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少年と少女と本、その一(ネタバレなし) シャーロック・ホームズ / 大逆転裁判 | 名前変換 | 4min | 初出20160501

路地裏の一シリング

 シャーロックは少年少女文学がきらいだった。なんの変哲もない子どもだましに思えてきらいだった。だから、学校で文学の読書感想文を書くことになっても、いやいやしぶって放っておいたりもした。担任の先生は、彼のこういう素行には常日頃より困り果てていて、彼の両親にもきちんと通告をしたし、それを受けた両親もシャーロックに課題をやるよう言った。しかし、それらの教育は、身勝手な彼に対しては何の効果もなかった。
 とはいえ、彼は本嫌いというわけではない。むしろ本は好きなほうだった。課題を全うしようとしない幼い彼は、放課後、することもないので結局図書室へ足を運んだ。低学年用に解放されているそのスペースには、何度訪れてみてもまるで面白い本がない。もっと高学年用の本が読みたい。大きい図版に大きい文字の、薄くて多彩な色使いの本を見てため息をついた。
 図書室の大きな背の低いテーブルのところには、何人かの生徒が座っている。その中にいたクラスメイトのなまえの姿を見かけ、シャーロックは何の本も持たずその隣に腰掛けた。
「やあ、なまえ、奇遇だね?」
「シャーロック」なまえは顔を上げた。「奇遇、って?」
 シャーロックはやれやれと首を振って「偶然お会いしましたねってこと」となまえに言って聞かせた。なまえは「きぐう」とつぶやいて、肯いた。
「何を読んでるの」
「赤毛のアンだよ」なまえは頬っぺたを少し薔薇色に染めて答えた。「でも、まだ、最初のページなの。わたし、本を読むのが苦手だから……」
 ちらりと彼女の手元を見てみた。その本は左のページがまだ少し開かれただけの、手を離せばすぐ閉じてしまうような不安定な形をしていた。ハードカバーはシャーロックの目から見える範囲だけでもところどころ日焼けしており、端っこが擦れていて、千切れた栞の紐が無造作にテーブルの上に投げ出されている。今まで何人もの人がこれを読んだのか、シャーロックは瞬時に観察した。
「文章って、読んでいても逃げてしまわない?」なまえは隣に座り続ける男児に律儀に話しかける。「頭に入ってこないの」
 シャーロックは両手の指先を合わせて口の前に添えた。「それは、集中できていない証拠だね。本を読むって、わりに力が要るからね。そういうときは運動でもしたらいいと思う。ああ、そうだ、街中を追いかけっこしようよ。ぼくも暇なものだから、遊び相手が欲しかったのさ」
「街中? 大人に怒られちゃうよ」
「怒られないようにやるんだよ。何事も工夫すると面白い遊びになる」
「でも、感想文も書かなくちゃいけないんだよ。ねえ、シャーロックはもう書いたの?」
「書いてるわけないだろう」
 心配性のなまえはおろおろとして困っている。だから女の子ってのは鈍臭いんだ、とシャーロックは思った。思ったが、目の前の純真無垢な女の子を冒険に誘い込むのは、ここでつまらない本を読むよりもよほどスリルがあって楽しいとも思った。
「じゃあ、遊んでくれるかわりにぼくがきみの課題を手伝ってあげよう。赤毛のアンなら嫌々ながら一回読んだしね。ぼくは適当にゲーテのことでも書くさ。先生には確実に小言を言われるだろうけどね」
 なまえはイエスもノーも言わず黙りこんでしまった。「きみって本当に無口だね」シャーロックは彼女の手を取り本を取り、足早に図書室を後にする。今日はどの路地裏を走り回ろう? もしかしたら今日は、酒場の裏で一シリング拾えるかも、なにしろ昨日あそこで学生が喧嘩をしていたのだ。そしたら、なまえにチョコレートでも買ってあげようかな。そう思ってシャーロックが手を握り直すと、なまえの頬はさらに赤く染まって、抽象画の天使のような表情でシャーロックの横顔を見るのだった。