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密かに恋抱いた相手が龍ノ介の幼馴染であることに気付いた一真はビフテキ弁当を報酬に彼女を紹介してもらおうとする(ネタバレなし) 亜双義一真 / 大逆転裁判 | 名前変換 | 9min | 初出20160115

友と恋とビフテキ弁当

 友、亜双義一真の初恋を、ぼくは語ろうと思う。

 寒い日の午後四時、語学の講義にて英語での弁論を終わらせ疲弊を募らせたぼくは、建物脇の西洋風の長椅子に腰掛け、ボンヤリと雲の流れ、そして行く末を眺めていた。空ははてしなく青く、雲はどこまでも白い。そんなことを日本語と英語とで格好良く心の中でつぶやきながら、木枯らしを避けるため手を外套の中へ差し入れたり、蒸れてきて外に戻したり、ハッカのドロップを大事に口の中であじわってみたりしていた。気がつくと広場の時計は五時を指していた。
「成歩堂」
 ぼくが長椅子から立ち上がるのと、声を掛けられるのは、不思議なことに一緒であった。ぼくは手を挙げその掛け声の主、亜双義の呼び掛けに応えると、友はなにか思い悩むような表情であたりを見回したのち、再びぼくに向き直って神妙な顔をした。
「い、一生のお願いがあるのだが」
 お願い? え、一生? それを今このタイミングで、しかもぼくに言うの?
 詳細を聞こうともせず矢継ぎ早に尋ねると、亜双義は「今はそういうことを言わないで呉れ」と両手を顔の前で合わせてくる。ぼくは茶化したい気持ちを抑え、コホンと如何にもな咳払いをして「なんだね」と聞いてみた。亜双義は途端、鉢巻に負けないくらいに顔を真っ赤にしてぼくの手を掴んできたので、ぼくは驚きと身の危険を感じて半歩後ろに下がった。
「成歩堂! 頼むから、一生のお願いだから、あの子をおれに紹介して呉れ……!」
「あの子? 誰! いいから手を離して呉れないか気持ち悪い」
「あの……本屋にいる貴様の幼なじみだ!」
「気持ち悪いから先に手を離して」
「わ、わかった」
 亜双義はゆっくりとぼくの手を解放して呉れた。何をそんなに思い悩んでいたのか彼はとても汗をかいていたので、手を掴まれた際にそれがぼくの手へ伝ってきていたから、ぼくは外套で手を拭いて友の顔を見た。さっきまでぼくの手を掴んで離さなかったその右手は、今は自分の口を押さえるために使われている。顔は以前、赤いままである。ぼくはとりあえず亜双義を長椅子に座らせ、話を伺うことにした。

 本屋の彼女に出会ったのはつい先日のことだという。大学近くの本屋に立ち寄った亜双義は、いつものように大衆雑誌にて世論を読み込んだのち文学の区画へ行って翻訳されたばかりの海外文学を捜していたそうなのだが、そのとき数冊の新刊を持って現れたのがその「運命の彼女(亜双義考案の呼び名)」だったらしい。その彼女が持っていた本は空いている箇所へ平積みされ、思わず亜双義はその運び込まれた本を内容も確認せず購入してしまったほど、彼女に気を狂わされてしまったとのことである。ちなみに、どきどきしながら会計の場所へ行ったがそこに運命の彼女はおらず、店員の一人である中年の男性に代金を支払ったという。この運の無さ。
「彼女と親しくなりたい」
 それから亜双義は、その執念深さにより暇を見つけては足繁く本屋に通った。いつも話しかけることができず、むろんあちらから話しかけられる奇跡も起きず、彼女を見つめるばかりの彼だったが、ついに! このぼくが彼女と話しているところを目撃したという。亜双義は本棚の陰に隠れぼくと彼女の話を盗み聞きした。
「いやあ、この間の地域の餅つき以来だね。風邪とかひいていない?」
「ええ、大丈夫よ。龍ノ介くんこそ、大学大変じゃない?」
「仕事をしているきみより全然。それより、このあいだ福島さんの家で犬を飼い始めたの、知っている?」
「知ってる! 可愛いよね」
 可愛いのはそなただお嬢さんっ……! 亜双義はそう割り込みたい気持ちをなんとか抑えつけ、涙をのみ本屋を後にした、のが、つい一昨日のことらしい。彼の語りは非常に長かったので、これはぼくなりに要約をした。
「なまえちゃんのことかあ」
「なまえ……さん……」
「あのさ、亜双義ってもしかして今まで人を好きになったことないの?」
 あまりにも恥ずかしそうにしているのでそう尋ねてみたところ、たいした応答もなくさらにもじもじしてしまったので、ぼくはこの質問をしたことを後悔した。
「本気の恋だと思うのだ」
 約二十分の語りを終え、みずからの気持ちも多少整理できたのか、亜双義は普段の顔色と知的な表情を徐々に取り戻しつつあった。但し、詩のようなことを稀に呟くことは除く。
「彼女のことを思うと夜も眠れない」
「ほう」
「変な気を起こして、彼女のことを思いながら毎晩……」
 それ以上は言わなくていい。

 ぼくは、ビフテキ弁当を奢ることを条件に、なまえちゃんを亜双義に紹介することにした。早速、大学近くの喫茶で待ち合わせをした。ぼくたちは予定より十五分早めに現地入りし、まずケエキと紅茶を注文した。
「変なところはないだろうか……」
 心配そうにしている亜双義に、大丈夫大丈夫と声を掛けた。本当は、その鉢巻は外したほうがいいんじゃないかしらんと思ったが、なまえちゃんはそんなことで人を判断する人物ではなかったので、言わずにいておいた。
 喫茶の扉が開いた。ぼくも亜双義も扉のほうを見ると、そこには白いブラウスに紺色のセエターを着たなまえちゃんが立っていた。ぼくが手を振ると、なまえちゃんはニコリと人懐こく笑ってぼくたちの席へ歩み寄ってきた。
「お待たせ」
「待ってないよ、定刻通りだもの。来て呉れてありがとう」
「こちらこそ、お誘いありがとう。そちらの方は?」
 なまえちゃんは亜双義に目を向けた。亜双義は硬直しきっていたが、一つ息を吐くと、
「亜双義一真と、申します。成歩堂とは大学の盟友です」
 と声も震えず言葉を噛みもせず、丁寧に自己紹介をした。よくわからないが、矢鱈本番に強い。
「みょうじなまえです。亜双義さん、よろしくお願いいたします」
「どうか、名前で呼んでやってよ」
 ぼくがそう言うと、言い終わる前に亜双義が「成歩堂!」と言った。なまえちゃんもそんな亜双義を見て、「いきなりお名前で呼ぶなんて、失礼じゃないかしら……?」と言うので、そんなことない此奴照れてるだけだから、と言うと亜双義はますます焦ってしまう。なまえちゃんはクスリと笑って亜双義を見やると
「一真さん……?」
 と首を傾げて見せた。亜双義は走って逃げようとしたので、ぼくは鉢巻を掴んで静止させた。鉢巻をつけたままにしておいて良かった。
 その後の亜双義の緊張ぶりもなかなかであったが、ぼくの亜双義節もなかなかよく的を射ていたと思う。亜双義は恋愛には初心かもしれないが、何しろ大学の期待の星であるし、成績のことや弁護士資格のことなど、紹介できる良いところは山ほどあった。もちろん、経歴だけでなくその熱い人柄も、なまえちゃんのこととなると些か気持ち悪いものの、平静の彼はただのハンサムである。
 そして、はっきりとは言わなかったものの、亜双義がなまえちゃんに気がありそうなことをヤンワリ、フンワリ伝えておいた。なまえちゃんは恥ずかしそうにしていたけれど、満更嫌そうでもなかったので、本当にぼくは良い仕事をしたと思う。
 一時間ほどお話をしたあと、お仕事があるからとなまえちゃんは行ってしまった。先述した通り亜双義の気持ちをなまえちゃんは知っているので、別れ際亜双義に向かって「またいつでも本屋に来てね」と笑いかけた。亜双義は彼女の姿が見えなくなるまで笑顔で手を振ったあと、空の茶器が並ぶ木の机に向かって頭を打ち付けた。
「ゆ、夢のようだ……」
「上手くいってよかったなあ!」
「本当に! 成歩堂、本当に本当に本当にありがとう」
 がっちりと握手をされ、両手をブンブン縦に振られた。こんなに嬉しそうな亜双義は今まで見たことがないので、ぼくだってもちろん嬉しい。よかったな、亜双義。
「ビフテキは今度講義が一緒の時でいいから」
「了解した」
 ぼくたちはそれぞれの用事を果たすため、喫茶店を出て別れた。

 次の週。全学部共通の講義で、亜双義はぼくの隣に座るなり、このあとなまえさんと出掛ける予定があって、なんて言い出した。ぼくはビフテキさえあれば問題ないので、行って来なよと肩をたたくと、恩に着ると亜双義は申し訳なさそうに笑った。
 講義が終わり、亜双義に買ってもらったビフテキ弁当を広場の長椅子に座って食す。出来立てのその弁当は何物にも代え難いほどに美味であり、ぼくはそのときビフテキへの思いと咀嚼のことで頭がいっぱいであった。
 ふと垣根の向こうに、友と幼なじみの歩く姿が見える。何気なく先導している友の姿を見て、ぼくはメデタシメデタシと呟いた。亜双義、話題に困っても、憂国論議だけはかますなよ。そう心の片隅で祈りながら。