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剣城は彼女が好きで、彼女は神童が好き。彼女の恋は停滞するが剣城の恋は止まらず、神童の見舞いへふたりで行くことに 神童拓人 / イナズマイレブンGO | 名前変換 | 17min | 初出20130810

ひみつ

 わたしだって、別に泣きたいわけではない。興奮して、極まると、すぐ眼球に膜を張ってしまうのだ。興奮の沸点が低いのだろうか、些細なことで涙は溢れてきてしまう。怒りを覚えたときや、自分のこと自分の意見を話すときや、緊張しているときなども。よく、目がきらきらしているねと言われることがあるが、大抵はきらきらしているどころの話ではない。
「先輩、また泣きそうになってますよ」剣城が言う。部活の後、剣城と帰路を共にするようになったのはいつ頃からだったか。部員は練習が終わるとすぐに帰るが、剣城はすぐに帰らず、グラウンドに残って自主練をすることが多かった。マネージャーは部室を整理し鍵を締める役目があるため帰宅は若干遅れるのだが、剣城は残業の一つだった。彼が使っているボールをしまうまで、帰れないからだ。当初は剣城に鍵を任せて帰ってやろうかとも思ったが、鍵管理も練習サポートもマネージャーの仕事だからと、かつての立派なマネージャーの先輩に教えこまれた甲斐があって、中々非情になれなかった。鍵閉め担当は、翌日の朝練の鍵担当でもある。マネージャー四人で交代に回しているから、わたしが剣城の残業に付き合うのは週に一度、木曜日だ。
「先輩は神童さんのことが好きなんですか」いつかの帰り道、剣城が聞いてきた。「べつに、そんなんじゃないよ」街灯に照らされてできた剣城の影を見ながら答える。嘘だ。わたしは本当は神童のことが好きで、片想いをしている最中である。このことは男の子たちには言っていないし悟られるような素振りも控えてきたはずなのだが、剣城は何故だか核心を突いてきた。へえ。と言いながら鋭い目でわたしを見下ろす。一瞬、わたしは背筋が震えた。
 剣城はひたすらシュートを打つ練習をする(フォワードだから当たり前だが)。もちろん、使用するボールは一つではなく、籠からボールを順番に出して打っていくという練習をしている。最初の方は「ボール拾い、手伝ってくれませんか」とお願いされたのでそれに沿って手伝っていたが、最近は言われなくても手伝うようになった。明確な理由は特にないが、わたしは剣城には逆らえないような心持ちでいる。

 葵ちゃんは剣城のことが好きらしかった。
 それを知ったのは、現マネージャー四人で遊びに行ったときのことである。四人で映画を見たり買い物をしたりして、お腹がすいたのでご飯を食べているときだった。いつしか、会話の内容が恋愛面にシフトしていた。
 なまえちゃんは、サッカー部で気になる人、いる? と茜ちゃんが聞いてきたのがきっかけだった。「実はね……」と心の中を明かすと、皆意外なような納得したような感じで「ああ〜」と言った。
「やっぱり、シン様が好きで、マネージャー続けようと思ったの?」
「うん、それもある、かな」
 昔は部員もマネージャーも沢山居たが、剣城が来たことをきっかけにその大半が辞めていった。わたしはそのころ、丁度風邪をひいていて部活を休んでいたので、復帰後サッカー部の変わり果てた様を見て驚いた覚えがある。つまり、蚊帳の外にいて乗り遅れたのが本当の原因である。かといって、風邪をひかずにきちんと部活に足を運んでいたら辞めていたのかというと、自分でもよくわからない。
 水鳥ちゃんと茜ちゃんは、恋はしていないようだった。茜ちゃんは神童のことが好きでもしかしたらライバルになるのかも、と思っていたが、恋愛の対象にはしていないらしかった。茜ちゃんが「葵ちゃんは?」と聞くと、葵ちゃんは両手で口元を隠しごにょごにょと「……ぎくん」と言った。え、なになに、もしかして天城さん? もうちょっと大きな声で!
「つ、剣城くんです……!」
 葵ちゃんは頬を染めて困り眉で言った。か、かわいい。とわたしは思った。水鳥ちゃんは、まあアイツも最近は随分丸くなったよなあなどと言っている。茜ちゃんは、写真のネタふえた、とにっこり笑った。
 剣城の何処がいいのか聞くと、実は優しいんです、ということらしかった。剣城のことを話す葵ちゃんは目が輝いていて、恋する乙女とはまさにこういう子のことをいうのだろうと思った。

 一方、わたしの神童に対する片想いはほぼ停滞に等しかった。神童のことが気になりはじめたすべてのきっかけは、この間のバレンタインのときである。マネージャーの先輩方が大量にチョコレートを作ってきたのであった。どうせなまえは作ってないんでしょ、これ適当な人に渡してきなよ。にっこり笑ってわたしに一包のチョコレートを与えてくださった。
 と、いっても、誰に渡せばいいんだろうか。困ってしまう。すぐそこでは、友達が南沢さんや霧野くんにあげているのが見えた。ふと、部室の隅を見やると、一人で手帳に向かっている神童が見えた。当時、神童とはクラスが一緒で、よく話す仲だった。そうだ神童にあげよう、と閃いた。わたしは神童の座る机に近づき、隣の椅子に座った。
「みょうじか、おつかれ」
 神童は顔を上げた。おつかれ、と言いながらわたしは手に持っていたチョコレートを神童の前に差し出した。神童は目を瞬いて、わたしの顔を見る。
「バレンタインのチョコレートだよ」わたしは何も考えずに言った。今思えば、随分脳天気だったと思う。好きでなかったとはいえ、勘違いされないかなと思うとか少しくらいどきどきしてみせたりとか、あってもいいようなものだけど。神童は、ありがとう、と言って受け取ってくれた。そのときはすぐ、手帳に何書いてるの、だとか別の話題を振ったりして暫く話してから席をたった。今のわたしには出来ない芸当である。
 あのときの神童が、どんな素振りと表情で受け取ってくれたか、きちんと見ておけばよかった。後悔してももう遅い。わたしが神童を好きになるのはあれから一ヶ月後のホワイトデーのことである。この日は練習がなかったのだが、その三日ほど前に神童からメールが送られてきて、良かったら少し買い物に付き合ってくれないかということだった。最初はとても驚いたが、三月十四日の意味を考えて納得をした。買い物を口実にお返しを渡したいのかもしれない。しかし、それなら授業の後に教室で渡すのでもいいのではないかと思った。つまり、神童はわたしをデートに誘っている……? いや、そんなはずは。ベッドの上で携帯片手に一人押し問答する。
 それからの三日間がとてつもなく長く感じた。すでにそのときから神童のことが気に掛って仕方がなかった。当日は、スポーツ用品店など見て回るのかと思いきや、ショッピングモールを見て回った。様々な変化球が苦しく感じた。お菓子の包をくれたのは、最後だった。別れ際に、「これ、バレンタインのお返し」と差し出してくれた。小さいけれど、どこか高級そうな雰囲気がある。「おいしかったよ、チョコレート」と神童は言う。よかった、おいしかったみたいですよ、先輩。全く苦労していないわたしが、この可憐でふわふわしている包を受け取っていいのだろうか、疑問ではあったが、もうすっかりこの雰囲気に酔っているわたしは「えへへありがとう」と言って受け取ろうと手を出した。この時点で、眼はすっかり潤っていて、きらきらしているどころの話ではなかった。
 包に手を触れた瞬間、必然的に神童の手に触れた。包が小さいのだから不可避の出来事だったのかもしれないが、あろうことか神童はその直後、自発的にわたしの手を少し握ったのである。
 あ。と思ったときにはもう遅く、わたしの眼から涙が一滴落ちた。どきどきが止まらない。なんだろうこれ、どうしたらいいのか分からない。と、思っていると、神童はすぐ手を離して、困ったような顔をした。すぐポケットからハンカチを出してくれ、わたしの手に乗せてくれた。
「ごめん、悪いこと、したな」
「いや、ごめんなさい、そうじゃなくて」
 誤解をさせてはまずい。咄嗟にそう思った。びっくりしてしまっただけで別に嫌とかそういうのではなかった、ということを告げると、神童は少しほっとしたような顔をしたのだが、すぐ彼も目を歪ませ涙を零してしまい、この状況で二人して涙するという奇妙な光景が出来上がってしまった。そういえば、神童は涙腺が緩いと聞いたことがあったように思う。本当だったんだなあ。だんだんわたしも平静になってきたので、そんなことを心のなかで淡々と思った。わたしはすでに涙は引っ込んでいて、神童は少しさめざめと泣いていた。ハンカチが必要なのは神童だ。
「神童、ハンカチ」
「ああ……ありがとう」
 お礼を言われたが、そのハンカチもわたしのものではない。
 それから、神童とは付かず離れず、いつも通りの日々を過ごしていた。クラスも離れてしまったので、部活で会うぐらいである。剣城が来て、松風や西園が入部して、神童もキャプテン辞めそうになったり色々あったけれど、それだけである。最近は神童が入院してしまっているので、暫く顔も見れていない。

 練習が終わったあと、茜ちゃんが写真を現像して持ってきてくれた。先日のホーリーロード優勝のときの華々しい写真から日々の練習の写真まで様々あった。欲しいものがあったら焼き増しするから、と茜ちゃんは部室の机の上に写真を並べる。部員もマネージャーも机の周りを囲って、思い出に浸ったり変な顔をして写ってる写真を笑ったりしていた。
(あっ)
 わたしは、一枚の写真を手にとった。神童が笑っているときの写真だ。横には霧野くんがいて、二人が話しながら佇んでいる。神童はこういう表情もするのか。霧野くんは、神童のこんな一面が見れるのか。霧野くんになりたい、と切望してしまう。
「先輩、この頃から比べると日焼けしましたね」
 ぐるりと一周してきた剣城が、写真をぺらぺらと指で挟み持ち言った。写真の中の自分は、確かに腕が真っ白である。
「今だったらわたしより剣城のほうが白いね。なんの日焼け止め使ってるの」
「おれは体質かもしれないです。日焼け止め持ってないんで」
 ずるいと思った。男性でもそういう人は居るのか。フィールドに立っているわけでもなく、日焼け止めの塗り忘れをしたのでもないのに、わたしはなぜこんなに焼けるのだろう。困ったものである。
 剣城はわたしの手元の写真に目をやりながら、先輩は神童さんの写真もらうんですか、と尋ねる。
「ま、まあ、いい笑顔だし霧野くんも写っているし、神童の見舞いにでもよさそうだなと思ってさ」
「先輩、神童さんのお見舞いに行かれるんですか?」
「あ、うん、行こうかなって……」
 なんて、神童には一言も言ってないけど。
「それって、今日ですか」
「ああ……まあ練習早く終わったし今日でもいいかもね」
「おれも行っていいですか」
 剣城の提案に思わず焦った。わたしには神童の見舞いに行く予定はない。断りづらい。どうしたものか。頭のなかで色んな気持ちがああでもないこうでもないと喧嘩をしているが、あろうことかわたしは「はい」と瞬時に言ってしまった。喧嘩している頭のなかのわたしが、唖然とこちらを見てる気がした。じゃあ行きましょうか、と剣城は鞄を肩にかける。剣城の気持ちの切り替えが良すぎて驚く。茜ちゃん、焼き増ししてからじゃなくてごめんなさい。心のなかで呟いて、わたしは写真を鞄にしまった。剣城の目が、その鋭い目が、たまに苦手だと思ってしまう。

 校門を出て、商店街を行った。剣城は病院に行き慣れているので、わたしはそれに着いていく。みょうじ先輩が行くって言い出したのにおれが道案内するのも変ですね、と剣城は少し笑った。何も言い返せずわたしも笑うのみだった。
 病院に着き、エレベーターに乗って上の階まで行く。病院に入ってからは殆ど会話がなくて、それが殊更にわたしを緊張させる原因となった。久々に神童に会うのだ。病室の前まできて、一気に緊張が増した。ドアをノックをすると、聞き覚えのある声で「どうぞ」と言われたので、たまらなく懐かしくなって涙腺がゆるんだ。音をたてないよう入り口を開けると、ベッドに腰掛けた神童がにっこり笑ってくれた。
「今度は、みょうじに剣城か。毎日代わりばんこに色んな人が来てくれて、飽きなくて済むよ」
 連絡もせず行ったら驚くだろうと思っていたが、案外神童は落ち着いていた。ここ最近は見舞い客が多かったらしい。いきなり来てごめんね、と言うと、ここじゃメールも出来ないし気にするな、と神童は言う。本を読んでいたのだろうか、手元には閉じられた本があった。
「神童さん、みょうじ先輩が神童さんに渡したいものがあるって」
「渡したいもの?」
 神童がわたしを見る。剣城に言われて、はっと写真のことを思い出した。本当は神童にあげずに自分の机の引き出しにでも仕舞いこんでしまいたかったが、また茜ちゃんに焼き増しを頼めばいいか、と思い直した。
「これね、霧野くんと神童がいい笑顔で写ってたから、持ってきたよ」
 写真を渡す。神童は嬉しそうにそれを受け取ってくれた。
 その後は他愛のない話などいろいろして、長居してはいけないので三十分くらいでそこを出た。病院を出ると、先程より随分日が傾いていた。また、剣城と歩き出す。暫く会話はなかった。

 みょうじ先輩。剣城がふと口にする。神童に会えたうれしさですこし浮ついていたわたしは、「なーにー?」と間延びした声で返事をした。すぐ横を歩いていたはずの剣城が見えなくなる。立ち止まったらしい。振り返ると、手首をぎゅっと握られた。驚いて、わたしの体は石のように固まった。
 好きです。先輩。
 剣城の口元がやけにスローに見える。いつもは鋭い目をしているのに、いまだけは余裕のない表情で余計にわたしは混乱した。威圧感のない眼差し。こわくない。でも、体が動かない。
 返事をしないままでいると、剣城はわたしの両手首をとり、わたしに顔を近づけた。まずいと思って俯いた。「先輩」剣城が上ずった声で言う。一瞬、頬を染めた葵ちゃんが目に浮かんだ。次に、にっこり笑ってくれた神童が頭をよぎった。剣城、だめ。やっと、か細い声が出た。剣城、ごめん、わたし。
「先輩、また泣いてる」
 そう言って剣城が眉根を下げた。剣城が手を握っているので、涙は拭えないままぽたぽたと手に落ちた。それを見て、剣城は手を離してくれた。わたしは、ごめんなさい、と一言だけ言って走った。
 剣城の告白で全部腑に落ちた。残って練習していくのはどうやら木曜日だけだったらしいし、わたしの神童への気持ちを察して何度も確認してきたのも、そういうことだったのだ。神童のことを好きじゃない、など、わたしはきっといけない嘘をついてしまったんだろうと後々になって思った。剣城の切なそうな表情がぱっと浮かんでは、消えた。

 思わず自分が向いていた方へ走ってきてしまったので、必然的にまた病院の前に来てしまう。このまま神童にまた会おうか、と考えた。でも、会ってどうするの。暫く病院のベンチに腰掛けて気持ちを落ち着かせた。大分日が傾いてしまっている。じきに、面会したくてもできなくなるだろうなと思っていると、足元に松葉杖の先端が見えたので顔をあげた。包帯の巻かれた、あしも。
「やっぱり、みょうじだ。こんなところでなにしてるんだ」
「神童……なんで」
 神童は隣に腰掛けた。窓の外を眺めていたら、わたしが走って病院の前まで来て狼狽していたので気になって来てくれたらしい。松葉杖ついてここまで来るのも容易ではなかっただろう。申し訳なく思った。わたしはスカートの裾をぎゅっと握って、先ほどあったことを神童に話した。神童は少し驚いていたが、相槌を打って聞いてくれた。
 みょうじは剣城がすきじゃないのか。神童はひと通り聞き終わったあとわたしに尋ねた。うん、とわたしは答えた。おれ、みょうじは剣城が好きなんだと思ってたよ。神童は苦笑いをする。え、とわたしは神童を見た。
「剣城と一緒に、おれの見舞いに来たりとか」
「だって、剣城がおれもいくって言うんだもん」
「断れなかった、んだ?」
「剣城の目見てると断りづらくて……」
 そっか。神童は膝に肘をついて手を組む。その手で口元を隠すので、表情がよく読み取れなかった。ねえ、神童は、好きな人、いる。思い切って聞いてみた。ちょっと、緊張した。
「それ、今おれに聞くのか?」神童は困ったように笑って姿勢を起こした。わたしは期待する目で神童を見る。神童は、ひみつ、と言って笑った。聞けなくて残念、と言うと、いつか言うよ、と言われた。すこしだけもやもしたけど、神童の笑った顔が見れて随分心は晴れたような気がした。

 神童は来週退院するという。そうしたら、また少しは話せるようになるだろうか。剣城には、明日の練習で謝ろう。そう思っていたのだけど、剣城から先に謝られてしまった。剣城はいつも通りに接してくれて、その対応がかっこ良く思えた。どうか、剣城がこれから先もっとやさしいひとと一緒になれますように。葵ちゃんも、恋が実りますように。心のなかでひっそり願った。ついでに、わたしの気持ちも成就しますように。