×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
宇宙に飛び出せば、流れ星みたいに輝いて、トゥナイト! エンペラー / Splatoon(comic) | 名前変換 | 8min | 初出20181222

ディスコの神様

 定時通りに会場であるコンブトラックについたが、辺りはまだとても静かだった。とてもじゃないが、これから大会の開かれる場所とは思えないほど。それもそのはず、今はまだ準備の時間帯だった。エンペラーは裏口に行き、係官にスタッフバッジを見せて中に入った。それから多目的室のようなところに通され、荷物を置く。一番乗り、か。彼は上品なコートを脱いで、戸惑った。この部屋、コート掛けがない。
 クリスマス・イブだった。
 エンペラーはこの聖なる日の前日に何をしているかというと、単発バイトをしにコンブトラックまでやって来ていた。バイト内容は、アマチュアの大会の運営および審判、だった。クリスマス杯、というらしい。
「なんだ、この大会は? 聞いたこともない」
 初めエギングJrからこのフライヤーを渡されたとき、エンペラーは可能な限りの怪訝な顔をして感想を零した。
「あー、やっぱり知らねえの? これ、ウデマエ上位者はあまり目に掛けないけど、この時期の大会にしちゃ参加者も観覧者も多い人気の大会だぜ」
「知らぬ。無名の大会ではないのか」
「人気だよ」
 エンペラーは尚もフライヤーを睨み続ける。そして、目線をエギングJrに戻した。「で?」と目だけで問いかける。
 彼曰く、そのうち大会主催の話もエンペラーにくるだろうから、バイトにでも行って勉強するのはどうか、ということだった。「エンペラー杯、とか」彼はからかい混じりにそう付け足し、エンペラーに鼻で笑われる。しかし、まあ。エンペラーは、フライヤーを丁寧に畳んでポケットにしまった。悪い話ではない。ここ最近、プリンツに何かを説くたびに「兄さんは世間知らずだ」と言われ続けていたのが気になっていた。こういうものに目を向ければ、プリンツも「やっぱり兄さんってすごいな。ぼく、兄さんみたいになりたい」と思うに違いない。……

 その一心で、エンペラーはバイトをしに来た。いきなりコート掛けがないというトラブルに見舞われたが、止む無く椅子に掛けることで解決した。やることもなく座って待っていると、ドアが開く音がして賑やかな声が飛び込んできた。入ってきたのは、明るいガールとちゃらちゃらしたボーイである。彼らはエンペラーに気付くと挨拶をした。
「こんにちはー! 今日一緒に仕事するなまえです!」
「どーもー! 主催者のアロハでーす」
 エンペラーも椅子から立ち上がり挨拶をした。なまえもアロハもエンペラーを見て、わあ本物だ、という顔をしていた。
「じゃあ早速、仕事に取り掛かろっか!」
 エンペラーとなまえの持ち場は、参加賞のラッピングと試合の審判だった。この大会には彼ら以外にも大勢のスタッフがいる。受付や整備など、観客の数に順応した結果らしい。その殆どが、アロハの友人たちで構成されていた。
「ねー、昨日大急ぎで焼いてきたんだよーピマフィン」
「わー、一年振りのピマフィン!」
 アロハが鞄の中から大量のタッパーを取り出して机に並べていくのを、なまえはわくわく、エンペラーは黙って見ていた。ラッピング前の参加賞らしい。ピマフィンとは……なんだ……? エンペラーの頭の中はそれでいっぱいであった。
 それっ、とアロハがタッパーを開けると、そこにあったのは焦げ目のついたピーマンだった。他のタッパーを開けると、またピーマンが顔を出した。
「てかさ、オレらも食べたいよね? いっぱいあるから一個つまんでいいよ」
 アロハに促され、ピーマンの一個を手に持つ。(これが、ピマフィン。庶民の食べ物……)心の中でそう呟いて、エンペラーは齧った。
「!?」
 飛び込んできた味に、思わず顔をしかめてしまう。アロハはすかさず、自分となまえとピマフィンに苦悶するエンペラーとを自撮りした。「王と、ピマフィンなう、ハッシュタグ、ピマフィン、クリスマス杯……っと」その場でSNSに投稿し、彼は「じゃねー」と部屋を去ってしまう。他の持ち場へ行くらしい。
「どう?」
 なまえはエンペラーに訊ねた。エンペラーは、「二度と口にしたくない」と答えた。ピマフィンはそういうものだからね、となまえは笑った。
 後から聞いたが、これはピーマンの中にマフィンの生地を入れて焼き上げたものらしい。クリスマス杯名物ピマフィンは、苦くて甘くて地獄の味がした。これを貰いに大会に参加するやつは全員頭がおかしいと思った。が、エンペラーは黙ってそれをラッピングした。
「意外と、手先が器用なんだね!」
 たまにエンペラーの手元を見ては、なまえは彼の仕事を褒める。彼は、ちょっぴり嬉しかった。馴染みのひと以外に、あんまりこんな風に接して貰ったことがなかったからだ。
「ねえ、もうすぐ大会が始まりそうだね。ピマフィンももう包み終わるし、外が騒がしいよ」
 耳をすませてみると、確かに外から海洋生物たちのくぐもった声が微かに聞こえるようだった。
 ワクワクするね。そう呟いたなまえの横顔が、妙にエンペラーの記憶に焼きついた。

 ラッピングの仕事を終え受付に納品すると、彼らは少しだけ多目的室で待機したのち、会場内に移動した。会場内はもうすでに観客や参加者たちで賑わっており、各々配布されたピマフィンを囲ってワイワイしていた。「ピマフィン、今年もクソ不味い」そう言いながら仲間と笑い合うイカ、タコたちを見て(……ああ、そういうもの、なのか)とエンペラーはひとり腑に落ちたりしていた。
 彼らの次の仕事は、審判である。彼女は去年もこの仕事を経験しているようで、エンペラーに旗を振り上げるタイミングなどを指南した。この大会はすべてガチエリアルールなので、エリアを盗んだときの旗上げさえしっかりしていれば、あとはカウント担当がいいようにやってくれるらしかった。
 兎に角、異様な空間だった。ミラーボールは回っているし、騒めきがつねにあった。公式のフェスマッチとも、また異なる雰囲気だった。もちろん、エンペラーが普段出ている本気の大会とも違った。
 ただひとたび試合が始まると、皆いつも通り真剣勝負だった。各チーム、初動や立ち回りに色んな戦略と工夫があり、エンペラーは旗上げに集中しなければならない局面以外は試合に釘付けだった。普段見ないような戦況がたくさんあり、物珍しさもあったかもしれない。
 ラスト一分!
 主催者であるアロハがそう告げると、頭上から金色の何かが降ってくる。エンペラーは度肝を抜かれて上を見る。金色の、紙吹雪のようだった。会場はひとたびわあっと盛り上がる。

 その波のような騒めきに、エンペラーは深く飲み込まれた。味わったことのない高揚が、腹の底から押し上げてくるようだった。

 隣にいたなまえが、ふとエンペラーの手を取り上に持ち上げた。驚愕して彼女のほうを向くと、彼女は「いいよ、上むいてて。スチール判定はわたしやるよ!」と言って真剣に試合のゆくえを見つめた。紙吹雪に夢中になって、旗上げをうっかり忘れてしまったようだ。彼女に操られる気分は、なんとも不思議だった。まるで自分が、この明るい少女になれたかのような心地。今まで触れたことのなかった世界に、実は昔から馴染んでいたような感覚。自分の中の何かが、新しくなっていくような気がした。

 試合が終わり、金の紙吹雪が降り止んだ。彼女の手が、離れていく。エンペラーは、彼女を見た。
「こういうの、初めて?」
「……どういう、意味だ?」
「だって、なんだか目がきらきらしてるの」
 彼女はふふっと笑って、マイクパフォーマンスをしているアロハの元へ行ってしまった。そして暫くやりとりしたのち、エンペラーを手招きした。
 オレは、どうしたい?
 少しだけ、自問した。取ってつけたように。でも答えは決まっていた。今、思うように振る舞いたい。楽しみたい。盛り上がりたい。彼は、ステージの上にあがった。そんな彼を、みんなが歓迎した。
 ミラーボールは回り続ける。