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未完 彼女に対しコンプレックスと恋心が絡まった複雑な想いをを抱え続けるアーミーが、キャンプ場に落ちる雷とともにふたりの関係を変えてしまう、という話が書きたかった アーミー / Splatoon(comic) | 名前変換 | min | 初出2018

曇り空と草の色

 ふたり以外、誰もいない。曇り空を浮かべただだっ広い草原に、アーミーとなまえは立っていた。背中には丸めたテント、飯炊きに必要な銀色の道具たち、着替え、N-ZAP85を大きな鞄に入れるなり括り付けるなりし、多少アーミーのほうが多く持った。
「プライベート・キャンプ場?」
 顔も合わせずなまえが言う。
「いや……、そういうわけではないのだが」
「アーミー、今朝は天気予報見た?」
「勿論である。南から大型台風が押し寄せてくると聞いた」
「わたしもその認識だな。でも、天災決行だなんて、どこかの隊長が言うから」
 荷物を置いて、なまえはテントを張る準備をする。アーミーも鞄を下ろし、テントとなる材料の一つを荷解き始めた。慣れたものだった。ふたりは黙々と、兎に角荷物の紐を解く。色んな方向に捩くれているその紐は、まるで自分の置かれている状況のようだ、とアーミーは思った。

 このキャンプは本来、アーミーのチームメイト四人で来るはずのキャンプだった。彼らは、日頃からこういったミリタリー仕立てのキャンプをよくおこなう。これも、バトルで強くなるための一興だった。しかし今回彼は、なまえというチームメイトでもなんでもない幼馴染のガールとキャンプに来ている。皆、突然都合が悪くなってしまったためだ。
「仲間が来れなくなってしまった。せっかくお金も払ったのに無駄になりそうで困っている」
 彼は彼女にそう連絡をした。困ったひとを放っておけない性分の彼女は一つ返事で「行く」と答えたので、今彼の隣でテントを広げている。

 無事、紐を解き終わった。アーミーはふうと溜息をつき、周り、否彼女の居るであろう方向を見回す。しかし彼女はそこには居なかった。さらにぐるりと見回した。森の生い茂る方から、枝を一本くるくると回しながら歩いてくる彼女の姿を捉えた。
「解いたんだ」
 一言そう声をかけると、彼女は枝を地面に刺して、鞄の奥底からラジオを取り出しそこに掛けた。チャンネルを回すと、ガーガーと雑音混じりだった音声が少しだけクリアになる。その様子を彼はほうけて見ていた。彼女は、じきに天気予報が流れるよ、と言って再び作業に戻った。南方からくる大型台風への備えだったようだ。こんな場所に居る以上備えもくそもないわけだが、彼女は出来る範囲で用意周到にしたいらしい。
「その鉄の塊がなんと言おうと天災決行だがな」
「ふうん。さすがマニュアル隊長」
「こういう日を乗り越えてこそ見えてくる世界があるとは思わないか?」
 胸を張る隊長殿を見て彼女は「思わない」と即答し、鞄から長い釘を取り出した。

 アーミーとなまえの過去には物語の一つや二つ立ち上げたところで語り尽くすことのできない程の「イロイロ」が、それはもう至るところに散らばっていた。まず彼らが出会ったのは家の近くの広場だった。毎週ゲームボードを持ち寄り遊んでいる大人がいて、その大人に引き連れられて広場にやってきたのがアーミーとなまえだった。酒が入って陽気になった大人たちは、彼らに子どもでも簡単に遊べる「シロクロ」というゲームボードを貸してやった。シロクロとは、表は白で裏は黒になっている駒をボードに順番に並べて、挟んだらひっくり返して自陣の色にできるという、あのゲームである。
 まあまあやってみろよと唆されて、アーミーはなまえと毎週シロクロで勝負することになる。しかし正直言って、勝負はやる前から付いているようなものだった。アーミーの家にはシロクロがあって、普段からそれで遊んでいる。何よりアーミーは賢いボーイだった。ルールも判らないガールに負けるわけがないと思っていたのだ。だから、対戦する前に「うまく手加減できないかもしれないがいいな?」というような上からの物言いをした。なまえは表情を変えず、「判った」とだけ言った。アーミーは、随分果敢な少女だなと思った。
 勝負をして、負けたのはアーミーだった。信じられなかったが、完全なる敗北だった。はじめこそ、彼女は劣勢だった。ルールも判らず、英才教育を特別受けているわけでもないので、それは普通のゲーム展開である。しかし事態はゲーム中盤で一変した。彼女がいきなり、予測不明の手を打ってきたのである。出鱈目に置いたのだろうと、深く考えずに三手先くらいまで読んで打った。だが、まるで初めからそうなることが決まっていたかのように、アーミーの駒は順番に彼女の色に落ちていった。パズルが一個ずつ綺麗にはまっていくような鮮やかさで。無駄のない手数と追いつけないほどの返しの速さで。アーミーは、負けたのだった。しかし彼が彼女のその戦略性に気付いたのは、何度も勝負して随分負けを積み重ねた後だった。消去法だ。これだけ勝つ力があるなら、それは偶然などではないとやっと悟ったのである。
 そうして彼らは切磋琢磨して育った。語り尽くせないほどの「イロイロ」を生み出し対面しながら、何やかんや乗り越えてヒトの姿になっていったのである。時に笑い、時に怒り、よく泣いた。

 サバイバルの基本は食料調達と隊長がいうので、なまえは川に魚を獲りにいったり、三草を採りにいったりして、少しでも手持ちの食材の足しになるよう努力した。こんな日にキャンプなんて、莫迦げてる。彼女は小さな溜息を漏らした。直撃したら、どうするつもりなのだろう。彼は、守ってくれるのだろうか?
 そこまで考えてぶんぶんと首を振った。まさかアーミーが、そんなことしてくれるわけがない。彼は邂逅のときからなまえを敵対視している。良い言い方をすれば、ライバルだ。しかし、友情のないライバルだ。殆ど諍いしかない。ではなぜ一緒にキャンプをするのか。それは、彼らがなんでも言い合える仲だから、であり、それ以外の理由は断じてない。少なくとも、なまえはそう信じている。
 食糧の調達に目処が立つと、実戦演習をしようと言って隊長はN-ZAP85を持ち出した。


 今さら、子どもじみた誘いだったかもしれない。

 これは彼の作戦だった。彼女とふたりきりキャンプに行き、よい雰囲気になったら昔からの想いを告げる。そうでなければ、黙って帰る。そう、これは賭けである。普通に誘わず、仲間が来れなくなったからと御託を並べなければならなくなったのは、彼女がやや気難しい性格のガールだからであった。彼女は、気遣われたり金を掛けられることを嫌うタイプだった。しかし献身性があり、相手が困っている場合は積極的に助けるガールだった。だから、「仲間が来れなくなってしまった。せっかくお金も払ったのに無駄になりそうで困っている」ということにしたのである。