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ぼくの落第が決まったのは、誕生日の次の日のことだった。
落第したネスはクラスの女の子とフォーサイドへ傷心旅行に行く。世界を救った少年の、あまりにも現実的過ぎる後日談 ネス / MOTHER2 | 名前変換 | 66min | 初出20170523-20170609

ブラン・ニュー・デイ


1 Onett

 199×年、ぼくたちの手によって地球は救われた。その旅はまるで子どもの見る勇敢な夢のようだったが、それにしてはあまりにも過酷な現実でもあった。機械の体にされて、オイルの匂いさえわからないまま、過去の世界に行って全宇宙史上最悪の敵・ギーグと対峙する……そのギーグは最早正体がなく、どこから攻撃するかもわからない、うわ言ばかり言う悪の権化とも言えるような存在だった。SF映画だったらもうちょっとマシな演出をするだろう。現実というものはこうも残酷なのである。
 でも、それももうおしまい。ぼくは、普通の子どもだ。普通の子どもをちゃんやって、学校にいって勉強してちょっと遊んだりもして、ちゃんとおとなにならなきゃいけないんだ。
 そんなことを言ったら、ポーラにすごく怒られそうな気がするけれど。

 ぼくの生まれ育った町、オネットでは、6月になると決まって猛暑になる。雨が降る気配がない。緑に囲まれたこの田舎町では大層な事件もあまりなく、それでも警察は何かあるたびに道路をあちこち封鎖したりしている。ぼくはあの一件以来、フランクさんにもストロング署長にも会っていない。一言で事のあらましを説明すると、ギャングのリーダーであるフランクさんも、職権乱用のストロング署長も、ぼくがオネットを出るときに殴って正気に戻らせたようなものなのだが、あの人たちも、ギーグの悪しき心に触発されていただけなのだろうか? 旅の途中で出会った、数々の悪意のある人たちを考えると、なんだか遣る瀬無くなるのだった。
 話が逸れたけど、オネットの6月はとにかく暑い。そして、6月を終えると、もっと暑い7月がやってくる。8月はちょっぴり涼しくなる。学校は7月から8月のあいだは休みとなり、9月から新学期だ。
 ぼくは、地球を救うあいだ学校に行けなかったから、理解不足とみなされ落第になった。同級生はみんなハイ・スクールに進学するけど、ぼくはもう一年、エレメンタリー・スクールに居残りというわけである。まったく、困った話である。ギーグを倒したとか、地球を救ったとか、ぼくたちの言うことをあまり人は信じてくれない。特におとなは信じない。オネットは直接スターマンらに乗っ取られたこともあるくせに、それらの仕業も結局新興宗教のやったこととかにして、新聞やテレビで報道されていた。ことに、ポーラは今でもそれを怒っている(ぼくは怒りっぽい女の子がこわいと思っている)。でもまあ、よく考えたらそれと落第はあまり関係性がないかもしれない。理解不足はやっぱりあって、ぼくは元々勉強が得意でもなかったし、やっぱり解らなかったんだ、数学の複合問題とかが。
 落第するのはぼくだけじゃなかった。アップ・タウンの東側に住むなまえも一緒だった。ぼくと彼女には大した接点がなかったのだけれど、これを機に話すようになり、終いにはとんでもなく仲良くなるということは、落第決定当時のぼくにも知る由がなかった。

「あ、パパだ。次のレベルまで……ハハハハハ! もうそんな事を言う必要もないな。……来週はたしかネスの誕生日だっただろう? なんとか、パパもそれに間に合うように帰るから。お土産を楽しみに待っていておくれ。いつも、冒険の記録をつけていたけれど、お前に直接いろんな話を聞きたいよ。電話の声もちょっと大人っぽくなったけど……きっと大きくなったんだろうなぁ。……じゃ、今度は家でゆっくりな。バーイ!」

 ぼくの落第が決まったのは、誕生日の次の日のことだった。誕生日当日、パパは結局かなりギリギリになって帰ってきて、少し話したら家を出て行ってしまったけど、12本のロウソクの立った真っ白いクリームのショート・ケーキや照りのいいタンドリー・チキン、皮がパリッとしたフレンチ・フライはすごく美味しくて、これを食べられないパパは可哀想だなと思った。妹のトレーシーもよく食べて、些か取りすぎなんじゃないかと思うほど。ママは相変わらずマイペースで、その間洗濯をしたりとかしていた。
 そんな日の翌日に、ぼくは先生に呼び出された。こんな話、親を交えたほうが良いだろうに、先生はまずぼくにだけそのことを告げ、三者面談は後日ということにされた。家に帰ったらぼくの口からそれをママに言わないわけにはいかなかったから、先生は配慮が足りないと思った。でも、ママは相変わらず、「へえ、そうなの。がんばってね。イエイ!」という風な感じだったので、「まあいいか」と思ってぼくは、男友たち何人かで遊びで使っている隠れ家に行った(山の麓の森の中にある。ツリー・ハウス)。隠れ家は相変わらずのメンバーで、そいつらにことの顛末を話すと大笑いされた。
「いやあ、おれらの希望の星のネスちゃんでも、落第かあ」
「ネスちゃんって言うな」
「おれのあげたミスターの帽子大事にしてる?」
 どうだっただろうか、こいつにもらった帽子。別の帽子を手に入れたときに手放した気がしないでもないが、部屋に飾ってあると嘘をついた。
「勉強教えてやるよ。あ、野球もな」
「ネス、足も遅いし振るのも遅いからなー。帰ってきてからはどうかわからんけど」
「余計なお世話だよ」
 実際ぼくは足も素振りも遅いほうだったが、蛇やら犬やらユーフォーやら悪人やらを叩いている間に周りの友だちより成長してしまって、それらの情報はもう変わってしまっているかもしれない。でも、それは隠すべきことだとぼくは思っているから、たとえそうだとしてもぼくは知らんぷりをして弱い自分を演じるつもりだ。ちょっと冴えない田舎町の男の子。それで、いいじゃないか。ぼくはそう思う。
 ぼくの落第の話は、ぼくにとっては人生のターニング・ポイントであったかもしれないが、他の人にとっては日常の些細なニュースに過ぎなかった。たとえ仲のいい友人や野球仲間であっても、その一年のことはおとなになってからも差し当たって語られる余地はなかった。現状、生活のどこかに支障が出るわけでもなかったし(親は大変だったかもしれないが)、どこかが良くなるわけでもなかった。ただもう1年、学ぶチャンスができたということである。このポジティブな言い方は、ママがそう言っていたのを真似した。自由で淡白なところは、よくもわるくも子どもをお気楽にさせるものである。
 でも、おそらく、なまえだけはぼくの落第に少し安心を感じたみたいだった。なまえは春先ぼくの席までやってきて、自分も落第することを話してくれた。
「なまえが? どうして? きみ、頭がいいじゃないか」
 あっけらかんとぼくが問いただすと、彼女はしずかに首を振って
「わたし、病気がちなの。しばらく学校を休んだりしていたから……」と弱々しく微笑んで言った。なるほど、合点がいった。
 彼女はよろしくね、とひとつ可憐なお辞儀をして去っていった。白いカーディガンが可愛らしい、おとなしくて優しい女の子なんだと思った。ぼくとなまえの初めての接点はそんなものだった。ぼくは彼女のこと、あまりよく知らない。ただひとつ知っていたのは、彼女はアップ・タウンに住むお金持ちの家の女の子だってことだけ。

 学期末、6月のことだけれど、ぼくは一応テストを受けなければならなかった。もう落第は決まっているのだけれど、このテストの点数が悪いと宿題が増え、夏休みの間、何日か学校に行かなければならなくなる。だから、ぼくは勉強をせざるを得なくなった。家ではママが掃除機を持ってあちこち掃除をしているので、ぼくは教科書全種持って図書館に行った。すごく暑い日だったから、木陰を選んで歩いて行った。
 ぼくは図書館へはあまり行かない。勉強が得意ではない背景には、読書をあまりしないというぼくの生き方もある程度関係があると思う。文章を追っても頭に入って来ないから、結果読書が身につかなかった。だから、図書館の勝手がよくわかっていない。でも、休日なのにそこそこ空いているというのはすぐわかった。田舎町だからだろうか。オネットには大学もないし……。とにかく座れる場所はたくさんあって、席に不自由することはなかった。
 一階の窓際の席を見て回っているときに、偶然ぼくはなまえの姿を見つけた。なまえは開け放たれた窓の傍で、しずかに鉛筆を走らせていた。ぼくはすぐに、その席の隣に座った。なまえはびっくりして目をぱちくりさせ、ぼくはなんだか不思議な生き物を見るみたいで、笑ってしまった。
「ねえ、勉強してるの? ぼくも一緒にやっていい?」
 なまえははにかんで肯いてくれた。ぼくは黄色のリュックから道具を出して、ぱらぱらとページを捲った。なまえがくすりと笑うので、伺うと、「そのリュック、かわいいね」と言うのでぼくはちょっと恥ずかしかった。

 そうやってぼくらはテストまでの間、一緒に勉強をして過ごした。わからないところはお互い教えあい、といってもぼくが教わることのほうが多かったわけだけれど、とにかく落第してしまう者同士懸命に切磋琢磨していった。多くの主題は、教科書や参考書類に基づいてやれば、理解に及ぶものだった。だからぼくたちは手分けして教科書の上を歩き回って答えを探した。でも時に見つからないものがあって、例えば課題図書の読解とか、答えなき問いには十分に悩まされることになった。結局求めているものがわからず、家に持ち帰って一人でやってから見合わせてみることにしたりもした。その本は、人の蝶々を盗んでしまう話で、問いは「どうして主人公は蝶々を盗んでしまわなければならなかったのか」というものだった。
 ぼくはこの主題のことを思い出すと、必ずと言って良いほどラジオで流れていた曲を思い出す。オール・ザット・アイ・ニーディド・ワズ・ユーという曲だったが、ぼくにとって曲名にはあまり馴染みがなく、歌詞とメロディがただひたすら体に染み付いているのだった。この歌詞は確かこうだ。

どうしようもなくて
誰の言葉も助けにならなくて
星に願いをかけてみたり
幸運の泉にコインを投げてみたりして
馬鹿みたいだな
お金もなくなり 運を嘆いた
驚いたよ
雷が落ちて 突然きみがぼくの元へやってきた
こうなることが運命だった
ぼくはきみのことを待っていた
星はきみの瞳の中に見つけた
あの日々はおしまい

 ぼくの記憶は非常に曖昧だ。だから、この歌詞はきっと前後したり抜けがあったりすると思う。この曲は古い曲で、ぼくよりぼくのパパの世代に思い入れがあるもののように思う。それなのにぼくがこれほどまでに身にしみてしまったのは、ラジオ局が飽きることなく流し続けた功績の一種だと思う。だからぼくは主題の解答を「そういう運命だった」と書いてしまったし、結果そこの部分はテストでは0点だったし、ママにもトレーシーにも馬鹿にされた。ただ、なまえは素敵だねと言って笑いかけてくれた。

 ぼくは夏休みに入る手前の水曜日、担任の先生に呼び出された。それはテストの一週間後で、クラスのみんなは午前中出席したのち帰宅して、ぼくだけが呼び出しをされた。職員室は穏やかな雰囲気で、担任もいたって穏やかではあったが、ぼくの答案を机からひっぱりだしてきては「どうしたもんかねえ、まあ」と言った。
「ネスくん、ここの問題で0点を取ったのはきみだけだ。大変言いにくいがね。もちろん、こういう問題は決まった答えがないから、情状酌量というか、考えを挟む余地はある……ああこういう考え方もあるのか、とね。それに読書というものからそういった感性を取り除くことは害悪でしかないからね。そういった感性っていうのは、本から学び取る内容は別になんだって良いってことになるんだけれどね」
 なんとも言葉をうまく繋げられない様子で先生は言った。ぼくはそれを、どう考えようがきみの自由だがテストの解答としては実に最悪だった、という意味で捉えた。
「これには何か深い意味があるのかね」
 静かに、静かにぼくに訊ねた。ぼくは先生の表情だとか目だとかを見て、決して本心は言うまいと決めた。「わかった」のである。何を言ってもおそらく無駄なのだろうということが、心の奥の研ぎ澄ました感覚でもって、わかった。ぼくは何もかもに蓋をして悲しい目をして言った。
「ありません」
「よろしい」
 先生はぼくに紙を寄越した。どこにでもあるような紙である。「夏休みの宿題だ。周りの人に主題を聞いて回ってごらん。きっと色んな答えが出て面白いことだろう。きみの言葉はきっときみの心を奥底から出てきた直球の言葉なんだろうけれど、きっときみはそれを噛み砕いていない。ちゃんと言葉にしていないんだ。思惑っていうのはね、一度きちんと適切で相手に伝わる言葉で書き換えられるべきである。書き換えるために勉強をする。わかったかい? だから、同じ主題を人がどう感じてどんな言葉で言うか、試してみてごらんなさい」
 ぼくは紙を一枚持って、図書館に向かった。

 ぼくは直感が異常に鋭い。それはおそらくPSIの影響だと思うんだけれど、なにかが近づいてくる前に、音をたてて崩れる前に、ぼくはそのなにかを直感してしまう。理由なんていう理路整然としたものは、そこにはない。もしかしたらあるかもしれないし、ぼくが気付いていないだけかもしれないのだが、ぼくは「ない」という考え方をとっている。そうであってほしい、と願っているともいえる。とにかく、ぼくはその直感力で、なんとはなしに色んなラッキーを目の当たりにしてきた。ホームラン・ボールが取れる野球場の席を選び取ったりとか、レクリエーションで勝って景品を貰えたりとか、好きな女の子の席の隣をくじで取ったとか。
 ぼくが紙切れ一枚を片手に図書館へ行ったのは、たんに彼女がそこに居ると直感したからなのである。その閃きはちゃんと当たっていて、彼女はやっぱりそこの席にいて、夕方の赤い陽射しを窓から受けて、木の椅子に所在なさげに座っていた。
 ぼくが声をかけるとなまえは微笑み、手元の白いレースのハンカチで目元を拭った。ぼくははっとして彼女の様子を伺った。たぶん、泣いていたのであろう。
「いったい、どうしたの?」
 彼女は黙ったまま、ゆるく微笑んだままふるふると首を振った。ぼくは嫌な予感しかしなかったものの、辛抱強く彼女に色々と話し掛けてみた。今日なに食べたの、何の本読んでるの、テストどうだったの、など。そのどれにもなまえは無関心だった。きっと、あまりにも心を覆う雨雲が分厚過ぎたのだ。だからぼくは、聞くのをやめた。やめて、暗くなっていく空を眺めた。
 あのね。なまえはカラリと乾いた声で言葉を発した。幸いにも、まだ日が暮れる前のことだった。
「お父さんとお母さんが離婚することになったの」
 ぼくは思わずどきっとした。この田舎町で展開される話ではないと思ったのである。オネットで離婚は、ちょっとばかり珍しいのである。ツーソンならなんとなくわかるんだけれど(これを言うとポーラが怒りそうだ)。
 なまえはそれが悲しくて悲しくて仕方がないらしい。静かに涙を流していた。彼女の顔色は依然白いままで、表情は切なげなもので、とても綺麗に泣くのだなと思った。
 ぼくの直感がどれだけ鋭かったとしても、起こりうる悲劇をどうにかすることはできない。目の前で泣いている女の子を助けることもできない。そんなことはとうにわかっていて、わかっていたからこそ素直に受け止めるのが困難で、ぼくはそういう面ではまだ黄色いリュックを背負って歩く12歳の少年に過ぎないのだと思った。家に帰ってセサミ・ストリートを見よう。晩ご飯はハンバーグだ、粗挽き胡椒とタマネギがたっぷりの……。いや、それが何だって言うんだ。
「ねえなまえ、フォーサイドへ行ったことはある?」
「……。いいえ」
「ぼくはある。バスで一本さ。憂さ晴らしなら付き合うよ」
 ぼくの一言になまえはとても驚いていたようだった。そんな遠くへ? 彼女の表情はそう物語っている。たしかに遠いけれど……フォーサイドは地球規模で見たらすぐ近所である。なにせ、バスで行ける。
「きみは、なぜ蝶々を盗まなければならなかったと思う?」
「わたしは……」なまえは鼻をすすった。「そうしないと心が痛かったからだと思う」
「ぼくは、やっぱり運命だって思うよ。決まっていたんだ。主人公にはわかっていたんだ。でも、彼はそれを止めることはできない」
「それはとっても素敵だと思うわ」
「ありがとう。きっと、きっとさ、フォーサイドへぼくたちが行くことも運命だと思う! だからさ」
 それ以上の言葉は要らなかった。なまえはずっとうつむいたままだったけど、意思は固まったようで、ぼくたちは夏休みを一週間過ごした頃、サマー・キャンプへ行くと言って家を出てきた。ぼくは黄色いリュックと赤い帽子、なまえはネイビーのリボンに白いワンピース。一人で散々歩いたオネットの森の道を、こんどは二人で歩く。