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少年と少女と本、その三(ネタバレなし) 亜双義一真 / 大逆転裁判 | 名前変換 | 5min | 初出20160505

悪戯

 近所にあるハイカラなお家に、一真はときどき遊びに行っては、本を貸してもらっていた。貸してくれていた元の本人は学校の先生もされているそのお屋敷の旦那様なのだが、いつしか一真の貸主はその娘に取って代わられていた。名はなまえという。一真が十三歳でなまえが十二歳になるところであるので、一個歳が下なのだが、年不相応に非常に性質のよくない女の子であった。そういう生まれ育ちなのか持って生まれた天性なのか判断つかないものの、なんにせよかなり悪戯好きだったのである。彼女は幼いながらにすでに色んなことを知っていて、頭も良かった。屋敷中の本を読みつくしたのではないかと思われるほど、達観していた。もっとその才能をマシなことに使えばよかっただろうに、と非難気味に思うものの、一真は彼女に振り回されっぱなしである上に、彼女のその行動力と頭の働く様は見習うべきとさえ思っていた。
 一真が御免くださいと言って家に上がると、その女の子はおかっぱの髪を振り乱していらっしゃいと顔を出した。なまえは一真がいつ見てもこのように走り回った後のような格好をしていて、今日も悪戯を働いているのだなというようなことを一真は毎度思うのだった。なまえは本のある部屋へ一真を連れて行くと、かちゃり、鍵を掛けた。最近、なまえはこうやって一真を本の部屋に閉じ込めてしまうのである。自分の身ごと一緒に。
「ねえねえねえ。お父様の引き出しにこんなものがあったの。一真もこういうの好き?」
 幼稚な色っぽさを見せてなまえは一真に寄った。後手から現れた一枚の絵を見て、一真は愕然とした。
「なんだ、これは」
「春画っていうみたい」
 春画。一真はその言葉を繰り返した。その絵には服の乱れた男女が、なんともいえず絡み合っている。着物を着ているので、前の時代の旧い絵のように見える。これがどうしたと言わんばかりに一真がなまえを見ると、彼女はふふんと笑って奥にある本棚へ行ってしまった。数秒たって一冊の本を持って戻ってくる。
「今日はこれを貸してくれるのか?」
 一真がそう訊くと、借りたいのか、となまえが悪戯な目をして言った。題名は何の変哲もない、ロマンスもののようで、紙は多少薄いもののちゃんとした本のように見えたので、一真は首を傾げ何故そんなことを言うのか女の子に訊ねた。
「それもね、この間見つけたのだけど。官能小説って言って、まあ要するに猥談なの」
 そう言ってなまえは真ん中あたりの頁を開いた。ああ、いけませんわ、ご主人様……なまえが読み上げる。ねっとりとした視線がメイドの身体を駆けずり回り、となまえが言った瞬間、一真はなまえの手を掴み本を閉じ脇へ置いた。
「なまえ、駄目だ」
「なにが駄目なの」
「とにかく駄目だ。そんなこと、言われなくったって、あなたならわかるだろう?」
 一真は真剣な顔をしてなまえを見た。なまえは懲りずに口を開く。
「こんなもの……あえてこんなものって言うけど、見ないようにしていたって、世の中溢れかえってるよ。見世物小屋だってあるじゃない? あれ、少しくらい子どもが紛れ込んでたって怒られないんだから」
 見世物小屋とは、珍獣や物珍しい人間、はたまた男女のそういう行為を見世物にしている狂気に満ちた興行物である。主に夏祭りのときに姿を見せるものである。一真は深い息を吐いた。臆せず独白する彼女に怒りを覚えたが、そんな自分を落ち着かせるために、呼吸を深めたのである。
「いいか。読む輩、見る輩がいるから、ああいうものがいつまで経っても無くならんのだ。おれだってそれが何を意味するのか、さすがに判っている。本能的ななにかをくすぐり歯止めが効かないものだってこともな。だが、ことになまえ、あなたは淑女であるべきだ。年頃の令嬢だ、三年後くらいには縁談もあるだろうに……」
「一真もお父様みたいなことを言うんだ。わたしより一個歳が上なだけなのに」
「今、歳は関係ないだろう」
「そう、いつだって歳は関係ない。わたし、早くおとなになりたいの」
 なまえは頬を膨らました。その行動に幼さが見えるものの、彼女の目は不釣り合いに大人の女性の目をしていて、一真はそれを見て圧倒された。なまえは「望まない結婚なんてしたくない」と言った。
「おとなになりたいのに、か?」
「自由になりたい」
「滅茶苦茶だな」
「わたしが滅茶苦茶なの、知ってるくせに」
 なまえは一真に取り上げられた本に手を伸ばし、表紙を人差し指で摩る。慈しんでいるのかなじっているのか、表情から読み取ることはできなかったが、一真は何故か、誘われているのだと直感した。一真はやりきれない風に彼女を見遣る。それに応えるように彼女も彼に目線をやる。くっきりとした二重を細め、なまえは、
「わたし、一真と結婚したいのに」
 と、掠れた声で懇願した。
 一真は平静を捨て彼女に接吻をした。引き倒すと絨毯から小さな埃が舞い上がり、彼女の髪は無造作に床に散らばった。過ぎた悪戯を、この際、共犯だ。もし鍵穴から見られたらまさに喜劇であるが、あらかじめ鍵穴を覆うように紙を貼り付けていた彼女は、あざとい。