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ハテノ村での話。越してきたリンクに回覧板をまわしにいく リンク / ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド | 名前変換 | 6min | 初出20170516

青い瞳の魔法使い

 橋の向こう側の家に誰かが住み始めた。

 壊される予定だったはずの家に、誰か住み始めたらしい。小さな村であるハテノ村では、ちょっとしたことで小さな騒ぎが起こる。誰が食中毒になったとか、宿屋の可愛い女の子が誰とデートしてたとか、丘の上の研究所で女の子が出入りしているとか、そんな些細なことで噂の煙が立つ。みんな物好きで、それなりに暇を持て余しているのだ。だからこそ旅に出る村民が多いのだろう。出て行く人は数知れないが、こうやって村に越してくる人は相当に珍しい。そんな事情があってか、その家へ越してきた人がいるということは回覧板よりも早く村中で噂された。

 回覧板をまわしてきて、と、初めて、母に頼まれた。回覧板の用事を頼まれたのが初めてなのではない。まわす、という響きが、今回初だったのである。なぜなら我が家は、いつでも回覧板の終点だった。村長の元に板を戻しに行くことは多々あったが、回すのは初めてだったのだ。
 わたしは悪い予感を得ながらも、回覧板の紙を捲って順番の表を見た。我が家の家長名の下に付け加えられた、まだインクの掠れていない「リンク」の文字が目に飛び込んでくる。これが新しく越してきた人物の名前だった。
 よりによって、百年前の英傑様と同じ名前だ……。わたしは授業で習ったことを思い返して目を瞬く。見間違いではなかった。

 暇な村民たちによるその「リンク」さんの噂は、まさに根も葉もないいい加減なものばかりだった。「リンク」さんの姿に関する噂だけでも四つは耳にしたことがある。ハテノ村の西側の森で伐採をしているらしい「リンク」さんの姿は髭がもっさり生えたおじいさんのようだったらしい。ハテノビーチへ向かう途中すれ違った「リンク」さんの姿は甲冑を着た巨体のおじさんのようだった。頭巾を目深にかぶった魔法使いとかいう話もあれば、はたまた金髪碧眼の美人だとかいう話もある。幾ら何でも、噂の幅が広すぎる。本当は、魔物か何かなのではないか。魔物がハイリア人を化かして、取って食おうとしているのでは……わたしは無駄に心配してしまう。
 そんな邪推を頭の中で繰り返しながら、わたしは橋を渡って、すんでのところで取り壊されそうになった家の前まで行ってみる。結構ボロボロだったはずの家はところどころ修復が施されていて、真新しい木組みから仄かに森林の香が薫った。表札まである。右側には美しい花畑が広がっていた。
「…………」
 なんだか、予想に反してちゃんとした感じがした。もしかすると金髪の美人説が有力なのかもしれない。わたしは少し心を躍らせながらドアをノックしてみた。ドアも新しい木で出来ていて、いい香りがした。でも、誰も出てこない。わたしはまたノックをする。コンコンという音が虚しくあたりに響いた。
「どちら、様?」
 ふと、声を掛けられた。わたしは肩を跳ねらせて後ろを振り向く。しかし誰もいない。右や左も確認する。人影は見当たらなかった。
「あ、上です」
 わたしは上を見やった。すると、壁に張り付いている青年がいた。その青年はするすると壁を伝って降りてきて、わたしの横へすとんと着地した。
「すみません、妙なところから」
 その人はひたいの汗を拭いながらわたしにそう言った。わたしは「あ、いえ」と小さく返す。我ながら情けない声である。
「あの、回覧板です」
「カイランバン?」
「村全体へのお知らせのようなものです。そこそこ定期的にまわってるんですけど、今回は近々お祭りがあるからそのお知らせです」
 ああ、わたし何中身まで喋ってるんだろう。わたしは回覧板を、その、おそらくリンクさんに差し出す。いや、間違いなくこの人がリンクさんなのはわかっているのだけれど、あまりにもどの噂とも合致していなくて、わたしは思わず戸惑ってしまっている。
 リンクさんは、そのガラス玉のような青い瞳をぱちくりさせ、ゆっくりと回覧板を受け取ってくれた。すると、彼はそれを開いてぼんやり中を眺める。まるで地図や絵を眺めるみたいに、全体にさっと目をやっていた。
「ええと、これ、読んだら、またあなたに?」リンクさんが訊ねる。
「いいえ、あの、ここにも書いてはあるんですが」わたしは回覧板の中の紙を一枚捲って、その下に出てきた順番表を指差した。「リンクさんが一番最後なんです。なので、村長に戻してください。村長はわかりますよね?」
 リンクさんは肯いた。
「じゃあ、お願いします」
「あ、待ってください」
 立ち去ろうとするわたしに、リンクさんは慌てて呼びかける。「あの、まだ訊きたいことが」
「なんでしょうか」
「すぐに読まなくてはなりませんか? たとえば、五日ほどかかっても問題ない……?」
「五日? 読む時間がない、とかですか? 流し読み程度で大丈夫ですが……」
 というか、五日も掛けていたら祭りが終わっている。祭りはちょうど五日後に行われる予定だ。今回の回覧板はその最終のお知らせのために回されていた。
「実は、字が読めなくて」リンクさんは、苦笑いした。
 今どき、そんな人っているんだ。わたしは少しのあいだ絶句する。八十年前とかであれば、わかる。なぜなら厄災の後の混沌とした時期だったからだ。今でも城は厄災の傷跡が残っているし城下町付近は復興する気配がないが、最近の子どもは字ぐらいは書ける。あのウオトリー村でさえも識字率は百パーセントである。旅人の子どもでも、時計の読み方と字だけは覚えさせることが殆どだろう。わたしは家庭教師をやっているので、そういうことにはちょっとばかり煩いのだ。
「教えましょうか?」
 だからわたしは、反射的にそう訊ねてしまっていた。目の前できょとんとしている、きれいな金髪の青年に。え、と青年は言う。でも、彼はすぐに、「いいんですか?」と、ぱあっと明るい笑顔を見せた。わたしは少し驚く。リンクさんはきっと十七歳くらいだと思うのだけれど、こんなに素直で無邪気な笑顔を自然に引き出せる人ってそういない。まるでそれは魔法のように、わたしの心に真っ直ぐ響いて懐柔した。
 後日、わたしはリンクさんに読み書きを教えることになった。今は、修行(何の?)で忙しいらしい。わたしはリンクさんの家を去った。果たして、お祭りまでに彼は文字が読めるようになっているだろうか。橋を渡って、後ろを振り返ると、リンクさんは家の壁をよじ登っていた。