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君は、いい。これ以上気づかないでいい、君は。 ゴーグル / Splatoon(comic) | 名前変換 | 6min | 初出20181223

CHANT #1

 おとなになったら、何になりたい? 幼稚園生のころから呪文のように訊ねられてきた質問に、おれは未だに答えられずにいる。目の前にあるのは、おとなになった自分ではなくて、いつだって「今を生きる自分」のみだったからだ。そして、おれは今までそれを巧く説明できなくて口ごもってきた。そのたび、ゴーグルくんが黙るなんて珍しいね、と評され、将来の夢の話はいつも流されていった。
 周りのみんなは、おれよりも生きるのが上手みたい、それにおれが気づいたのも結構最近のことだった。ハイカラシティやハイカラスクエアでナワバリバトルを始めて、ガチマッチにも参加するようになって、二年。ウデマエがA+にあがったとき、友だちの器用さに気づいた。みんな、いろんなことを知っていた。ウデマエの上げ方、ステージごとにブキを持ち替えたりとか、バトル以外の娯楽のこと。お洒落なフクや雑誌、趣味ごとに友だちを分けたり、SNSのアカウントを複数持っていたり、恋の仕方やデートの誘い方、その先、もっとずっと先、おれにはやっぱりよくわからない世界までも、みんな器用に知っていた。
 おとなになるって、どういうこと? おとなにならなくては、いけない? 幼いときから大事にしている気持ちだけを抱いて歳を重ねては、子どものまま?
 おれはただ、バトルに夢中になっていたいだけだった。

 メガネくんとヘッドホンちゃんは、大学を目指すのだという。勉強を始めてからは、すっかりバトルに行かなくなってしまった。メガネくんはギアの開発会社の入社を目指すために、ヘッドホンちゃんは物理を研究するために。ニットキャップちゃんは、絵を描き始めた。SNSとかで、ちょっぴりブラックジョークの効いた漫画をあげている。なんか、すっごいいっぱいフォロワーがいる。今度、単行本を出すんだって。
 おれは友だちの頑張っている姿がとてもカッコいいと思ったから、素直に応援した。みんな、新しいことを始めている。おれには、インクを塗り広げることしか残らなかった。
 でも、最近はそれを純粋に楽しむことさえも難しくなってきている。

 なまえちゃんと待ち合わせをしてガチマッチの登録をしに行った。彼女はどこで出逢ったか忘れてしまったけれど、今でもずっとバトルをし続ける数少ない仲間だった。
 一足先にS+の土壌を踏んでいる少し歳上のなまえちゃんの目標は、Xに上がってランキング上位を目指し、スポンサーをつけることだった。バトルだけしていたいんだ、という彼女の気持ちは強くて、おれはそんな彼女のまっすぐなところを慕っていた。他の誰も持たない純粋さだったから。
「あー、やっぱ先月のホコ一位はエンペラーかあ。ジェッパ上手いし、マニュコラ安定だもんねえ」
 ロビーにあったランキングボードを見てなまえちゃんは唸った。ジェッパに頼ろうかずっと悩みながらシャープマーカー無印ではなく敢えてネオを持っていた彼女にとって、ジェッパ付きのブキが強さを証明したことは決心を揺らがす事態だったのだろう。
「ボムピッチャーだって、上手い人が使ってきたら充分打開できるよ」
 おれがそう言うと、「それな?」と言って彼女はおれの頭をぽんと撫でた。一時間後、またロビーで。そう約束して、おれたちはそれぞれのレートに潜った。

 ベッチューのスプラシューターを握って、リスポーン地点に立った。真っ黒なゴーグルに、真っ黒なケンサキコーチ。スニーカーは白のエンペーサー。最近よく使うブキとギアだ。カッコよくなったね、と昔の仲間に言われる。まるで、おとなっぽくなったね、と言うような響きで。おれは、おとなになったのかな。
 もうフクが勝手に脱げていたりとか、だれかのズボンを下げるようなおふざけからは流石に卒業した。ガチマッチだからこそ余計に、真面目にバトルするようにしていた。自分なりに築いたバトルのセオリー、後から色んな攻略情報を調べてみると大体合っているそれは、おれがマイペースに身に付けたものだった。おれの中の時の流れはゆっくりで、一年前も二年前もそんなに変わっていないのに、おれの置かれている状況だけが毎日細やかに変容している。

 バトルを一個重ねるだけで、おれは少しずつ何かに気づいてしまうんだ。

 一時間経って、またなまえちゃんと合流した。「びっくりした、ライダーとマッチングしたよ」彼女が出し抜けに話したのは、昔の仲間のことだった。
 ポテトフライを買って、作戦会議という名の休憩をとる。出した結論は、「ホコは持てるやつが持たなければならない」ということだった。
「なまえちゃんてさ、バトルたのしい?」
「なに、急に。楽しくなかったらやってないよ」
 話を逸らしてしまったかもしれないが、今思っていることをそのまま訊ねてみてしまった。今おれが知りたかったのは、ガチホコバトルの勝ち方ではなかった。
「どした? マンネリになってきた?」
 ポテトフライを食べる手を止めた。そういうときもあるよな、と彼女はポテトフライを食べた。そういうとき……というのは、長期的に続くものなのだろうか。
「前はさ、バトルが楽しくてしょうがなかったんだ。でも、最近は……。自分が、自分じゃないみたい」
 彼女もポテトフライを食べるのをやめた。ティッシュで手を拭いて、口を拭いて、んー、と口籠った。そして、こう言った。
「死ぬ気でやらなきゃ、楽しくないかもよ。S+まで必死になって上がってきな。誰よりもキルを取りな、セオリーなんか無視して。本当は、ゴーグルにこんなこと言いたくなかったけどね」
「どうして?」
「だって、ゴーグルとバトルしてると勝ち負け気にならなくなって楽しいからね。でも、本気になってみるのもいいと思うよ。ゴーグルだって、毎日変わってるんだからさ」
「おれ、変わっていってるのかな」
「変化は避けられないね。みんな、そう。でも、『じゃあ、その中でどうするか?』じゃない?」
 ふわっと、心が軽くなった。それからなまえちゃんは、「久々にリーグマッチ行かない? 好きなステージなんだよね。運が良ければXの人と当たれるかもよ?」と言って笑った。おれは、快く肯いた。その中で、どうするか。その言葉は、将来の夢の話よりもおれを奮い立たせてくれるもののように思えた。