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時が過ぎ去れば些細なことなんて、どーでもいーかなー、なんてな エギングJr / Splatoon(comic) | 名前変換 | 6min | 初出20181224

水星

 海、ポラリス、シグナルを捉まえる、籠の中の小鳥、水星、ヒーローの息子、宇宙、どこかいってしまおうか、サーモンランの前に、サーモンランの前に。

 何処で出逢ったのかも憶えていないけれど、傍に居るとなんだか懐かしい気がしたんだ。いつでも珊瑚色に夜が明けたような髪の色をしている彼女は、今日もまた朽ち果てた船・ポラリスのある鮭狩場で体育座りしていた。エギングJrは彼女の姿を見つけると、挨拶をして隣に腰掛ける。彼女は透き通った瞳を彼に向けて、少しだけ微笑んだ。肌の色の濃い彼の姿は、彼女の瞳に強く映った。
 波がひいて、また高くなる。そんな様を、ふたりただ眺めて「あの船、いつ沈むんだろうね」と小さな会話を繰り返す。昨日、或いは、明日。色んな予想をしてきたが、ポラリスは沈まなかった。
 彼女は翌る日もずっと、海とポラリスを眺めていた。
 彼女、なまえは、サーモンランのウェーブを読むことができた。つまり、鮭たちがいつ来るか予報を出すことができた。誰に習ったわけでもなく、そういう生まれだった。そんななまえが鮭狩りを主な事業としているクマサン商会に雇われるのは当然の流れであり、その仕事の特殊性から報酬も弾むようだった。まるで才能が生んだ最高の仕事だ。だが、一個だけ、問題があった。なまえがウェーブを読むには、ずっと海を見ている必要があった。海が見せる少しの変化が、サーモンラン到来のシグナルになっているという。訓練を積めば、三割くらいは当てられるようになるらしい。しかしなまえの場合は、来ると言ったら絶対だった。その唯一無二の才能は他を寄せ付けなかったから、なまえの代わりは何時迄も現れない。代わりがないから、休みなくずっと海を眺め続けるしかなかった。
 才能といえば彼も同じだった。ノーティス・エギングの息子は、バトルが巧いのが当たり前だと思われている。しかし、天才から天才が産まれてくるとは限らない。そんなこと皆知っているはずなのに、皆期待せずにはいられないようだ。何冠取れば逃してくれる? 逆に、もうこれ以上取らなきゃ好いのか? 明るいインクに眼が疲れて、気づいたら此処に居る。何処で出逢ったのかも憶えていないけれど、傍に居るとなんだか懐かしい気がしたんだ。彼はサーモンランが読めないけれど、彼女と一緒に海とポラリスを眺めていた。
 早く、俺たちに厭きて欲しかった。

 エギングJrがなまえと出逢ってから一度だけ、なまえに休暇が与えられたことがある。一週間ほど続く大サーモンランだった。これほど大きいと、その間海の様子を見ていなくても次の予報に支障が出ないらしい。だから彼女は休暇をとった。とるだけ、とった。でも、過ごし方が判らなかった。
 彼はなまえを、テンタクルズのライブに連れて行った。急遽チケットが取れたのは、彼がノーティスの息子だからである。ドリンクを買って最前列の席でクールでアツいサウンドを聴いた。観客は当然盛り上がった。彼も肩を揺らしてステージに釘付けだった。でも、なまえはリズムに乗りながらも、イイダのほうをずっと見つめてぽうっとしていた。そういえば、なまえとイイダは雰囲気が似ているなあと思ったのは、この日が初めてだったかもしれない。
 この大サーモンランは、インクリングたちの適当な新聞の一面に飾られるほど大きなニュースになった。クマサン商会内でも、対応が追いつかず、しかしこの好機を逃すなと、ちょっとした騒ぎになっていたようだ。ブキやスペシャルパウチ等の物資が足らず、いろんなところにごちゃ混ぜに支給された。そんな混乱がありながらも、アルバイターたちは鮭を狩り続けた。何名か怪我人が出たので、労災として商会から幾らか治療費が出された(真っ当な企業なら労基から支払われるが……)。しかしそれを差し引いても、物凄い稼ぎだったという。

 それからまた、エギングJrは彼女の元へ行った。その日もポラリスはぽつんと佇んでいて、彼女は遠い目でそれを見ていた。
「得たイクラは、何処へ行くと思う?」
 何もない、何もしない時間の中で小さく持ち出された問いは、詩的で且つ現実的だった。彼はその答えの正確なところを知らない。多くのインクリングが、そうかもしれない。やったことに対して支払いがあれば、それがどんなことだったか、あまり気にしない。それがインクリングだった。
「判らねえなあ」
 そう言うと、なまえは可愛い声でくすっと笑うのだった。
「ねえ、ポラリスは沈まないかもしれないよ」
「どーいう意味?」
「イクラを燃料にして、空を飛ぶのかも」
 彼女は空を見上げた。彼も、一緒になって見上げてみた。空は淀んでいて、ところどころ浮かぶ雲は厚くて、よく見ると星が瞬いていた。きっと、近づけばもっと美しく見えるのだと思う。濁った海の底のようなこんなどうしようもない場所から、あの星が掴める場所まで飛んでいく。雲を突き抜けて、金星でも水星でも、何処へでも好きな場所へ。
 その先には、一体何があるのだろう。
 そのとき……エギングJrは思わず彼女に顔を寄せて、口づけをしていた。なまえは抵抗しなかった。夢中になって、何度か、食む。唇を舌で少し舐めたとき、ピリッとした。そうだ、持っているインクの色が違うから。彼女のカラーを真似ようとした。しかし、珊瑚色に夜が明けたような色を、彼が再現することができなかった。なまえは目を細めて笑った。「不器用さん。でもね、好いよ」なまえは、彼の手を自分の胸の膨らみに当てた。

 海、ポラリス、シグナルを捉まえる、籠の中の小鳥、水星、ヒーローの息子、宇宙、やわらかな抱擁、小さな鳴き声、くるくると零れ落ちる、どこかいってしまおうか、サーモンランの前に、サーモンランの前に。