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大学で一緒に授業を受ける 神童拓人 / イナズマイレブンGO | 名前変換 | 8min | 初出2013

桜桃

 神童さんとわたしは、一週間に一度だけ同じ教室で授業を受ける。おおきな教室で、ゆるい授業。でも、授業中はとても静かだ(寝てる人が多いからかもしれない)。神童さんはまじめなひとだから、授業中わたしに話しかけたりはしない。話したら目立つということもあるのだが、授業が終わっても、そんなに喋ったりすることはない。始まるまえも、だ。そもそも神童さんとわたしの接点といえば、去年ゼミが一緒になったことくらいなので、会話が弾まないのも無理はない。
「……」
 とん、とん、とん、とん。神童さんは一定のリズムで、丁寧な音を鳴らしながらノートをとる。わたしは野菜生活をこっそり飲みながら、その音に耳を傾けている。先生の声などもはや耳に入らない。

 神童さんは、学年でいうとわたしの一つ上だ。ゼミで一緒になったのは、神童さんが再履修で受けていたからである。部活とゼミの発表会が重なってしまって、惜しくも単位認定には至らなかったという。年齢は、わたしと同じ。たぶん、はたち。一年の浪人を経て入学をしているわたしは、周りとの差というか、コンプレックスのようなものを感じていたが、神童さんもゼミに関しては同じ心持ちだったようで、わたしと神童さんはわりとすぐに打ち解けた。
「……」
 とん、とん、とん、とん。わたしも神童さんのまねをして、木の音を鳴らした。神童さんと打ち解けたはいいものの、それから更に仲良くなったりはしていない。とんとん、とんとん。わたしと神童さんの音が交互に鳴る。あーあ、こんなふうに、神童さんと会話が弾んだらな。ともだちに神童さんとのことを相談しても、「一緒に授業受けてるんだし、もっと自信持ちなよ」という助言しかもらえなかった。自信、とは。きっと、どんな自信を持ってしても、口下手なわたしには神童さんの外堀を埋めることはできないのだろうと思う。思って、悲しくなった。しかしともだちは、「なまえは確かに大体は口下手だけど、ノリだけはいいじゃん。慣れてくれば喋るし」と言う。そういうのを世では内弁慶と呼ぶ。大体、森の入口で迷っているようでは大都市には出れないのだから、総じて内弁慶には不向きな世の中である。

 無意識に、神童さんの腕のあたりを見ていたのだが、ふとペンを走らせるのをとめ、腕時計に目をやっていた。こっそり盗み見すると、授業があと五分で終わりそうであった。嗚呼、今日も、大した会話もせず別れてしまうのか……。出会った頃はこんなに挙動不審になることもなかったのに、どうしてこうなったのだろう。最近は、まともに顔もみれないのだ。こっそりこっそり、ため息をつくと、先生は五分もたたないうちに授業を締めてしまった。静かだった教室内も、ぽつり、ぽつりと賑やかになる。わたしは、ヤケになって野菜生活をずずずっと飲み干した。もう家に帰るだけだ。家で大反省会である。
「……みょうじさん、それ」
「!」
 神童さんがわたしの手元を見て言う。「いつも飲んでいるけど、美味しいのか?」……。野菜生活のことだろうか。もしかして神童さん、飲んだことないのかな。
「お、美味しいですよ! 神童さんは、野菜生活飲んだことないんですか」
「ああ……野菜生活か。聞いたことはあるが、飲んだことはないな」
「そ……そうなんですか。わたし好きなんですよ、野菜が摂れる気がして。気休めですけど」
 つい、勢いで喋ってしまった。後悔する間もなく、神童さんは「それってどこに売ってるんだ」と尋ねてくる。「コンビニでもスーパーでも売ってますよ。ちょっと買いに行ってみますか?」
 あっ。と思ったときには、もう遅い。つい、いつものノリで神童さんをちょっとした買い物に誘ってしまった。
「えっ」
「えっ」
 神童さんが一瞬固まり、直後わたしもピシっと固まってしまった。深みのある眼差しとわたしの目がしっかりとかち合ってしまう。神童さんの顔を久しぶりに見た。い、いいのか? 神童さんが控えめに応えた。はい、もう授業ないですし全然いいですよ。……そうか、じゃあ、ぜひ。


 わたしと神童さんは教室を後にし、大学を出てコンビニへ向かった。今まで、先ほどの授業後にもまだ授業があるとお互いが思い込んでいたため教室内で別れていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。神童さんと一緒に帰宅している。神童さんと、一緒に、帰宅している。こころのなかで反芻してしまうほど、なんとなく現実味が沸いてこなかった。もしかしたら、これ一度きりかもしれない。
 コンビニに着き、野菜生活のおいてあるコーナーへ神童さんを連れて行った。道中すこし会話もあったので、わたしの緊張やどきどきは少し緩和された。何より現実味がないので、頭が信じようとしないのである。
「すごい、たくさん種類があるんだな」
「そうなんですよ。わたしはオリジナルとかトマトのやつも好きです」
 相槌を打ちながら一瞬オリジナルやトマトに目を遣ってくれたが、神童さんの眼差しは季節限定のさくらんぼミックスに一心に注がれていた。「紫とか、フルーティサラダもいいですよ」「そうなのか」一瞬だけわたしを見るも、さくらんぼミックスから目が離せないようだ。
「神童さん、さくらんぼミックス気に入りました?」
「あ……ごめん、みょうじさんが勧めてくれるものもよさそうなんだが、これすごく美味しそうなんだ」
「いいですよ。さくらんぼも美味しいですよ」
 わたし、さっきから野菜生活おいしいおいしいしか言ってない。神童さん、買ってみましょうよ。と言ってから、なんだか自分がショップの店員さんみたいに思えてきてしまった。神童さんは頷いて、さくらんぼミックスを二本取りレジへ向かった。わたしは先にコンビニの外へ出る。
「みょうじさん、おまたせ」
「いえいえ」
 神童さんは小さなビニル袋を提げ店から出てきた。二本購入していたので、てっきり明日の分まで購入したのかとおもいきや、ビニル袋から一本取り出してわたしに差し出した。わたしは咄嗟に手を出したはいいものの、受け取っていいのかわからずに手を泳がせる。神童さんは少しわらって、わたしの手にやさしく力強くそれを乗せた。
「遠慮するな」
「あ……ありがとうございます」
 駅までの帰りみち、二人でさくらんぼミックスをずずっと飲みながら歩いた。コンビニに行ったのは久しぶりだな、と神童さんはしみじみ言う。昼ごはんは学食で済ませたり、飲み物は持参するか学校内の自販機で購入するらしい。きっと、神童さんはおにぎり百円セールとかお弁当五十円引きとかそういったものとは無縁なのだろうな。ばかにしているわけではないが、そういったセールのことを教えてみたらどんな反応をするのだろうか。今度、言ってみようかな。

 地下鉄の入り口まで来て、わたしのさくらんぼミックスはずずずっと大きな音をたてて無くなった。
「もうなくなっちゃった……神童さん、ごちそうさまでした」
「どういたしまして。こちらこそ、美味しいものを教えてもらえて嬉しいよ」神童さんはだいじそうにゆっくり一口ずつ口に含んで飲んでいる。そんなに美味しかったとは、こちらとしても意外である。
「そういえば、みょうじさんはどっちの方面に行くんだ?」
「わたしは、下りの電車に乗ります。近くに住んでいるので、七分くらいで着いちゃいますけど」
「そうか……じゃあ逆だな」
 ピッと改札を通り、ホームへの階段を下る。ちょうど、わたしのほうの電車が来そうだったので、神童さんは気を使って先に行くよう促してくれた。わたしは勢い良く駆け下りて電車に飛び乗る。ぷしゅう、という音とともにドアが閉まり、ガラス越しに階段を下りきった神童さんが見えた。手を降ったら、振り返してくれた。電車がわずかに動き出し、わたしは急に力が抜けたように空席に腰掛けた。
 次にお会いできるのは、一週間後かあ。いつもなら一週間はそれなりに短いが、今回の一週間は長そうだ、と思う。あんがい喋ってみるとそんなに気まずくなかったな。わたしが勝手に意識し始める前はふつうに話せていたのだから、当たり前かもしれないが。
 とん、とん。さくらんぼミックスを手にとって笑った神童さんを思い出しながら、わたしは指で膝を鳴らした。