×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
童謡はもう終わったよ ゴーグル、ニットキャップ / Splatoon(comic) | テキスト | 11min | 初出20180419

おうさまだれだ

 真夏のせいだったのかもしれない。照りつける太陽がそうさせたのだ。帽子をはずし、ゲソを畳の上に無造作に放り出したニットキャップは、茹だる熱を色っぽく細めた眼に隠してゴーグルを見た。ゴーグルと目が合う。火花が散るようにドラマチックだった。見慣れない彼女の姿を見て、ゴーグルは身体中の血管が爆発するのではないかと思うほどの焦燥を感じた。ニットキャップの右手がゴーグルの肩に絡む。そのままスルスルと這い、ゴーグルの一つ結びにされた髪留めを解いた。バラリ、零れ落ちたゴーグルのゲソを見て、ニットキャップは笑った。
「ゴーグル、いつのまにかオトナっぽくなったね」
 ゴーグルの頼りなく握られたままだったこぶしが、明確な意志を持って開かれニットキャップを覆った。

 そもそも、今日はただの練習日であった。
 いつも通りゴーグルの遅刻から始まったブルーチームの練習は、午前と昼休憩と午後とで、合わせて五時間ほど行われた。負け試合の方が若干多かったため、メガネによる長めの反省会が執り行われたが、それ以外は平常通りの練習だった。無事反省会が終わると、ヘッドホンは安心したように息を吐き、ニットキャップとゴーグルは戯れ合い始めた。ニットキャップがゴーグルのゲソを引っ張ったことにより始まり、ゴーグルもそれを拒否せず「ニットキャップにやられた!」とふざけて倒れこんだりしている。そんなふたりを見て、ヘッドホンとメガネは長いため息をついた。
「ねえ、わたしたちガチマッチに行くね」
「今日はこれで解散しよう」
 仲良く遊ぶふたりを置いて、ヘッドホンとメガネは再びロビーへ足を向けた。「あっバイバイー!」とニットキャップが手を振り、ゴーグルもイカの姿になってピョンピョン跳ねている。メガネはホクサイを担いで、呆れながらこう言った。
「アレで付き合ってないんだから、凄すぎるよ……」
 ヘッドホンもメガネのほうをチラリと見て、「まあ、このままで居て欲しい気持ちもあるけどね」とクールに言った。
 残されたゴーグルとニットキャップは、「ニットキャップにやられたごっこ」をやめて、去りゆく仲間の背中をヘラヘラと笑って見つめた。
「ガチマッチかー」
 ニットキャップがつぶやく。
「ニットキャップちゃんは、ガチマッチあんまり行かないの?」
「うん、わたしが入ると味方がケンカするんだー。ゴーグルは?」
「オレもー! 連携がとれない!」
「やっぱり、ヘッドホンとメガネがいないとねー」
「そうだよねー」
 C-とCの間を行ったり来たりしているふたりは、ゆるくそんな会話を交わした。これからどうしようか、という話題を切り出そうとしたときに、ちょうど互いの腹がグウと鳴った。あ、と顔を見合わせ、ふたりはニヘラと笑い合う。
「おなかすいたね!」
「そうだねー、おなかすいたー」
「そしたらニットキャップちゃん、うちくる?」
「え?」
 ゴーグルはいつも通り無邪気に誘った。ゴーグルの家は広い平家で、みんなで集まるときは昔からゴーグルの家と決まっていた。だから、ごく当たり前のお誘いだったのである。しかしニットキャップは、元気な笑顔はそのままで、少し戸惑うように訊き返した。
「ゴーグルの家?」
「うん、じいちゃんもそろそろモズク農園から戻ってくると思うし、一緒に桜餅でも食べない?」
「あー、いいよー! 行こー」
 そうして、ふたりはゴーグルの家に向かった。

 ゴーグルの家は、ハイカラシティから少し山のほうへ向かったところにある。閑静で、そもそもあまり他の住人がいない。家と家の間隔も広く、道も舗装されてはいるが真っ直ぐではない。木々は手入れされておらず、野生のままの姿をしている。
「なんか、不思議ー」
 ニットキャップが言った。なにが、とゴーグルが訊き返すと、ニットキャップは「来たことない道みたいに感じる」と言った。久しぶりだからかな、とゴーグルは思った。ゴーグル自身はいつもの帰路なので、ニットキャップのその気持ちに添うことはできなかった。
 ゴーグルの家は、家もさながら、土地全体が大きい。家以外は庭や農地になっていて、それでも手入れしきれず野生林のような箇所があるほどだった。夏の空気と強い日差しが、それらの葉を青々とさせていた。虫の鳴き声がする。どこから運ばれてきているのか不明だったが、線香の仄かなかおりが鼻をくすぐった。飛び石を律儀に踏んで歩くゴーグルの真似をして、ニットキャップも同じようにする。しかし慣れないことをするからか、途中で躓いてしまって、ゴーグルの背中に鼻を盛大にぶつけた。
「ニットキャップちゃん、大丈夫!?」
「ごめんー! ビックリしたー」
 ニットキャップは鼻を赤くしながら、アハハと笑った。ゴーグルはニットキャップの手を取った。すると、ニットキャップの目がはっと見開かれる。
「また転んだら危ないよ! 玄関までオレが支えてあげるね」
 ゴーグルはニットキャップの手を引き、ゆっくり歩いて玄関まで向かう。ありがとう、ニットキャップは小さな声でそう言った。
 玄関の引き戸をガラガラと開ける。
「ただいまー!」
 ゴーグルは元気よくそう叫んだ。ゴーグルの声が木の家の中に反響し、そのあとまた静寂が訪れる。まだ、祖父が帰ってきていないようだった。まあいいや、とニットキャップを家にあげる。靴を脱いで、軋む廊下をトントンと歩いた。居間までやってくると、低い食卓机の上にメモがあるのを見つけた。
「えっじいちゃん夜まで帰ってこないの!?」
 ゴーグルは吃驚したのち、ニットキャップを居間に待たせて台所へ回った。なにか食べられるもの、飲めるもの……そうして探し出したのは、梅干しと海苔とぬれせんべいと水出しの麦茶だった。
「ごめんニットキャップちゃん……こんなのしかない……いつもならじいちゃんが桜餅買って帰ってくるんだけど、これならコンビニ寄ってきたほうがよかったね」
 ゴーグルの家からコンビニまで歩いて二十分かかる。今からコンビニに行くと、遊ぶ時間がほぼなくなってしまう。
「いいよー、海苔大好き!」
 ニットキャップは、笑った。ゴーグルはホッとして、それらとガラスのコップをふたつ、食卓机に出した。

 それからふたりは他愛ない話をしながら、梅干しと海苔とぬれせんべいを食した。海苔で梅干しとぬれせんべいを包むと美味しいんじゃないか、とゴーグルが言うのでふたりで梅干しの種を除いて挟んで食べてみたが、特筆する味ではなかった。話題は様々だった。ヘッドホンとメガネのこと、この間のナワバリのこと、ライダーやグローブのこと、テレビのこと、漫画のこと、昨日の夕飯、毎朝の朝ご飯、好きな食べ物、嫌いな食べ物。
 一通り話切って、ゲームでもする? とゴーグルが言った。ニットキャップが大きく頷いてくれたので、ゴーグルは自分の部屋からテレビゲーム一式を持ってくる。
「あー、このレーシングゲーム懐かしいー」
 ニットキャップがソフトのうちの一つを指差す。エビのキャラクターで有名なレーシングゲームだった。じゃあこれやろっか、とソフトを差し込んだ。コントローラの有線は扱いのせいでひどく捻れていて、ぶら下げるとコントローラがクルクル回った。
「ねえ、前みたいに、罰ゲームありにしようよ」
 ニットキャップが提案した。ゴーグルは一つ返事で快諾した。彼らの間での罰ゲームとは、一位のひとが最下位の人に命令するという、所謂王様ゲームだった。この場ではふたりしかいないので、勝者が敗者になにか命令をするということになる。ヨーシがんばるぞ! とゴーグルは意気込んだ。しかし開始早々アイテムを取り損ね、ショートカットに悉く失敗し、コースアウトも数知れないほど冒してしまう。ゴーグルはニットキャップにいい勝負もできず、アッサリと負けた。
「ウソだあああ……」
「よわー」
 ゴーグルを笑うが、ニットキャップだって操作は下手で、ガンガンと壁にぶつかってばかりだった。でも、勝ちは勝ちである。コントローラを畳の上に置いて、ニッコリ笑った。
「じゃあ、ニットキャップちゃんが王様だね……うう、あんまりヒドくないのでお願い!」
「うーん、どうしよっかなー」
「コワい笑顔だ……!」
 ゴーグルはドキドキしながらニットキャップの命令を待った。ニットキャップは、正直すこし変わっている。それはアホなゴーグルでも重々承知していた。いつもニコニコ笑っているが、彼女はバカではないのだ。すごく賢くて、鋭いところがある。
「そしたらさ、……ごっこして」
「へ?」
 唇は動いていた。しかし重要なところだけは、音にしてくれていなかった。ニットキャップはゴーグルに飛びついて、後ろに向かって倒した。背中と頭を畳に軽くぶつけ、ゴーグルの視界が揺れた。クラクラ、してしまう。胸焼けに似たようなつっかえを感じる。そして、ニットキャップはゴーグルの腹の上に跨る。彼女の熱い体温が、薄いショートパンツをいとも簡単にすり抜けて、ゴーグルの腹まで伝った。
「ニットキャップちゃ……」
「あついね」
 帽子をはずし、服の首元を引き下げ、ニットキャップが言う。ゴーグルは、本能的に、興奮してしまう。熱い。たしかに、身体中から火を噴きそうだ。これは、なに? しらない。でも、わかる。いままで、きづかなかった。オレたち、もうそんなオトナになっちゃったの?
 ゴーグルは身を起こし、ニットキャップを畳の上に横たわらせた。本当は、ここでやめるつもり、だった。でも、ニットキャップが悪かった。そう、わるいのはそっちだ。ニットキャップはスルスルと手を伸ばし、ゴーグルの髪留めを取ってしまう。バラリと零れ落ちた彼のゲソを見て、彼女は「オトナになったね」と笑った。
 童謡の終わりは、確実にそのときだった。

 夕刻になり、空はまだ明るいが陽は沈んでいった。そろそろ家族が帰ってきてしまう、ゴーグルはニットキャップに服を着せ、自分も身支度を整えた。コップに残っていた麦茶をニットキャップに勧めると、彼女はこくんと頷いてそれを飲み干した。
「ねえ、次はうちにくる? 明日のお昼なら、だれもいないよ」
 カラカラカラ、彼女は笑う。でも、その笑みは子どものそれではなかった。「王様には逆らえないよ」羞恥と焦がれを押し隠すようにゴーグルは言って、ゲソをいつもの位置で結んだ。逆らえないんじゃない。彼女を求めているのは、こっちのほうだ。