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神童たちが世界大会に行った後、残された部員をまとめるため霧野がキャプテンになる 霧野蘭丸 / イナズマイレブンGO | 名前変換 | 12min | 初出20130630

キャプテンのこと

 ドリブル練習用のカラーコーンを出す。赤は五つ、青も五つあるが、黄色は三つしかないのがいつも不思議だった。雷門中は立派なサッカー棟まで携え名門だと謳われているが、細かな備品は使い古されていて、それはどこの学校でも同じなのではないかなと思う。
 神童、剣城、天馬が世界大会に行き、キャプテン代理はおれになった。三年生が受験のため引退すると元々のメンバーは十名ほどになってしまったが、自由に試合ができるようになったことで徐々に入部希望者は増えていった。
 つまり、サッカー部立て直しの大事な時期に主要のメンバーが欠けている、ということだ。おれは少し不安だった。しかし、彼らがいない間おれが守らなければ、という圧力もあった。秋の大会も控えている。そこで結果が率直に出てしまうと思う。
 マネージャーはてきぱきと入部希望届けをまとめていた。こちらも、空野が抜け、山菜、瀬戸、みょうじの三人に減ってしまった。希望届けのまとめはほとんど二年の二人が行なっていて、一年のみょうじはドリンクを作っていた。届けはどのくらいきているのか尋ねると、今のところ十三通くらいだな、と瀬戸が答える。入部テストしなくちゃねー、と言うのは音無先生だ。入部テストはどんな感じのことやるんですか、とみょうじが尋ねると、監督に聞いてみないと分からないけどそんなに難しくないんじゃないかしら、と先生は朗らかに答えた。そういえば今ではもうサッカーが大した内申点にならないため、やりたいやつがやればいい、と監督も言っていたような気がした。
「霧野お、もう練習はじめねー?」
 遠くから、浜野に呼びかけられた。わかった、と大声で返して、おれはベンチから離れた。

 神童たちと離れて、初めて神童から電話が掛ってきたのはその日のことだった。そろそろ電話がきそうだなということは想像に容易かった。イナズマジャパンのメンバーを見ていれば多少は神童の心労も想像できたし、溜め込んでいても可笑しくはない。鼻を啜る音が聞こえたが、聞こえないふりをして神童の話を聞いた。
「おれ、勝たなきゃ、と思って、でもあいつらは信用出来ない、監督はなに考えてるかわかんない、あいつらを信じられないおれと信じてやれる天馬に少し壁を感じる、味方なのに敵だと思ってしまう、剣城もイエスマンすぎてどっちつかずでよくわかんない、補欠のメンバーを入れたいのにだめそう、あいつらになんの希望を感じるんだ?」
 神童は、非常にゆっくりと心の中を明かした。その間おれは神童のペースに合わせて相槌だけをしていた。彼の思うことはとても堅実で、また、いかにも彼の考えそうなことだった。
「もし、ここで神童がキャプテンだったら、信じてやれたかな」
「……むりだったかもしれない」
 わかってるんだ、ほんとはおれだって、天馬のやり方でこそ上手くいくんだってこと。このままやっていけば、瞬木みたいにやる気出してくれるやつもいるんじゃないかってことも。ホーリーロードのときおれが天馬を信じたみたいに。でも世界大会を舐めすぎだ。神童はぽつりぽつりとそう言った。言いたいことはよくわかる。神童の感じる憤りは、選抜から外れた選手が実際のイナズマジャパンを見て感じたやるせなさや失望とよく似ていると思った。
 こちらももうすぐ大会があり、入部希望者もたくさんいるということを伝えた。神童は打って変わって喜んでくれた。帰ってきたらお前がキャプテンをやったらいい、おれがそう言うと、天馬に勝てたらな、と苦笑した。
「神童、孤立するなよ」
「大丈夫、わかってる」

 おれにキャプテンの自信、があったかどうか、今はもう覚えていない。自信があるからやるものではない。また、イナズマジャパン選抜においてスポットライトが当たらなかったことに心を痛めている場合でもなかった。仮キャプテンを決めることになったのは、翌日のミーティングのときだった。火曜日の朝はミーティングをする、という慣習で皆集まったはいいものの、当然のことながら仕切る奴がいなかった。誰が話し始めるべきなのか、戸惑いの空気が部室中を支配する。また、議題も実にあやふやで、ミーティングをやる意義すら不明瞭だった(よく、誰ひとり疑問も持たず朝早く集まったと思う)。困り果てていると、倉間が「まず、キャプテンでも決めたらいいんじゃねえか? おれは霧野がいいと思うけど」と言い始めたのである。他のメンバーも異論がなく、おれも「みんなさえ良ければ」という答えを出した。なんと三分で可決した。
 その日の練習から、おれはキャプテンになった。練習は問題なく進んだ。メニューは監督が出してくれるし、チームはすでにまとまりきっているので、キャプテンとして何かやらなければという必要性は無かった。ただ、ストライカーが三人も引きぬかれ、点取りに苦労するだろうなということは考えた。三年が抜けたことでディフェンスが薄くなったのも明らかである。次のミーティングからとにかく全員で話し合いをして、打開する方法を探した。おれは引っ張るというよりは、全員の意見にアドバイスをしながら一つにまとめていく、サポートに徹した役になった。
 ミーティングが終わって、部活自体は解散となった。グラウンドの脇を歩いていると、後ろからぱたぱたと走る音が聞こえた。振り返ると、そこにいたのはみょうじだった。ミーティングで用いたノートを、部室に置きっぱなしにしてしまったらしい。みょうじは走って届けに来てくれたのだった。
「霧野さん、もうすっかりキャプテンですね」
 ノートを手渡しながらみょうじはそう口にした。なんのこと? と思ったのが顔に出ていたのか、ノートにたくさん書いてあってすごいなって思ったんです、と言うので合点がいく。
「神童のまねしてるだけだけど、な」
 ノートを鞄にしまう。みょうじは首を傾げていた。

 暫くやっても、自信なんてつかないものなのかもしれない。威厳は多少つくのかもしれないが。信頼のされすぎはかえって不信感になる。相手が信頼すればするほど、何も言ってこなくなる。それは、無関心のときと然程変わらない反応である。孤立はしないが、一種の孤独のように思えた。
 サッカー部の部員が多少増えた。届出十三通のうち五名ほどが試験を通過した。というより、試験の実施を知らされ辞退した数も多かったようである。新しいメンバーが入ることで、ぬるま湯のようだったチームの空気に緊張感が入り込んだ。当人の希望通りのポジションに配属したあとは、それぞれの場の先輩が指導している。元のメンバーが意外にも面倒見が良さそうだったので、任せきりにしても大丈夫そうだった。
 キャプテン。キャプテン。ディフェンスに希望した一年生が二人、寄ってくる。今日からよろしくお願いします。二人は律儀に頭を下げた。素直で直向そうな後輩たちである。狩屋も横でキャプテン、キャプテンと茶々を入れた。
 もしかしたら、サッカー部の未来は明るいのかもしれない。いずれ神童剣城天馬も復帰する。神童はゲームメーカーとして試合を一層引き締めるだろう。剣城や天馬は、まだまだ先がある。おれは、その時期までただひたすら繋いでいればいいのだ。そう思い始めた。


 以前みょうじが、なんで黄色のカラーコーンは三つしかないんですか、と三年生に聞いていたことがある。「つい最近までは、五つあったと思うんだけどな」というのは三国さんだった。
「そうだよなあ、南沢」
「おれに聞かれてもね……」
 壊しちゃったんじゃないの。南沢さんは気怠そうにタオルに顔を埋めた。この頃はまだ南沢さんが居て、フィフスセクターに反乱するしないがはっきりしない頃だった。たしかに、黄色のコーンはいつの間にか三つになっていた。
「誰か持って帰ったんじゃないか?」そう言ったのは神童だった。
「誰が持って帰ったんだよ」
「さあ、誰かはわかりませんが……ある日を堺に五つから三つに減ってたのは気づいていました。音無先生やマネージャーに聞いても、処分した覚えはないらしくて」
 そのとき、全メンバーがいれば「実はおれが持って帰りました」なんて言って場が和んだのかもしれないが、残念ながらそこにいたのはみょうじ三国さん南沢さん神童おれの五人だけだった。

 今年の流行色は黄色らしい。そんなクラスメイトとの会話を経て、ふと黄色のコーンのことを思い出した。
 部室でユニフォームに着替えジャージを羽織って練習場に向かうと、みょうじがドリブル練習用のコーンを並べていた。並べたそばから狩屋が蹴り倒すので、みょうじが何か言い、狩屋は西園や影山の後ろでしぶしぶトレーニングを始めた。今日は一年の授業が一時間早く終わる日だ。そういう日は、他の学年がくるまで個別練習メニューをこなすということになっていた。個別というものの、大体一年生は全員一緒に、ランニング、ドリブル、シュート練習の順番にやれるだけやるというものである。
 みょうじが並べ終わると、一年は各々ボールを持ちだしてドリブル練習を始めた。
「霧野さん、おつかれさまです」ベンチに入ると、なまえが挨拶をしてくれた。
「おつかれ。今日はシュート練習までいかなかったんだな」
「そうなんですよ、狩屋がふざけちゃって。練習に身が入らないみたいなんです、最近」
 みょうじは怒ったような顔をしてそう言う(実際には大して怒っていないと思われる)。みょうじの横にはボールのかごが置いてあり、これからボール磨きをするらしかった。磨くのは神童も好きだったように思う。
「そういえば、この間神童と電話したんだ」
「あ、神童さん。お元気そうでした?」
「それが、あんまり」
「えっそうなんですか」
 ボールを磨く手を止めて、みょうじは残念そうな顔をした。勝ち進んでほしいけど、つらそうなら心配ですね。彼女は苦笑いをし、おれも同じ笑い方をした。かたん、とんとんとん。グラウンドの方から音がし、見やると、狩屋がコーンを倒してしまっていた。今度は、わざとではなさそうだ。そういえば、見覚えのない新色が増えている。黄緑色のコーンなんて珍しい。音無先生が増やしてくれたんです。みょうじが教えてくれた。狩屋はコーンを立て直すが、すでに後ろは支えていた。
「霧野さんは、神童さんや天馬くんが戻ってきたら、キャプテン降りますか」
 途端、聞かれた。
 みょうじの方へ顔を向けると、みょうじはグラウンドを見つめたままだった。すこし、空気がはりつめたように思う。細い糸がそこらじゅうをはっているような、身動きのとれない感覚。そのつもりでいるよ、と返事をする。そうしたら。わたしキャプテンは霧野さんがいい。みょうじははっきり言った。おれは暫く言葉につまって、何も言えなくなる。みょうじもその間は一言も発さずだまってじっとしている。「なぜ?」。やっと言葉を紡ぎだしたおれは、問いかけた。みょうじはおれのほうを向いて、一度深くまばたきをした後、霧野さんがすきです、とつぶやいた。その眼差しがまっすぐおれの目を捉え貫いた。
 糸がはさみでパチ、パチ、と順に切られるように、緊張感はすこしずつ遠のいた。みょうじがふわりと微笑んだからだ。グラウンドでは、ドリブルの流れがリズムよく動き始めていた。
「黄色のコーンのゆくえ」
「え?」
「わかったんです。天馬くんの家にありました」
 河川敷で練習する際に天馬が借りたのだという。四月の入部したての天馬が、自主練をするために。もう返してもいいころだと思うが、きっと天馬も忘れているのだろう。
「黄色は、今年の流行色らしいな」
「じゃあ、雷門のユニフォームは今一番かっこいいユニフォームですね」
 のんびりとみょうじは答える。おれは鞄を置き、ジャージを脱ぎ、それをベンチの隅に追いやった。みょうじに、今日一緒に帰ろうと誘った。みょうじは持っていたボールにおでこをくっつけて小さく頷いた。