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でもそのどれもが日の目を見ずに、今まさにじっくりとタイミングを伺っている。いつ雪が解けるんだ……ってね。
チェレンの迷いに気付いた彼女は彼の旅に同行する。二年前と現在、交錯する記憶と心情、雪解け前のチェレンに捧ぐ チェレン / ポケットモンスター ブラック・ホワイト | 名前変換 | 103min | 初出20150118-20160330

融雪


1

 ひんやり冷たいドアノブに手を掛け外に出てみると、雪が降っていた。予報されていない、突然の雪だ。コンクリートの地面は濡れ始めていて、道行く人はだれ一人として傘を差してはいない。わたしも、そうだ。ウォーグルの背中に乗ってヒウンに買い物に出てきたはいいものの、これではカゴメまでの遠路をとうてい行くことができない。雪はだんだん勢いを帯びて降りしきる。ヒウンでこれほど雪が降ったのを、わたしははじめて見た。背中ではカランカランと、先ほど後にした店のドアに掛けてあるベルが揺れている。
 頭につもった少量の雪を素手で振り払い、路地を道なりに歩き始めた。本当であれば、ウォーグルにまた空を飛んでもらって帰ろうと思っていたところだったが、そういうわけにもいかないだろう。そういえばこの先にポケモンセンターがあったはず。行ってみよう。あの場所なら遠慮無く休んでいけるし、なにより暖かい。かじかむ両手をすり合わせながら角を曲がると、ポケモンセンターの赤い看板が見えた。つづいて、ドアの辺りに見知った人影があった。……チェレンだ。走り寄り、彼の肩をかるく叩く。彼はわたしに気づいていなかったようで、わたしに顔を向けると、かなり驚いたように目を見開いた。
「なまえ! 久しぶりだね」
 驚いたのもつかの間、チェレンはすぐいつもの表情にもどると、左手で眼鏡の位置をなおした。
「久しぶりチェレン。今日は寒いね」
「今年にはいってはじめて雪を見たよ。こっちはあまり降らないからね」
 チェレンは薄めのコートを羽織り、毛織の柔らかそうなマフラーをすっきりと巻いていた。彼もまた、雪の予報を知らない一人のようだった。チェレンは寒さをしのぐようにポケットに入っていた手を外に出すと、ガラス張りの建物のほうを指さし、なまえもはいるの、と訊いた。わたしは肯いて、チェレンと一緒にポケモンセンターの中に入った。

 ヒウンのなかでも一番大きいポケモンセンターは、外装も他のと違ってきれいでお洒落だ。飲食店なども入っており、複合施設のようにもなっている。どうやらチェレンも、この雪からのがれるために此処へ来たようだった。
 併設されているコーヒースタンドでホットコーヒーを買い、空いているソファに並んで腰掛けた。鞄を膝の上に載せ、コーヒーをすこしだけ飲む。まだまだ熱くて飲めそうにない。チェレンはマフラーを解き、脇に置いた。
「なまえは何の用事でヒウンへ? カゴメからだと結構遠いでしょ」
「ちょっと買い物。ここでしか買えないものがあって」
 なにを買いに来たのかというと、とある銘柄のチョコレートと、アールグレイの茶葉である。わたしの知るかぎり、ヒウンでしか手に入らない代物だ。
「そうだ。チェレン、チョコレート食べる? いっぱい買ったの」
「ふうん。じゃあ貰おうかな」
 チョコレートの包みを一つ取り出して、チェレンの手のひらの上に乗せた。わたしもひとつ頬張ると、いつものとおりの甘い味がした。
 窓の外を見遣ると、先程よりも強く吹雪いているようだった。センター内の液晶パネルでも、この雪のことが放映されていた。画面の中ではリポーターのお姉さんが、猛吹雪の中お仕事をしている。もはや使用する意味のない傘を飛ばされまいと踏ん張りながら、豪雪の威力を伝えている。現在映っているのはホドモエである。向こうの方は大変だなあとつくづく思う。つづいては全国の天気予報です。お兄さんのアナウンスとともにイッシュの現在の天気がモニターに映し出された。わたしはライモン上空を経てカゴメまで飛ぶ予定だったが、ヒウンより北は雨か雪マークがついていた。しかも気温もかなり低い。今日から明日にかけて強い雪が降る見込みですとお兄さんは言う。
「うそ! そんなに降るの? これだと本当に帰れない……」
「ほんと、今日帰るのは無理だね。ウォーグルも風邪ひいちゃうだろうし」
 チェレンが肩をすくめて苦笑した。今朝、天気予報を確認した時は曇りだったのに、こんな風に百八十度外れることってあるのだろうか。兎にも角にも、家に帰ることができなくなってしまった。
「なまえ」
 肩を落とす私にチェレンが声をかける。なに、と返事をすると、なまえさえよければぼくの借りている部屋に泊まっていってもいいけど、と言われた。
「え? チェレン、ヒウンに部屋借りてるの?」
「え? なに、なまえ忘れたの。ジムリーダーの資格をとるための勉強やら試験やらの都合でヒウンに滞在するんだって、結構前に言ってあったじゃないか」
 そういえば、そうだったかもしれない。わたしは笑ってごまかすと、チェレンは呆れ顔で「まあ、なまえの忘れっぽさは今に始まったことじゃないけどね」と憎まれ口を叩いた。
「で、どうするの」
 チェレンはいつものとおりのクールな表情で、すこし首をかしげて聞いてくる。じゃあ、お世話になっちゃおうかなあ。なんて。わたしはお調子者っぽく答えた。オーケー、決まりね、とチェレンは立ち上がり服の皺を伸ばした。
 どうして、この男は平静としていられるのだろう。理解に苦しむ。


「それは恋だよ!」
 声高らかに力説するのはベルだ。この言葉を言われたのは、わたしもベルもまだ旅をしていたときのことだった。同じタイミングで出発したわたしたち二人は、旅もほどほどによくシッポウシティのカフェでのんべんだらりとお話に花を咲かせていた。わたしもはじめのうちはジムバッジを集めていたのだけれど、段々とチェレンやトウヤのペースには追いつけなくなっていった。ベルものんびり屋なので、お互いマイペースに自分のやりたいことをやっては、たまにシッポウに集合した。シッポウからだと実家に近いので、そのときは家まで一緒に帰ったりした。ちなみに、わたしはまだバッジを五つしか持っていない。
「そうなのかなあ」
「そうだよ! なまえって、実は結構にぶいのかな? なあんて、あたしに言われても、て感じだよねえ」
 あはは、と笑いながらベルはおどけた。邪気のない表情に、わたしも自然と笑顔になる。ことの発端は、わたしがチェレンと目を合わせられないとベルに零したことによる。わたしとベルは以前から友達だったのだけれど、チェレンとは旅に出てからの付き合いであった。ベルが旅に出るというので、じゃあわたしも、とくっついていったらそこにチェレンが居たのである。はじめまして、と挨拶すると、よろしく、と一言、ちょっと面倒くさそうに言われたのを憶えている。即座にベルが小声で、「チェレンってちょっと不器用だから」と幼なじみ情報を漏洩していたことも、よく記憶している。
 チェレンと道中出くわすことは度々あったが、いつも彼は急いでいて、挨拶や簡単な会話を交わす程度だった。そういった素っ気無さがあって、わたしはなかなか目を合わせることができなかったのだと思う。しかし一度だけ、フキヨセでばったり会ったときには挨拶だけでなく勝負をした。それはベルと恋愛の話(と、ベルは言ってきかない)をしたあとのことだった。そのときはなぜか勝ち、なぜか「おめでとう」と言われた。チェレンはボールにポケモンをしまうと、このあと時間あるかな、とわたしに尋ねた。わたしはすこしどぎまぎしつつも、あるよ、と答えた。ちょうどお昼前だったので、ランチも兼ねてお店に入った。フキヨセにあるロッジのような外観のお店で、地産地消を売りにしているのだとのぼりに書いてあった。わたしたちはそこでほうれん草とサーモンのたくさん乗ったガレットを食べた。
「旅に出てからゆっくり話す機会があまりなかったよね」
 チェレンはコーヒーを口にしながら朗らかに言った。久しぶりにチェレンと目があったと思う。チェレンはバッジを六つ持っているようだった。わたしはホドモエとライモンを撃破できず、未だバッジは四つであった。そういえばこの頃もちょうど冬で、お店の窓のふちには雪が積もっていたっけ。
「ベルはどう。最近会ってるのかな」
「うん。わりと、毎週会ってるかな」
 なんだかんだ、ベルもわたしも週に一度は家に帰っていた。着替えや食事や金銭的なこともあり、やはり家でご飯を食べるとほっとした。勝負に勝って賞金を稼ぐという方法もあるが、わたしの勝率はそこそこだったのであまり有効な方法ではなかった。チェレンやトウヤは、そうやって稼いで腕を磨いているのだろう。
「そういえば、トウヤは元気? わたしは、全然会ってないなあ」
「トウヤは……とても調子がいいよ。ポケモンも強いし、育て方もいいね」
 そうなんだ、すごいなあ、とわたしは感心した。「ぼくは一回も、あいつに勝っていないんだ。本当に、かなわないよ」チェレンは少しさみしそうに、眉を下げて笑った。彼のこんな表情は、はじめて見たかもしれない。
「迷ってるんだ」
 チェレンは唐突にそう語った。それは今の話とつながっているのか否か、判断つかないままにわたしは咄嗟に「なんのこと?」と訊いてしまっていた。
「ぼくは強さを求めてきた。でも……足りない。強さだけじゃ。ぼくは、なにを信じればいいのか……今迷っているところなんだ」
 そう、とわたしは気の利かない言葉しか出てこなかった。


「ええー。じゃあ、チェレンて今元気ないんだ……」
 週末、ベルと会った時に、この間のことを報告した。どこか的はずれな感想を漏らしたベルは、頬杖をつきながらミルクティのティーポットを傾ける。アールグレイと溶け合ったミルクのやさしい香りがする。
「トウヤってそんな強いの? 強いのは知っていたけど、チェレンが落胆してしまうほどなのかな」わたしは単純な疑問を口にする。
「うーん。トウヤの場合は周りからもきちんと認められていることもあるのかなあ。チェレンはちょっと頑固だし」
 角砂糖を入れてくるくるとスプーンを回す。陶器とシルバーのスプーンのぶつかる音がリズミカルに小さく聞こえた。遠くに聴こえるアコーディオンの演奏と、すこしテンポがずれたような、そんなリズムだった。シッポウシティは夜が長い。そしてこの店にはいろんな客がいる。賑やかに酒を酌み交わす客、ポケモンと演奏に耳を傾ける客、ポケモン育成の情報を交換しあう客、ノートに向かって熱心に書き込んでいる客、わたしたちのようにのんびり語らう客。音楽と話し声がこの街を日が変わるまで賑やかすのだった。
「わたし、暫くチェレンのそばで修行でも積んでみようかな」
「えー! それって」
「ベルの期待しているようなことじゃないからね」
 ぴしゃりと言うも、「またまた〜」とベルは聞かないふりをする。でも、週末はここで過ごしたいと思う。ベルと話して家に帰らないと、なんだか締りが悪いのだ。
「じゃあさ、いまチェレンにライブキャスターかけちゃおうよ!」
「え、え、ちょ、ちょっと待ってよ」
 ベルは勢いに任せて自らのライブキャスターでチェレンに繋いだ。わたしが止めるまもなくチェレンはワンコールで出た。どうやらまだ外にいるようである。どうしたの、と面倒くさそうに彼は顔をしかめていたように思える。外が暗いため、液晶のバックライトがチェレンの眼鏡に反射し、顔色が正確に伺えない。ベルはわたしの背中を叩いて、わたしの前に自分の腕についたライブキャスターを差し出した。画面に突如として映ったわたしを見て、チェレンが「なまえ? なんだ、ベルと一緒なんだね」と言った。ベルはもう片方の手で自分の口元を抑えている。笑いをこらえているようだ。恐らく、彼の眼鏡が反射しているためだと思われる。
「あのね、チェレン」
「うん」
「ええっと……これから平日だけ、チェレンと一緒に行動してもいいかな……?」
 いざ言うとなると、心臓がどきどきとうるさいものである。急な申し出を受けた当の本人は「え……?」と眉を潜め眼鏡は反射し口が半開きになっていた。ベルはライブキャスターを自分の目の前に寄せると、「じゃあ、そういうことなので!」と言って通信を切った。 
 交渉成立だね、とベルは親指をたてて喜んだ。あれを成立と呼んでいいのだろうか。 ベルは手を口に当て再び笑い出すと、チェレンの眼鏡光ってたね、と楽しそうに言った。やっぱりね、とわたしも微笑んだ。