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空が光って、眩い光が空を切り裂いた。ヴィンテージはまだ、思い出の続きを見ていたかった− 通り過ぎる列車の轟音、一年ものあいだ既読のつかないメッセージ、雷の秘密。 ヴィンテージ / Splatoon(comic) | 名前変換 | 初出202008-

Thunderclouds


Prologue

 タチウオパーキングの天辺にリスポーンすると、夏の終わる匂いが肺いっぱいに広がった。あー夏も終わるなー。リスポーンしたばかりのレッドソールはそんなことを一瞬だけ思って、感傷に浸る間もなく地面を蹴る。試合開始から口の中に入れっぱなしの大きな飴玉を右の頬から左の頬へ移動させ、殆ど塗る余地が残っていない自陣(デスを重ねたダブルエッグが塗り固めたに違いない)にため息を吐いた。もう、これ以上どこを塗れっていうのよ。しかしダブルエッグに舌打ちをしたところで、悪いのはたった今デスをした自分自身なのだということは、考えるまでもなく明快なのだった。
 スペシャル減少量ダウンのギアを積んでいるとはいえ、デスのペナルティは重い。急いで塗りポイントを貯めて、前線に戻らなければならない。それならば死ぬ前にアメフラシを投げときゃよかった、と思いもしたが、きっとそれも無駄足に終わっただろう。どちらにせよ、先程の立ち回りは説教ものなのだ。誰の説教かって、勿論ヴィンテージである。
 無事にアメフラシを投げられる状態にまで仕上げたレッドソールは、オメガのいるところにスーパージャンプで復帰し、相手方の前線に向かってアメフラシを投げた。アメフラシの装置は落下点で煙を上げたかと思うと、みるみるうちに擬似的な雨雲を拡げ、敵陣の頭上で水色のインクをしとしとと垂れさせた。オメガは、思ったより早かったな、と言い残し、チャージキープしたまま潜伏し前に出ていく。これで少しはカウントが止まればいいのだけれど。波立つ心を整えながらレッドソールも後に続こうとするが、残念なことにそれは叶わなかった。なぜなら、背後からキュルルルというスピナー特有のチャージ音が聴こえ、からだが凍りついてしまったからである。
 この鋭い音と溢れ出る殺気の主は、振り向かなくてもわかる。十中八九、ヴィンテージだ。そして、振り返ってみてもやはりヴィンテージだった。
「わあー、ヴィンテージとポジション被るなんて奇遇ー……! あ、もしかしなくてもあたし、邪魔だよね! 前出るわ」
 ヴィンテージに喋らせる間を与えぬよう、レッドソールは早口で捲し立てた。そしてそそくさと退散した。去る前に小言のひとつでも言われるかと思いきや、逆にヴィンテージは無言のまま。はー、やりづら。レッドソールは不気味に思いながらエリアを塗った。カウントは止まり、やがてエリアは自分たちのものになった。
 組んでいた対抗戦は、いつも通りすべてに勝利した。しかし、今日の試合はヴィンテージからしてみたら「最悪」だった。緊張の糸が切れる間もなく反省会が始まり、それぞれにヴィンテージの辛口アドバイスが告げられる。オメガに対しては「ラフプレイが目立つから気を引き締めろ」、レッドソールに対しては「タチウオエリアの立ち回りはX底辺、ひとりでちゃんと磨いてこい」、ダブルエッグには一言「エスプラ」とだけ伝えられた。
 解散し、ひとりでさっさと帰っていくヴィンテージを見送ると、「いや、ひどくね?」とダブルエッグが口火を切った。
「俺だけアドバイスでも何でもねえじゃん!」
「いや、でも今日のあんたはいつもの一億倍酷かったよ。リスポーンの近く塗るとこないんだもん本当困ったわ」
 すかさずレッドソールは彼に対する今日一番の不満を言った。彼は慌てふためいて「ま、まあそれは否めねえけど!」と答えるが、すぐに堪えきれない様子で「けどよ!」と続けた。
「ヴィンテージこそ、いつもは前にガンガン出ていく癖に、今日は芋ってただろ。キルレ良いから取り立てて悪く見えねえけど、アレは前衛泣かせだよマジで」
「まーたしかにちょっとねー。今日は最初から機嫌悪かったしねー」
 何かあったの? と二人はオメガを見る。ポーカーフェイスを貫くヴィンテージの心境の変化は、昔なじみのオメガしか知り得ないだろうと踏んだのだ。「わたしだってよくわからないが」オメガはため息混じりに答える。「今日は雷が鳴っているから。それの所為かもしれない」
 終わりかけの夏を惜しむように、或いは追い出すように、確かに今日は空に黒い雷雲が立ち込めていた。しかし二人は、合点がいかず唖然とする。
「か、雷?」
「もしかして、雷怖いの? ……あのヴィンテージが?」
「怖いんじゃない……上の空。上の空になる。何か、思うところがあるのでは」
「思うところって」
「言っただろう、わたしにもよくわからない」
 オメガの歯切れの悪い回答に、ダブルエッグとレッドソールは困惑の笑みを浮かべながら顔を見合せた。少なくとも、雷のときは気をつけたほうがいいってことね。レッドソールは自身の中で適当に着地点を見つけ納得する。今後、あのヴィンテージが自分のことを語る瞬間が来るとも思えないし、そもそもこのチームが長続きするような気もしない。悪天候は、過ぎ去るのを待つに越したことはないのだ。



 夏が終わって夜が長くなってきたら、きっとそろそろ空気が冷え込んでくる。そうしたら、彼女に出逢ってもう三年になる。同時に、彼女と音信不通になって、もう一年も経つ。
 ヴィンテージは、駅の自販機でサイダーを買った。ガコン、と音をたて落ちてきたペットボトルを、拾いあげようとして、でも実行できずに、何秒も無駄にした。どこかに落ちた雷の所為で。随分前に負った傷の所為で。
 漸く手に取ったサイダーのキャップを注意深く開けたが、そっとしておいた時間が長かったからか全然溢れてこなかった。ひとくち口に運んで鞄にしまうと、スマートフォンのメッセージアプリを開いて、一年ものあいだ既読のつかないメッセージを読み返した。一体何回読み返せば気が済むんだか。ヴィンテージはそのメッセージが存在するトークルームごと削除しようとして、でも指が泳いで、結局そのままにしてアプリを落とした。これも、もう何度も繰り返した動作だった。
 ごう、と大きな音を立て電車がやってくる。嘗て、彼女がヴィンテージに手を振り駆け足で乗って帰っていった、反対側の電車だ。なまえ。声に出して呟いた。もう一度、呟いた。車輪が軋む音に、声は掻き消されてしまった。