ったり、ジェットパックで変な方向に飛んで行ったりもしていた。それがあまりに面白かったので、ヴィンテージはジェットパック終わりの着地点を守りつつ彼女を待ち、降りてきたときに「下手くそ」と笑った。なまえも笑って、「ヴィンテージこそ、全然イカスフィア使えてないよ」と言った。ヴィンテージのイカスフィアは、必ず一回は後方に進んだ。
 勿論、大抵は本気でリーグマッチに臨んだ。選び抜かれたギア、日頃ガチマッチで鍛えた試合運びの戦略やセンス、ブキの練度。すべてをぶつけて、本気で天辺を目指した。初めてゴールドメダルを得た時はすごく嬉しかった。やがてそれは当たり前の勲章となっていくのだが、初めての日はお祝いと称して、リーグマッチ終わりにラーメンを食べに行ったものだ。
「こ、こんな真っ赤なものを食うのか……?」
 なまえが無類の激辛好きと知ったのは、その食事の時だった。
「ヴィンテージは辛いのきらい?」
「いや。……食べようと思わないだけ」
「じゃあ、一口食べてみてよ。癖になるよ」
 言われるがままに麺を啜る。最初は大した辛みに襲われなかったが、それはじきにじわじわとヴィンテージの口内を攻め立て、最終的にむせるまでになってしまった。なまえは手早く水を手渡し、ヴィンテージも急いでそれを口に含んだ。
「正気の沙汰じゃないな」
 ヴィンテージは率直な感想を述べる。なまえは全くめげる様子もなく、誰もが最初はそう言うんだよね、と飄々と言ってのけた。
「辛いは辛いんだけど、美味しくない?」
「まあ、確かにたまに食べたくなる味ではあるが」
 それを聞くとなまえは弾けるように笑い、「じゃあ、また食べに来ようね」と明るく言うのだった。それからゴールドメダルを獲るたびに激辛麺だの火鍋だのを食す羽目になり、ゴールドメダルなんて獲って当たり前になる頃には、ヴィンテージはすっかり辛いもの中毒となっていた。



 二人はいつも、待ち合わせて落ち合う場所を決めていた。駅を出て、一階の広場の木の下だ。秋になると紅葉し、冬は裸の木になり、春には花が咲いて、夏は青々とする。そんな木の下でいつも待ち合わせていた。
 家の方向はばらばらだった。ヴィンテージは市中で暮らしているのに対し、なまえは奥まったところから時間をかけてハイカラスクエアまで来ていた。使っている路線も違う。生活も生業も違う。同じ時間を過ごすといっても週に一度きりで、それ以外のヴィンテージをなまえは知らないし、同じようにヴィンテージの知らないなまえの世界があった。不思議なものだが、彼等はリーグマッチだけで繋がっていた。
 それでも習慣というのは恐ろしいもので、同じ時間を共にする生活が長らく続くと、特に連絡などしなくても、いつもの曜日のいつもの時間に広場の木の下に居れば落ち合うことができた。来なかったとしてもそれぞれガチマッチに行くので、広場は通り道であるし、デメリットがなかったことも大きかった。大抵はヴィンテージのほうが先にいて、なまえが遠くから手を振り近付いてくるのを、静かに見つめながら待つことが多い。
 事前に連絡がくることもあるが、そういう時は大体遊びでリーグマッチに行く時である。このような提案はなまえしかしないので、必然的にメッセージの始まりはなまえからになる。
 ブキとギアを揃えて、リーグマッチに行ったことがあった。それもやはりなまえの提案だった。スプラシューターなら二人とも持っていたので、それを持参し、ギアは当日ハイカラスクエアで買い揃えた。スミヌキ模様のシャツにウーニーズのウール製キャップを合わせ、ノーリーチャッカのロビンズを履いた。試着しているときは散々お互いを似合わないだの変だの言い合っていたが、いざお揃いの格好で鏡に映ってみると、なんだか恥ずかしくなって少し気まずくなったりもした。
「なんか、デートみたいだね……?」
 いつになく、なまえは女子らしい素振りを見せた。ヴィンテージは目を逸らし、「……行くぞ」と声をかけて店を先に出る。置いていかれたなまえは、慌てて駆け足でついてきた。
「ヴィンテージ、似合ってるね」
「ああ。お前もな」
 なまえは、照れながらもいつも通りお喋りだった。ヴィンテージは内心、口元が緩んでしまうのでもうやめて欲しい、と思った。しかし、彼女の仕草や可愛らしい言動から、彼女が嬉しがっているのがわかり、そのことに関してはヴィンテージにとっても嬉しかった。表情に緩みが出そうになるのを、堪える必要はあったけれども。
「なかなかこんないい感じのお揃いもないよね? イカップル杯みたい」
「そうだな」
「マッチングした味方さんに、カップルって思われたりして」
 なんちゃって、と付け加えようとして、なまえはおどける。しかしこの時ばかりはヴィンテージのほうが口が早く、気づけば「別にいいだろ」と口走っていた。
 とたとた、と聴こえていた足音が途絶える。ヴィンテージも立ち止まり咄嗟に振り返った。なまえは、目を少しだけ泳がせて立ちすくんでいた。振り向いたヴィンテージにじっと見られたことで、さらにどうしたらいいかわからなくなったなまえは、すぐ傍にあったヴィンテージの腕に手を伸ばし、買ったばかりのシャツの裾を握った。
「別にいいの?」
 カップルと思われても。なまえはそこまでは言わなかったが、文脈はその意味を指していた。「……よくないのか」「んー……いっか?」「なんで疑問形」ヴィンテージが平静を装って返すと、なまえは目を伏せた。ヴィンテージは、自分のシャツにしがみついたままのなまえの手をそっと外す。なまえは名残惜しそうに微笑むだけだった。
「今度、出るか。イカップル杯」
 ヴィンテージが言う。なまえは小さく返事をしただけだった。ヴィンテージは なまえのほうを振り向けなかった。こんなに締りのない顔を、今の彼女に見せるわけにはいかない。きっと、いや、絶対に、目を泳がせて困るだろうから。

 言わなくても判っていた。なまえはヴィンテージが好きで、ヴィンテージはなまえが好きだった。でも、言わないままが良かった。彼女とはたくさんの思い出がある。一緒にリーグマッチに行って、辛いものを食べて、ふざけて、笑って、またねと手を振った。そして、あの木の下で約束されていない待ち合わせをするのだ。ヴィンテージはまだ、思い出の続きを見ていたかった。
 でも。
 Xに上がったら。もし俺が、そこまでいけたなら。そのときには、曖昧なままにしないで伝えてしまおうかと思っていた。それはあと一歩というところまで差し迫っていた。焦ることはない、とヴィンテージは思っていた。ゆっくり、自分のペースでやればよいと。
 ヴィンテージは、次のリーグマッチの日取りまでに、イカップル杯の申し込みを済ませた。次になまえに会った時に、行こうと誘うつもりだ。おそらく彼女は、「本当に申し込んだの?」と笑いながらも、勿論行くよと快諾する。説明できるほどの根拠はないのに、なぜだかすごく自信があった。

 しかし、その時は訪れなかった。
 台風が近づいてきていた。大雨に見舞われ、殆どの野外マッチが軒並み中止になった。いつもの集合場所に行っても、彼女は来なかった。普段なら三十分と待たないが、この時ばかりは一時間待った。イカップル杯に誘うという、愛の告白にも似た誘いをするつもりだったからだ。いたたまれずに、何度も腕時計を見る。秒針の進みが遅くて苛立った。一時間が経ち、ため息ひとつ漏らすと、その日は諦めてガチマッチへ向かった。
 彼女は、その次も、そのまた次も来なかった。気づけば、会わないまま一ヶ月が経とうとしていた。二週間すれ違ったところで、連絡も入れてみた。しかし、返事がないどころか、既読の印すらつかないのだった。
 なぜ、と真っ先に思った。何の前触れもなく、彼女は消失してしまった。約束を取り付けているわけではないのだから、落ち合えないのは当然である。しかし、落ち合えなかった数より、示し合わせない心だけの約束だけで落ち合えた数の方がまだ多いのも事実だった。いたのだ、ほんとうに。隣に、彼女が。しかし、今はすっかり空っぽになってしまった。
 彼女のいないタチウオパーキングの坂道。彼女のいないエンガワ河川敷の高台。彼女のいないリーグマッチ受付窓口。彼女のいないハイカラスクエア。
 ヴィンテージは、それでも毎週木の下にいた。もしかしたら来てくれるかもしれない、けろっとした顔で、ごめん用事が続いちゃって、と笑いながら来てくれるかもしれない、と期待して待った。彼女は、来なかった。二十分、十五分、と木の下で待ち惚ける時間はだんだん短くなっていた。そしてとうとう、ヴィンテージはその木の下で足を止めることがなくなった。

 当然のことながら、イカップル杯は欠場することになった。欠場にあたり、ペナルティとしてギアのカケラを幾つか渡すことになった。どうやらこの大会は優勝賞品としてカケラが贈呈されるようで、欠場者分のカケラも優勝者へ渡されるようであった。これほど虚しいことはなかった。カケラのことは、どうでもよかった。イカップル杯を欠場する、という文字列やその行為自体が、なんだか哀愁を誘うもののように感じられた。
 その一方、ヴィンテージはガチマッチには相当な熱量で打ち込むようになった。ついこの間までは、ゆっくり自分のペースでいい、と思っていたところであったはず、なのに。ヴィンテージはのろまな過去の自分を恨んでいた。自分がもっと早くXに到達していたならば。それで彼女に想いを告げる勇気が持てていたならば。もしかしたら、今もふたり、思い出の続きが見られていたかもしれないのだ。彼女が姿を消した理由は、考えなかった。考えないようにしていた。考えても消耗するだけだ、と言い聞かせて、なるべく思考の隅に追いやるように努力した。消耗してしまうのは、考え始めると必ず、もしかしたら片想いだったのかもしれない、という可能性に辿り着いて、酷く後悔するからであった。

 ヴィンテージは、あらゆる不利的状況も振り解いて、まずガチエリアでXに到達した。それからアサリ、ヤグラ、ホコの順で(ホコに至っては飛び級をした)すべてのルールでXの世界に飛び込むことができた。Xパワーを2600まで上げたところで、野良をキャリーするばかりの試合に嫌気が差し、そろそろリーグマッチに潜りたくなった。誰を誘おうか。真っ先に浮かんだのは、稲妻と黄色の閃光だった。やわらかい笑い声をあげ、すこし照れながらはにかんでみせる。もう、会えない人だ。ヴィンテージは首を振り、昔同じチームだったオメガに声を掛けた。そして、ふたりで画策して残りのメンバーを集めた。
「どうかしたのか?」
 オメガが気不味そうに声をかける。それは、チームメンバー候補を見極めるために、候補の一人だったデュアルスイーパーカスタムと、当時前線荒らしで話題になっていたダブルエッグの試合を観戦しているときのことだった。ヴィンテージは、自分でも気付かないうちに膝の上に乗せた左手の人差し指を苛々と叩いていた。「別に」と答えた声も棘があった。オメガは「そうか」と言いつつも、機嫌の悪い昔馴染みに辟易しているようだった。オメガには悪いと思いつつも、ヴィンテージは自分の心が黒く渦巻くのを止めることはしなかった。その日はよく曇っていて、真っ白な天井は強風で忙しなくかき混ぜられ、彼方では遠雷が低く唸るように鳴り響いていた。