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寿沙都と龍ノ介が日本へ帰国した後の話(2クリア推奨) 成歩堂龍太郎 / 大逆転裁判 | 名前変換 | 7min | 初出20170924

偽物はどちら

 大日本帝国に成歩堂さまと戻ってきてから、早一ヶ月。わたしどもは事務所を立ち上げ、順風満帆に弁護士の活動を始めておりました。今日は、成歩堂さまが日本に戻られてから初めての大法廷でございます。もちろん弁護席に立つのは、自らの名前の入った腕章を身につけた、それは立派な佇まいの成歩堂さまなのです。なんと、喜ばしい日なのでしょう。寿沙都もいつもよりきつく帯を締めて、大法廷には入れないけれども、謹んでお支えいたす所存でございました……ですが、わたしが身に纏っておりますのは、桜色の袴ではなく、烏のように真っ黒な学生服。そして、今のわたしは寿沙都ではございません。学生帽を目深に被った、成歩堂さまの従兄弟の男子学生なのでございます。
 まさか、成歩堂龍太郎の名をまた名乗ることになるなんて……。
 わたしは、こんなこと想像もいたしませんでした。成歩堂さまが大風邪をひかれて吐き気に眩暈にてんてこ舞いになってしまうなど……、そんな不幸、考えているほうがおかしいのでございます。その連絡があったのは、昨夜のこと。成歩堂さまは、熱で身体を震わせながら電信を打ってくださいました。ハキケ、メマイヒドク、ヨクアサ、イエマデキテクレタシ。居ても立っても居られなくなってしまいました。兎に角わたしは、次の日の朝五時に成歩堂さまのご自宅に向かったのでございます。ちょっと早く来すぎたかもしれない……と思いながらも戸を叩き続け、成歩堂さまが出てくるころには寿沙都の手も少しばかりヒリヒリとしておりました。
「寿沙都さんの朝は早いのですね」
 やはり、ちょっと早かったようです……。わたしはそんな皮肉もものにせず「お身体の具合は?」と尋ねました。尋ねてから、少し後悔。朝靄のせいですぐには分かりませんでしたが、成歩堂さまは、見るからに顔色がよろしくなかったのでございます。
 わたしは、すべてを悟りました。
「成歩堂さま、今日は休んでくださいませ」
「いえ、あの、ぼくは行きますッ! 寿沙都さんにお願いしたかったのは、薬のお手配で」
「駄目です、成歩堂さまはきちんと病院に行かれてください。……腕章だけ、寿沙都に託してはくださいませんか」
「寿沙都さん……?」
 成歩堂さまは、驚嘆しながらもわたしの思惑をすぐに読めたようでした。
「貴女のその勇姿、見ることができなくて残念です」
「わたしが学生帽をかぶる時は、いつだって成歩堂さまの代わりでございますから」
 そうして、わたしは再び、成歩堂龍太郎となったのでございます。

 警察に腕をひかれ、控え室に被告人がやってきます。お名前は、みょうじなまえさま。実は、わたしは彼女に会うのが初めてでございました。事務所の運営には、必ずと言っていいほど事務作業がございます。しかしわたしは、成歩堂さまが倫敦で培った、自分の目で現場を調べる、ということを実施してほしくて、事務を一手に引き受けたのです。それが、幸だったのか不幸だったのか、わたしがなまえさまのお目にかかるのは、成歩堂龍太郎として、が初でございました。
「初めまして、なまえさま」
「……あ、あなたは……?」
「わ、……オレは、成歩堂龍太郎というものだ。このたび、龍ノ介が風邪をひいた。彼の代理で、今日の法廷はオレが立つ」
 なまえさまは些か、信用ならない目でわたしのほうを見ております。うう、やはりわたしは、男子のわりには声が高いのでしょうか。わたしは努めて低い声を出そうと、腹に力を入れました。
「今日の弁護は、オレに任せてくださいッ!」
「! は、はい、よろしくお願いいたします!」
 大音声というものは、ときに人を無根拠に納得させるのに役立つようでございます。係官に大法廷に入るように指示を出され、わたしはなまえさまの半歩後ろを歩きました。後ろから見る彼女の姿は、背筋はまっすぐ伸びていて顔も前を向いていましたが、肩が……震えていた。なんと、おいたわしいお姿なのでしょう……。わたしは、そんな彼女の袖を引きました。そして、吃驚して振り返った彼女に、こっそり耳打ちをいたしました。
「大丈夫、貴女はただ安心して、席に座っているがよい」
 なまえさまは、目の端の涙を袖でそっと拭い、力強く頷きました。

 この裁判、わたしどもはすでに真犯人の告発の準備ができておりました。しかし、なまえさまが犯人なのだと信じてやまない検察側の皆様は、数々の証拠品を異なる解釈で披露してきます。わたしは論理の穴を見つけては、半ば強引に主張を押し通しました。わたしの役目は、この裁判を明日まで引き延ばすこと。そうしたら、きっと成歩堂さまがなんとかしてくれる……。そう思って臨んでいたのです。そして見事、わたしの願いは叶えられました。成歩堂さまが一昨日見つけてきた決定的な証拠が検察の推論を射止め、ついにその勢いは伏せられたのです! しかしながら、やはりなまえさまが無実であることは、この場では証明できませんでした。裁判は明日、ふたたび行われる運びとなり、解散を告げる重々しい小槌が振り落とされました。

 控え室に戻り、わたしはなまえさまと向かい合いました。
「なんとか、明日まで繋ぐことができた。明日は必ずや龍ノ介が貴女を弁護する! 安心したまえ」
 わたしは、ブレブレの人物設定でなまえさまに話しかけます。たくさんの弁論を夢中に喋り倒したおかげで、わたしは自然と龍太郎らしく振る舞えるようになったのでございますが、何分この殿方は、わたしからしても性格が謎でございます……。しかしなまえさまはそんなことを気にも留めない様子で、わたしの顔をじっと見つめておりました。
「あ、ありがとうございました……! あの、弁護士さま、とっても格好良かったです……」
 頬を染め、それはもう可愛らしく瞳を潤ませてございました。成歩堂さま、ごめんなさい。きっと成歩堂さまが無事弁護席に立っていたら、こんな可愛らしいご挨拶も成歩堂さまが受けることができたでしょうに……。
「龍太郎……さま」
 ふと、なまえさまがわたしをその名で呼びます。わたしは、何でしょう、と尋き返しました。なまえさまは、思い立った様子でわたしの手を握ってこられます。わたしは吃驚して、目を丸くし、黒目をあちらこちらに泳がせました。
「あの、明日も、龍太郎さまが」
「え?」
「弁護を、お願いします。わたし、龍太郎さまに守ってもらいたいの……」
 ……! なんと、いうことでしょうか。なまえさまは、強い意志を含んだ目線でわたしに訴えかけておいでです。明日も、この成歩堂龍太郎に弁護をお願いしたい、と……。この、偽りの弁護士に。そして……乙女心を持ったわたしには、なまえさまの気持ちが、簡単にわかってしまったのです。そんな彼女の気持ちを見抜いてしまったわたしは、はじめて、男心というものに、触れてしまったような気がいたします。守ってやりたい。この人の笑顔を……。わたしのこの気持ちは、偽りなのでしょうか。いったい、どちらが偽物なの?