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霧野と暮らす、とある土曜日 霧野蘭丸 / イナズマイレブンGO | 名前変換 | 8min | 初出20140317

土曜日

 今朝方、愛用していたシーツの小さな穴がどんどん成長していって結果布が二つに裂けるまでになったことはもう言わなくても分かっている。雑貨屋で千円で買ったファブリックだったが、大層気に入ってどのシーツよりも使う頻度が高かった。そのせいで、夏を越す前に破けてしまったのだ。わたしはそのシーツを丸めて籠の中に突っ込んだ。蘭丸はもう起きていて、多分食パンでもかじりながらニュースを見ている。そんな音が微かに聞こえる。わたしは着崩れたゆったりめのシャツの肩を整えて、洗面台に向かった。

 今年の東京はたいして暑くはならないようだった。上がっても二十五度で、夜は少し肌寒いときもあった。ニュースでは冷夏なんて言われている。夏なのになんだか中途半端なんだよなあと、顔に触れる冷たい水を感じて思う。夏の水って、もっと生温いものだと思っていたけれど。タオルを首にかけながらリビングに行くと、蘭丸は椅子に片足を立てて座りながらパンに発酵バターを丁寧に塗っていた。立て膝、行儀が悪い。言うと、蘭丸はシャキッと直して「お早う」と言った。
「なまえ、今日飛行船がすぐそこを通るんだって! 浜野が言ってた」
 蘭丸は上からママレードを塗り始めた。すぐそこって何処だろうと思ったけれど、多分近所の大きな公園のことだろうと思う。蘭丸はよくそこで浜野くんにばったりあって長話をしてくる。
「そうなんだ。確か今晩は祭りもあったよね」
「あぁ、そういえばそうだったな。昼も夜も行かなきゃな」
 行かなきゃ、というものではないのだけど、蘭丸はこういったイベントに何故だか目がない。特に社会人になってからは近所の祭りはもちろんスーパーの朝市だとかパン屋のキャンペーンとかそういうのが大好きだ。一方わたしはあまり興味がないので、ポイントカードはある程度貯めたら蘭丸に与えることにしている。結構よろこぶ。
 ローカルのニュースで、今日行われる祭りのことが報道された。ちょうどわたしも目玉焼きやパンを用意し終わった頃だった。地元ではちょっとした伝統ある祭りなので、こうして毎年ニュースで取り上げられている気がする。蘭丸は食器を下げた後、鏡をテーブルの上に乗せて髪を結い始めた。服装が外行きだったので飛行船を見に行くのだろうと思った。ふと、ベランダを見ると、まだ洗濯物が干されていなかった。
「蘭丸、出掛ける?」
「あぁ、出掛けるよ」
「その前に、洗濯手伝ってよ」
「ええー……いいよ」
 すごく嫌そうな顔をしたけど、快諾して貰えたようだ。しかしすぐに「でも、飛行船が来そうになったら外行っていいか?」と聞いてきた。いいけど、来そうなときって分かるものなのだろうか。よく分からないが、とりあえず洗濯機回しておいてとお願いした。
 洗濯物を二人で干したあと、わたしは布団も干して掃除機をかけた。小さなベランダでは布団を全部干せないので、代わる代わる干すしかない。今日は家から出られないなと思う。出ることができても、休日は家にいたい派なので、多分出掛けないと思う。願ったり叶ったりだ。
 十二時くらいになって、乾いたものや布団を取り込もうと思ってベランダに出ると、やや空が灰色がかって雨が降りそうな天気になっていた。今日って降る予報だったっけ。あまり天気予報を注視しないので曖昧であったが、雷がごろごろと言い始めたので乾いたものも濡れているものも全部取り込んだ。間髪入れずザーッと雨が降り雷が落ち風が吹き荒び、唖然としていると蘭丸が帰ってきた。こりゃ飛行船どころか祭りも駄目だな、と笑いながら、若干ぬれたシャツを扇いでいた。急いで帰路を辿った蘭丸はすこし息が上がっていて、わたしはそんな彼のためにアイスティーを淹れてあげた。

 雨はすぐ止んだが、どんよりと暗い曇天はお祭り気分を吹き飛ばすような、どこか退廃した空気を醸し出す。蘭丸はすぐに着替えを済ませ、ソファの上に体育座りをしている。テレビを観ていたが、昼間のテレビはろくなものがやっていないので早々に電源を落とした。時計は十四時を回っている。
 ふと、蘭丸は「買い物に行きたい」と小さい声で言った。わたしは読んでいた雑誌から顔を上げると、蘭丸はもう一度「なまえ。買い物に行こう」今度は強く言った。蘭丸越しに窓の外を見ると、雨こそ降っていないものの木の葉っぱが風に強く煽られていて、どう見ても買い物日和ではなかった。
「買い物行って、どうするの」
「色々見て回って食事して帰ってくる」
 蘭丸の言う買い物に行くとは、近くのショッピングモールに出向くことである。そしてそこでの食事は、大抵そのショッピングモールに入っているお店で千円程度の魚介類の多く入ったトマトソースパスタとイタリアンソーダを頂くことである。蘭丸もわたしも、そこが一番お気に入りだからだ。
「じゃあ蘭丸、車出してね。まさか自転車で行くとか言わないよね?」
「わ、わかった」
 きっと自転車で行く気満々だったんだろうなあ。でも雨が降ってきても嫌だし、風が強いから車のほうがきっといい。わたしは寝室に行って、黒のワンピースを着て大きめのネックレスを首にかけた。傘を持ってマンションの玄関を出たところで、ひときわ大きな風が吹いてスカートが膨らんだ。魔女みたいだ、と蘭丸は言った。

 ショッピングモールにつくと、思ったより人が溢れていた。お決まりのルートを特別な会話もなく進むが、いつもはわたしが先頭に立つのに今回は蘭丸が前に立っていた。もちろん言い出しっぺは蘭丸だから、然程おかしなことではないのだけれど。雑貨屋まで来たときには蘭丸はキーホルダーを見ていた。そういえば車のキーには飾りが付いていなかった。わたしは大きな姿見をみつけてスカートの裾を持ち上げてみた。姿見は何年も前からずっと欲しいと思っていたけれどまだ手に入れていない。割と家には最低限のものしか置いていなかった。結局今日も買うことはないのだろう。
(……あ)
 姿見のそばに置いてあったファブリックに目が止まった。白地に赤色でダマスク柄があしらわれている。とてもお洒落だと思ったし、白地の布の上に踊る赤い柄が爽やかであり民族的でありなんだかとても惹かれた。買って使うことも、また破れてしまうことも考えたけれど、最終的には店員さんに麻のようなショップバックにファブリックを入れてもらってその場を後にした。

 ショッピングモールの二階中庭に蘭丸と二人手をつないで出ると、夏にしては冷ややかで背中を押すような追い風が吹いた。蘭丸の髪もわたしの髪も前に靡いて、一瞬前が見えなくなった。風は長く吹き荒べど、髪と髪の間から明るい光が見えた気がした。左手で髪をよせると、雲が割れて太陽が見えていた。
「晴れたな」
 ぼさぼさの髪を直す様子もなく蘭丸は嬉しそうに言った。晴れ上がりはじめた空はたかく太陽を浮かべていて冷んやりとした風は雲をはじへ追いやっていた。もうすぐ秋がきてしまうのかしらねとわたしは心のなかでそっと思った。でもそのあとすぐに蘭丸が「夕方なのに日が高いな」と言うのでまだ夏なのだなと思わされた。
「なあなまえ、イタリアンはやめて、祭りに行ってりんご飴たべよう」
「やるかな、おまつり」
「きっとやるさ」
 蘭丸の頭の中はふたたびお祭りで満たされている。魚介類のパスタのくちになっていたのでわたしはイタリアンを食べて帰りたかったけれど、言わないでおくことにした。ずうっと遠い晴れ間に飛行船があるような気がしたが、目を凝らしているうちに見失ってしまった。