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初出20160608

ブラン・ニュー・デイ


3 Threek

 バスは景気よく出発し、ツーソンの田舎のほうを経由して山あいの道を走った。走るにつれ建物がどんどん少なくなっていく。山と草原と、曇り空。大変穏やかで荒涼した場所だった。ぼくは以前この道をトンズラ・ブラザーズの黒いバンで移動したときのことを思い出してみる。あのときは大音量で音楽を掛けてノリノリでツーソンを後にしたのだけど、ぼくもポーラもハイになってはしゃぎ、バンドの人たちも一緒になって騒いだものだった。だから、ツーソンのこの道がこんなに静かでおっとりしたものだとは、思わなかった。
 夏休みの最中なので、バスの中にはぼくたちの他にも客が大勢いた。ぼくたちと違いサマー・キャンプへ本当に出かけるであろう者もいた。
「ねえなまえちゃん。トンズラ・ブラザーズって知ってる?」ポーラはにこにこしながら彼女に問い掛ける(ぼくに話し掛けるときとはえらい態度の違いだ!)。なまえは「知ってる! 今とても流行っているもの」と言って目を輝かせた。
「実はツーソンでずっと売れないバンドをやっていたのよ! 今じゃとても有名だけど、わたしもネスもあの人たちには随分お世話になったの」
「そうなんだ……、いいなあ。楽しそうね」
 ポーラはぼくのほうを見ていたずらに笑って訊いた。「ね、ネス。あの頃は楽しかった?」
「今思えばね」
 ぼくはあまりにも子どもじみた返事をして窓の外に顔を背けてしまった。それにしてもその質問は意地が悪いと思う。
「そういえばハッピーハッピー村に行ったんだって?」ポーラはふたたびなまえに話し掛ける。
「うん。ネスに連れて行ってもらったよ。谷をいっぱい歩いたの」
「ちょっと暗くなってたでしょ?」
「うん……以前を知らないけれど」
「あの村、なまえちゃんが見た光景を100パーセントだとすると、300パーセントくらい悪い村だったの、以前はね。それをネスが、創始者と戦って、10パーセントくらいにしたんだけれど」
「ええっ。ネス、すごいね」なまえは感嘆してぼくを見た。やめてくれ、とぼくは困惑する。普通に恥ずかしかった。ぼくの冒険譚を、好きな女の子に自慢しているみたいな状況が。
「でもまあ、ご覧の有様。悪い人が一人居なくなったら、今度はまた他の悪い人がやってくるの。それはハッピーハッピー村も、ツーソンもきっと同じね。そういえば、ヌスット広場へは行った? あそこは昼間はいいかもしれないけど、夜はちょっとアブナイのよ。なんとなくだけれど、トンチキさんが居なくなってもっと悪くなった気がするのよね、残念なことに」

 スリークに着くまで、ポーラは無尽蔵に喋り倒した。一緒に旅をしていたときよりもっとおしゃべりになっている気がする。なぜだろう。あの頃は、もう少しお淑やかだった気がするのに。女の子はいつも知らないところで知らないうちに力をつけて口が達者になっていると思う。少なくとも、ぼくの周りの女性たちはみんなそうだった。なまえを除いて……いや。ぼくはなまえに理想の女の子の像を押し付けているだけかもしれない。ぼくは説明できるほど、なまえのことをよく知らない。今は、まだ。
 スリークに着くと、バスは弱りかけの虫がよろよろと止まり木を探すようにゆっくりと彷徨い、止まった。交通整備のおじさんがうようよ居る。運転手のおじさんは二、三そのおじさんと会話をし、マイクを使って乗客に報せを入れた。
「この先交通渋滞によりバスは運行を停止します。運転再開は未定です。待つもよし、歩いて行くもよし、隣町まで行って鉄道に乗るもよし。隣町まで行くバスの停留所は南にあるけんども。まあ、とにかく自由だ。ここは自由の国さ」
 ゆるいアナウンスが終わると、乗客はざわついた。先を急ぎそうな大人たちは真っ先にバスを降りた。サマー・キャンプへ向かうと思われる子どもたちはみな座ったままで、突然のトラブルに少し戸惑っていた。でも、きっとこの子たちはこのままバスに乗り続けるだろう。ぼくも以前キャンプに行ったことがあるが、バスからは降りてはいけないと事前に言われたものだ。「降りましょ。ようやっと、テレポーテーションのありがたみが身にしみてきたかしら?」ポーラは降りる気満々だった。
「なまえ、降りて歩く元気はある?」ぼくは彼女を気遣った。病気がちと聞いていたので、あまり体力がないと判断したのである。
「平気よ。歩くことは、健康にいいもの」
 ぼくは「そうだね」と肯いた。ぼくたちはバスを降りた。

「ゾンビとゴーストでいっぱいの不気味な町、スリークによーこそー」
「暗いだろ、この町。人間たちは、町の真ん中にまとまってひっそりと暮らしているんだ。なんとかゾンビどもから町を取り返したくて、相談をしてるわけさ」
「もう、はっきり言って恐怖、恐怖の毎日だね。今日、ふのみそ汁とかってシャレじゃなく、恐ろしいってことさね。町の状況はますます悪くなってるよ」

 スリークの町の雰囲気は、以前来た時とさほど変わらなかった。……以前というのは、ゾンビで溢れかえっていたときのことではなくて、旅が終わって帰るときのことだけれど。ぼくは一人でサターン・バレーを抜けて、スリークとツーソン間をバスで移動して、オネットに帰ってきたのである。ポーラはぼくが送っていくべきなのかと思いきや、ジェフと話があると言って残った。この二人ってまだ続いているのかなあ。ぼくは幾分、恋愛面は疎いので深くは知らない。続いている……というか、そもそも始まっていたのだろうか。ジェフはいつも、困った顔をしていたような気がする。
「ねえ」ポーラが振り返って言った。ぼくはその呼びかけがあまりにも急だったので驚いた。ちょうど彼女のことを考えていたこともあったし、心を読まれたのかと思った(彼女ならやりかねない……)。
「あの、ごめんね。一緒に来ちゃって。二人の旅なんだから、ここからは二人でお行きなさいな。随分おしゃべりだなって思ったでしょう? うるさいなって? ネスに久々に会えて、本当は嬉しかったのよ。あと、あなたの可愛いお友だちにも会えて。本当よ。でも、怒ってたのも本当だから、返事を書かなかったこと、少しは反省してね。フォーサイドへ行くんでしょう? 良かったらまた落ちあいましょう。わたしたち、どうせあっちで一泊するし、あなたたちもきっとそうでしょう? 明日の正午にトポロ劇場前で待ってるから」
 ぼくたちは気まずそうにポーラの言葉に頷いていた。ポーラは気にせずにこっと笑って、南の方へ行ってしまった。おそらく、隣町まで行って鉄道で移動するのだろう。彼女は天才的な超能力者だけれど、テレポーテーションだけは使えないらしい。もしかしたらこの技は、男子にのみ使える技なのかもしれない。
「ポーラちゃん、良かったの?」
 なまえは困った表情をして言った。大丈夫、とぼくは言った。彼女の器の大きさは、重々わかっていて、ぼくはもうずっとそれに甘えてきてしまっている。
「ネスとポーラちゃんは、けんかしているわけじゃないよね?」
「けんか? してないよ。ぼくたちはいつもあんな感じなんだ。多分ポーラがぼくに合わせてくれてるんだと思うけど。ずっと変わらない、友だちだよ」
 ぼくの一言になまえは安堵した。

「町の真ん中の広場のサーカステントをゾンビ対策本部にして、化け物どもと戦おうというわけなんだが、逆にゾンビどもに襲撃されそうなんだよ」
「このあたりに、ゾンビと立ち話をしてる怪しい女がいたんだよな」
「わたしは鬼とか悪魔とか呼ばれたことさえある男。しかし、わたしよりゾンビの方がずっと怖い。幼い子供とにょうぼを置き去りにして、このテントに逃げてきたんだ。それくらいゾンビは怖いってことだ。……。何をやろうときみたちの自由だろうが、わたしの命だけは守ってくれ」
「きみのことを探しまわってたピザ屋のおっさんから聞いたんだけど、ゾンビホイホイってものができたそうじゃないか。ゾンビホイホイなんて名前からしてインチキくさいけど……効き目があるんだったら今すぐにでも使ってみたいな」
「このテントをいっそワナとして使うってことか……さあ来い、ゾンビ!」
「なんにせよ、ゾンビを一所に集めてしまうのが得策だろうな。さあゾンビたちよ、集まれ! ……ドキドキするなぁ」

 ぼくたちは、なまえの歩調に合わせてスリークの町を歩いた。そのときに、この町はかつてゾンビに支配されていて大変薄暗い町だったということを、なまえに話した。なまえはかなり驚いて、ぼくの話を怖がりながらも聞いた。特に、ゾンビホイホイのくだりはひどい怖がりようだった。ちょうどそのとき、ホテルの前に差し掛かる。ぼくは目の端に、黒いドレスの女がホテルの中に入っていくのを捉えたような気がした。思わず足を止めてホテルを見つめるが、それはあの悪魔の女によく似た、ただの善良な女性だった。ぼくは怪しい女に一度騙され、ポーラと一緒に墓の中に閉じ込められてしまったことがある。ポーラがジェフという三人目の仲間にテレパシーを送り、それからジェフはウィンターズの寄宿舎を出て、たったひとりでイーグル・ランドとフォギー・ランドの国境を超えて駆けつけてくれた。そんなジェフに男のぼくでも惚れそうになった。ポーラも多分、同じ心境だったんじゃないかと思う。ぼくやポーラが持っていないものをたくさん持っているジェフは、肌が白くてスラリとした、映画でよく見かけるフォギー人という感じがした。あと、ぼくより断然男気があった。

「ああ、ビックリした。スカイ・ウォーカーのやつ……着陸したのか、墜落したのか? フーッ!
 説明はいらないよ。ぼくはジェフ。きみたちに呼ばれて来たんだ。力は弱い。目は強度の近視。怖がりで無鉄砲。こんなぼくだけど、仲間に入れてくれるかな?
 OK! じゃ、さっそく冒険の続きだ! 行こうぜ!」

 ホテルを見つめぼうっとするぼくに、なまえはぼくの見ている方向と反対側を指差して言った。「ねえ、ネス、あそこにサーカスがあるよ」
 ぼくもそちらに目線を向ける。サーカスのある広場は依然として殺風景だった。町は平和になったけれど、おそらくこの広場は、「あの頃」のままなのではないかと思う。サーカスごと火を放つわけにもいかなかったのだろう。ぼくは背筋がぞっとした。でも、ともかくここは平和なのだから、特に問題なく事は運んでいるのだろう。もしかしたらアップル・キッドという発明家にでも頼んで、もうなんとかなっているかもしれないし。
「サーカス、見れるのかな?」
 なまえは目を輝かせていた。「入っちゃだめだよ」とぼくは言う。
 ぼくたちはゆっくり歩いて、スリークの町を後にした。去り際、目に入った看板には、大人も子供もおねーさんも、と落書きされていた。

「スリークの町を明るく平和にしてくれてありがとう。サンキュー! ラブ! ピース!」