×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


初出20160525

ブラン・ニュー・デイ


2 Twoson

もゆるオリーブ色の森
サックスブルーの空の色
緑の屋根のポーラスター
みんなの好きな、ポーラスター

 ポーラスター幼稚園の歌であるらしい。

 ぼくとなまえは本当に他愛のない話をしながら、オネットとツーソンのあいだの短い森をぬけて美しい隣町にやってきた。オネットが新緑の町であるなら、ここは夏の終わりを感じさせる町である。暑い夏が終わって秋が来ようとしている、そんな雰囲気をこの町は持っている。
 ここへくるまでもちろんだけど、あるくキノコは居なかった。居てたまるもんか、と思う。あれに取り憑かれると、右も左も上も下も判らなくなる、嘘だと思うかもしれないけれど本当である。それはコンランダケと言ってオネットの森に生息するキノコであるらしいことをぼくは18歳のときに知る。そいつに足が生えていたらしい。なんとも馬鹿げた話である。
 ツーソンはデパートが有名だから、オネットに暮らし住んでいる人でも、子どものときに一回は訪れたことがあると思う。ぼくたちはこちらのほうが近いのでなんとなく森の街道を抜けてきたけど、大きい産業道路なんかも東のほうにはあって、車で行くときはぐるっと回り道をして行ったりする。語られないだけでオネットやツーソン以外にもいろんな町があるわけだけれど、オネットはわりと天涯孤独で、山と森に海に囲まれているし、結構すぐにグレイトフル・デッドの谷があるので、道路を作る人は大変だったと思う。
 少なくともなまえはぼくよりツーソンへ訪れているはずだった。でも、子どもだけで出掛けたことがないらしく、彼女は心の底からわくわくしていて、ぼくもそれにつられ気分が高揚していた。ふわふわした茶色の髪は肩のところで可憐に揺れ、ぼくはだんだんなまえのことが可愛く思えてしかたなくなってきた。ぼくの周りの女性たちはどうしてかぼくに厳しいかドライすぎるところがある。トレーシーは生意気だし、ママはあんなだし、ポーラも芯が強すぎてぼくには手に負えないし、クラスメイトの女の子も基本的に我が強いし。ぼくは、なまえならいいな、と(なんのことだろう)確かにそのとき思ったのだけど、当時のぼくはやっぱり直感を言葉にできないらしく、自分の心の中のいわゆる密やかな恋心には気づけずにいた。ここまでくると、もはや鈍感なのではないだろうか、ぼくって。

 グレイトフル・デッドの谷。ぼくとなまえもなんとなく足を運んでみた。彼女は彼女ではじめての冒険にどきどきしていたし、ぼくもぼくであの村があのあとどうなったのか、知りたかったというのがある。この谷はぼくがひとりで訪れたときは橋が壊れていたのだけれど、現在は直っていて、人通りはないものの人の手が行き届いている感じがあって、それなりに安全な道といえるものだった。キノコ摘みの女性がまだいて、ぼくたちは通りがけに「キノコ持っていないかしらん?」と話し掛けられた。
 谷あいの道を抜けてハッピーハッピー村へ訪れると、そこは牧歌的な空気が流れているものの、村の半分を境にまだ青い場所があった。以前この村はハッピーハッピー教といって、何もかもを青色で塗りたくることにより幸せがやってくると信じてやまない者たちで埋め尽くされている村であった。その不幸(皮肉な言い方だが)はオネットの裏山で発掘された「マニマニの悪魔」という銅像がもたらした災厄であり、人の悪心でもあった。その悪魔に操られたカーペインターという男が立ち上げたのが、ハッピーハッピー教である。悪魔はすでに、ぼくが破壊してしまっている。あれは銅像と見せかけて、じつは幻影マシーンだった。
「あら、あなた、あのときのボウヤじゃない」
 ぼくとなまえがぐるりと回りを見回していると金髪の女性に話し掛けられた。ぼくはそのときはじめてその女性のことを思い出したのだけれど、彼女はぼくがひとりで旅をしているときに絵葉書を売りつけようとしてきた、ハッピーハッピー教の信者であった。ぼくは絵葉書を拒否したが、「つきまとってやる!」とかなり長いこと追いかけられていたのでぼくもよく覚えている。おそらく、この女性のほうも、長く追いかけていたせいでぼくのことをよく記憶されていたのだろう。お互いあまりいい思い出では、ない。
「お姉さんまだ絵葉書売ってるんですか? ハッピーハッピー教の?」
「あ……まだ根に持っているの? ……。そのときは本当に悪いことをしたと思っているわよ……本当よ。絵葉書を売っていたというか、寄付をしてくれた人に絵葉書をあげてたって感じだけど、とにかくもう、そういうのはやっていないわ。わたし、もう、信者じゃないのよ」
 ぼくの棘のある追求に女性は一瞬たじろいだものの、そのあと普通に話を続けてくれた。
「あなた、いまさらここに戻ってきて、何するつもり? この村にはまだ、熱心な信者が残っているわよ。この村の半分は、そう。でも小さな村だし、谷のせいで周囲からも孤立しているから、信者じゃない人はそのうち追い出されて、結局ここはハッピーハッピー教の巣窟になるかもしれないわね。今はまだ、信者の方が少ないけれど……」
「ツーソン警察は動かないんですか」
「よっぽど悪いことしたら動くでしょうよ。まだ、この状態じゃ、村の悪いしきたり程度なのよ。わたしも来月ツーソンに引っ越すの。もうアパートだって借りてあるんだから」
「そうですか……。あ、お姉さん、ついでだから、ぼくの宿題に付き合ってくれませんか?」
 お姉さんは、はあ? という顔をしたけれど、ぼくに負い目があるのを思い出してか、ひとつ肯いて「いいわよ、なんでも言ってご覧なさい」と言った。
「お姉さんがたとえば、友だちの蝶々を盗まなければならなくなったとします。どうして、そうしなければならなかったと思いますか?」
「ふうん? それは、振り向いてほしかったからよ。自分の存在を知って欲しくて、やった。わたしなら、そうね」
 お姉さんはぼくの隣でしずかに話を聞いているなまえに目を向けると、「ガール・フレンドをたいせつにね」と言って、片手をひらひらと振り去っていった。

「すいません旅の方、世界をけがれないものにするために寄付を求めています。いくらでもいいからしなさい」
「カーペインター様は、ある日突然神様の啓示をうけたのよ。あの方の言葉は神の言葉よ」
「カーペインターさんと直接お話がしたいですって? なんてずうずうしいの! あんたみたいな子どもはカミナリに撃たれて死んでしまえばいいわ」
「こう言うと誤解されちゃうかもしれないけど、カーペインターさんのお話はまるで催眠術のように人の心を動かすんだよ」
「おれ、あちこちをブルーに塗らないやつらって幸せの敵だと思うんだ。そういうやつはぶっとばしてでも、言うことをきかせてやろうと思うね」
「ブルーブルー。信じない者は救われぬ! 地獄に落ちろ!」
「ブルーブルー。はい、一人35ドルで診てあげるよ」

「ブルーブルー! 世界中がブルーになりますように」

 ツーソンのバス停留所に行くと、ポーラにばったり出くわしてしまった。ぼくが「あ」という顔をすると同時に、ポーラはむすっとしてこちらにつかつかと歩み寄る。彼女は軽めの革トランクを持っていて、以前会ったときより髪がずいぶん伸びていた。以前会ったとき、というのは、一緒に冒険をしていたとき、ということになるが……ぼくはなんとなく、彼女の怒りの理由に心当たりがある。彼女はおそらく、手紙一つ寄越さないぼくに怒っているのだと思う。
「ネス! その様子だとわたしに会いに来たんじゃないと思うけど。今までいったい何やってたのよ?」
 ポーラの剣幕はすごかった。やはり、彼女を怒らせるとよいことがない。
 彼女がこんなにも怒っているのは、なにもぼくがガール・フレンドを連れて歩いているから、とかではない。オネットでのぼくがそうであったように、自分たちの力を信じようとしない世の中に、彼女は怒っていたのである。ポーラはぼく以上の超能力者であり、その噂はすでにツーソン中に知れ渡っているものの、単なる噂でしかなく、半分は持て囃すための軽率なからかいのようなものらしいのだった。彼女も彼女で「世界を救った少女」として認められない仲間の一人であり、それをかなり心外に思っているらしい。どうしてぼくがこんなに彼女の心情に詳しいのかというと、直感とかでなく、彼女が一方的に手紙を送って寄越すからだった。それで、ぼくが返事をしないので、世の中に怒るついでに、ぼくにも怒りの矛先が向かっているらしいのである。
「もう、散々よ。面白半分でテレビ局はくるし、幼稚園に変な親もくるし。ここの幼稚園に入ったら超能力が使えるようになりますか、とか、アブナイから入れさせないようにしなきゃ、とかね」
「それ、聞いたよ」
「うん、手紙に書いたわ。どうして返事がないの? ネス、悔しくないの」
 ぼくはため息ひとつついて言った。「ぼくはそれに同意できない。なるべく忘れたいんだ、あのときのことも、ぼくの力のことも。普通の生活を送りたいんだよ」
「……まあ、そうよね。ネスとわたしとでは、元々境遇が違うもの。怒ったって、仕方がないことよね」
 と言いつつも、ポーラの言葉にはまだ怒りの念が混じっている。複雑なのだろう、その気持ちはとてもよく判る。
「実はね、これからフォーサイドに行くの」ポーラは気を取り直して言った。
「ジェフとプーが来てくれるのよ。あれから一年経って、お話がしたいなと思ってね。ネス、仲間はずれにしたなんて思わないでね。あなたが手紙の返事を書いていたらこんなことにはならなかったし、ひと段落ついたらプーのテレポーテーションでオネットまで飛ぼうと思ってたんだから。もっともネスがちゃんと来てくれるんだったら、ネスのテレポーテーションでフォーサイドに行きたかったなって思ってたところだったのよ」
「奇遇だね、ぼくたちもフォーサイドへ行くんだ。でも、テレポーテーションは使わないよ。ぼくは力はもう使わないって決めたんだ。それに、なまえがすごくびっくりしてる」
 ぼくの言葉に、ポーラは咄嗟にぼくの隣にいる女の子を見た。ネス、何にもこの子に言ってないの? ポーラはまた肩を竦めたけれど、すぐになまえに向き合って、初めて彼女に語りかけた。
「はじめまして、なまえちゃん。ポーラって言います、よろしくね。会った瞬間からいきなり怒っててびっくりしたと思うけど、これには色々と複雑な事情があるの。バスの中で話すね。わたしは別にネスのアレってわけでもないから心配しなくっていいし、とにかく仲良くしてね」
「ちょっと、一緒に行くの?」ぼくは眉をひそめてしまった。
「一緒に行かないっていう選択肢があるの?」
 ポーラが強気に言い返すと同時に、バスがもうじきやってくるというアナウンスが聞こえた。ポーラはトランクを引き寄せて、なまえはどうしたらいいか分からなさそうにはにかんでいた。見ないうちに伸びたポーラの金髪の巻き髪は肩を越して尚くるりと器用な曲線を描き、風が吹き込むたびに大きく揺れる。まるで勝利の女神のような風貌だ。そして、彼女がまさに勝利の女神であることは間違いない。彼女が、彼女の祈りがなかったら多分、ぼくたちは何もかも失って、幸せなエンディングを迎えていられなかったのだから。
 でも、幸せなエンディングってなんだろう。落第になって、友だちの両親が離婚して、仲間が不満を抱えているような、そんな現実のこと? ぼくたちは、幸せになれたのだろうか。もしくは、今後なれるのだろうか。ぼくたちの人生はこの先もきっと続く。エンディングなんてゲームの中だけの話なのだと、ぼくはコントローラーを投げて思うのである。

「はい、グレイハウンド・バス。フォーサイドゆきだあよ。お乗りの方は乗ってね。……あれ、ボウヤ、久しぶりだねえ」

 砕け散った音の石と一緒に、ぼくの心も砕け散っている。