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ドキドキは今以上の。 アーミー / Splatoon(comic) | 名前変換 | 4min | 初出20181221

BABY

 わかっているようで、遠い存在だった。

 ずいぶんと風が冷たくなってきた。まだ暑いのに格好がつくからといって黒いTシャツの上から無理やり重ねて着ていたミリタリージャケットも、今では頼もしい風除けになってくれている。それでも少し、冷えるくらいだ。とある場所では雪が降ったらしい。ちらつくほどの、些細な結晶だったようだけれど。
 寒いから今日はカレーにしよう、とメールを送ったら、五分後に「また?」と返ってきた。練習中のことだった。ポケットの中の携帯端末が揺れるから、物陰に隠れて盗み見る。彼女が笑いながら「また?」と言うのが容易に想像できた。
 なんて返そうか。
 眉間に皺を寄せて懸命に考えたが、それから続けて、「ちょうど買い物してたから、ニンジンとジャガイモ買ってくるね」ときた。彼はぷつんと緊張の糸が切れ、今日はもう練習を切り上げようと決心した。
 愛しいのだ。何より大事で、命と引き換えにしたっていい。彼女を想うと、取り留めのない感情で胸の中がいっぱいになってしまうのである。そのような思惑で練習を切り上げると、決まってメンバーに「また奥さんですか?」と見抜かれる。「お、奥さんではない、今はまだ」そう言い返すも、「もう奥さんみたいなものではないですか」「隊長だって奥さんって呼ばれて嬉しい癖に」「全部顔に出ますよね」このような感じで手玉に取られて終わる。煩い、お前ら最近気が緩んでいるぞ、と一喝し(鏡に映して自分に言ってやりたいくらいの理不尽な一喝だが)くすくすと笑われながら見送られる。そうして寒風のなか、暖かい家に戻るのだ。

 なまえのことを完璧な女性と信じてやまなかった。それなりに長いこと一緒にいるが、嫌なところが見つからない。いつも笑顔を絶やさないでいて、気難しいアーミーにも萎縮しないで同じ優しさをくれた。出会った瞬間から、そうだった。彼女はロビーの受付をしていたから、彼はバトルに行くたびに彼女と自然に話すことができた。一回目、二回目、三回目。花のように笑う彼女に、会うたび惹かれていった。そしてそれは、歯止めの効くような想いではなかった。だから彼が行動を起こすと決心を固めるまで、そう時間は掛からなかった。なにかのマニュアルを読んで、不慣れなデートの誘いをした。上手くいかないかもしれない、と危惧した。でも、彼女はちゃんと受け止めて微笑んでくれるひとだった。彼女の印象は、それからずっと変わっていない。

 家に戻るとスパイスの香りが鼻をくすぐった。ブーツの紐を解いてジャケットをコート掛けに掛けると、彼女はやっとアーミーの存在に気付く。おかえり、と笑った彼女はいつも通りだった。彼はほっと胸を撫で下ろした。
 いつだったか、彼女の様子が少し違ったことがあった。何度かそういう時があるのだ、直近のその日は確かビーフシチューの日だったかと思うのだけれど。調理をしながら、思い詰めた様子で、作り笑いをしていた。彼はそれに如何様にも反応できなかった。何しろ、彼女がそういう表情をするのは、本当に稀なことだったから。
 なまえが何を思ってどう生きているかなんて、アーミーには枝葉ほどにしかわからない。それはなまえにしたって同じだろうけれど、だからこそアーミーは、彼女に対して伝える言葉や差し出す愛情には気を付けていた。それが彼女から見るアーミーのすべてになってしまうからだ。粗末にしていたら、愛想をつかされても仕方がない。たとえ彼がどれだけ、胸の奥で彼女を大事に思っていたとしても。
「なまえ、食事が終わったらどうかと思って買ってきたぞ」
「ケーキ? ありがとう! 甘いものすごく好きなんだ」
「知ってたよ」
 彼女は笑って、ケーキの箱を冷蔵庫に入れようとした。彼はそれを制止させ、箱を電子レンジの上に一時的に置く。きょとんとする彼女を、半袖の腕でぎゅっと抱きしめた。あまりに急なことだったから、彼女は甘い雰囲気より先にくすくすと笑い出した。
「もう、どうしたの」
「愛している」
「知ってるよ」
「優しいな」
 彼女がだれかの写真を夜な夜な眺めていることだって知っていた。でも、抱き返そうと背中に回してくれる腕が偽物だなんて思えない。いつか彼女が過去のことを自然と忘れて、ふと泣いてしまう日がなくなったらいい。ただ、それだけだった。