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少年と少女と本、その二(ネタバレなし) 成歩堂龍ノ介 / 大逆転裁判 | 名前変換 | 3min | 初出20160501

 建てられたばかりの赤煉瓦の図書館に、麻の着物の父親に手を引かれ訪れた龍ノ介は、右へ左へきょろきょろと見回していて大変落ち着きがなかったため、父親に小さな声で注意を受けた。素直で純粋な性格の持ち主である彼は、その言葉を真っ当に受けしょげかえった。だって、お父上、とてもとても大きくて本がたくさんあって、ぼくは感動したのですよ……。そう心の中で思いながらも、父のロイド眼鏡の奥の瞳が厳格でおそろしく、言うに言われないのだった。
 父親は童話の区画へ子を連れていくと、ここから動かないようにと言って別の区画へ行ってしまった。龍ノ介は最初こそ、その古めかしい昔話や絵付きの本に興味を示して頁を捲ったり捲らなかったりしたものの、少し厭きてしまった。なるべく区画を動かないようにうろうろしていると、端っこの小さな椅子の上で、白いブラウスの女の子が分厚い本を眺めているのが見えた。龍ノ介はさりげなくその女の子へ近づいて、そのご本は面白いですか、と訊ねた。龍ノ介は人見知り知らずである。だって、きちんと理由をもって話しかけていることが相手にも伝われば、相手もきちんと答えてくれるのだもの。
「これは、わたしにはむずかしい本でございます。ちっとも読めません」
 女の子は言った。それはどうやら個人全集らしかったが、小さな少年には個人全集というものが判らない。泉鏡花。名前すら龍ノ介の存知及ばないものだった。まず、今の龍ノ介には「花」の文字しか読めない。
「むずかしいけれど、熱心に眺めているってことは、どこかに面白みを感じているのでしょうか」
「ええ……知らない言葉も多くて、まず漢字も読めないのですけれど、文字の流れやかたちが好きなのです。意味ははっきりとわからないものの、こういう意味かしらと頭をひねるのが楽しいの」
 女の子はそう言って、きれいに切り揃えられた肩口の黒い毛先を揺らし、恥ずかしそうに笑った。杏子の儚い香りがする。龍ノ介の初めての恋煩いは、まさにこの瞬間だったといえる。
「ぼく、実は、図書館へ初めて来たのです」龍ノ介は正直に言った。「だから、なにが何やら判らなくて。でも、きみに会えてよかった。色々教えてもらえるんだもの」
 女の子は、小さくくすっと笑った。
「わたしはいつも土曜日の二時にくるの。お母様の付き添いでね。お母様はここで働いているの。土曜日はわたしが家でひとりになってしまうから、付いてくるの。ね、また会えるといいね」
「そうなのですか。ぼくもお父上の用事のついでで来たのです。そうであれば土曜日、ここに来られるようお願いしてもいいかもしれない。図書館に行きたいとせがまれて、きっと嫌に思うわけがないと思いますから」
「きっとよ。わたしもちょっと退屈してたところだったから、ちゃんと来てね」
 龍ノ介も泉鏡花を一冊持ってきて開いてみた。挿絵のあるところの平仮名ばかりを追って、これはぼくとこの子のお話かもしれない、なんて、幼心をわくわくさせながら、読んだ。