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ライダーと一緒にナワバリに行って、わたしは恋に落ちた ライダー / Splatoon(comic) | 名前変換 | 22min | 初出20180221-0226

あなたしか見えない

 急編成のチームだった。ゴーグルとニットキャップと試し撃ち場で遊んでいたらそこへライダーがやってきて、それでナワバリに出ようという話になったのだった。
 わたしたちはそのとき、メガホンレーザーで遊んでいた。味方が発するメガホンレーザーの中を歩くのって楽しいよねという話をしていて、せっかくだからとボールドマーカーを貸してもらって、たくさん塗ってはギャンギャンとスピーカーを鳴らして音の海を闊歩した。わたしたち三人は、阿呆だった。一人ひとりもそれなりにだけれど、三人集まってしまうと秩序がないので余計に阿呆になった。大音量と大爆笑で頭がおかしくなりそうになった頃、ライダーがやってきて渋い表情をしたのである。
 強面のライダーに声をかけたのは勿論、怖いもの知らずのゴーグルである。
「ライダーも試し撃ち? よかったらメガホンレーザーで一緒に遊ばない?」
 誰が一緒に遊ぶか、と冷たく目を逸らされた。「じゃあ一緒にナワバリでもいく?」ゴーグルは純粋にしつこく誘う。「誰が」と短く拒否するライダーに「逃げるの?」と無邪気に笑い挑発したのは勿論、ニットキャップである。阿呆だけど怖がりなわたしは終始オロオロしてしまい、今、デカライン高架下にて、まんまと挑発にのったライダーの隣で、やっぱりオロオロしている。前の方ではニットキャップとゴーグルが、いつも通りふざけて笑いあっている。わたしは必然的に、ライダーとふたりきり、無言でバトル開始まで過ごすことになってしまう。
「試し撃ち、どれを試す予定だったの?」
 アレコレ悩んで絞り出せた話題が、コレしかなかった。ライダーはちらりとわたしに目配せをして、「ジェットスイーパー」と一言だけで答えた。ジェットスイーパーは長射程のブキである。確か、スペシャルウェポンは、トルネードだ。ライダーが今担いでいる、ダイナモローラーテスラと同じである。
「やっぱり、トルネードが好きなんだね」
「わりいかよ」
 吐き捨てるように、ライダーは言った。あああ怖いよお、早く家に帰りたい……本音はこうだが、わたしは笑顔を貼り付けて、「トルネード、いいよね。わたしも好きなんだ」と思ってもいないことを言う。そうしてバトルは始まった。始まってしまえば、変に気を使わずに済む、わたしは思わずホッとしてしまう。
 ゴーグルはライダーと一緒に前へ飛び出して行った。「ライダー前線押し上げてこうぜー!」と言うゴーグルに「お前に言われなくてもそうさせてもらうぜ!」と張り合うようについていくライダーを見て、ニットキャップは「ライダーも阿呆ちんだー」と暢気に笑っていた。ニットキャップは右端にある高台へ。わたしはボーイ二人の後ろについてラピッドブラスターで牽制をする。ゴーグルは敵のブラスターにやられてスタート地点に戻されてしまったが、そのブラスターもそのまた隣のボールドマーカーもライダーがまとめて薙ぎ払い、前線にいた敵陣の数は次第に少なくなっていった。
「よっしゃー、しゅつげきー!」
 ピョンと降りてきて、ニットキャップが敵陣を塗り固めていく。「ニットキャップちゃん、お待たせー!」と、彼女がいた高台からゴーグルも顔を出した。スーパージャンプで戻ってきたようである。
「もう前に行っちゃったよ!」
 わたしはゴーグルに教えてあげる。「えっ先越された!」焦って、彼は急いで彼女を追いかけに行った。
 よし、わたしも……そう思ってイカの形に戻ろうとしたとき、「待て」と手を引っ張られる。ライダーだった。
「お前は行くな」
「な、なんで?」
「不用意に押し上げて全員落ちてみろ、逆転されて負けもあり得るぞ」
 彼の目も表情も真剣そのものだった。鋭い目をした彼が真剣な顔をすると、ことさら威圧感がある。そしてライダーの言い分は、とても的を射ていた。しかし、わたしはその提案を私情で受け入れたくなかった。ライダーと二人きりは困る。ニットキャップとゴーグルが近くに居ないと、とにかく落ち着かないのだ。お願いです、カミサマ、イカの先祖様、早くこの気まずい状況からわたしを救ってください……わたしの内心はこうだったが、わたしは努めて可愛らしく「ら、ライダーが残っててくれたら大丈夫だよ!」と言ってみた。ライダーは苦いものでも食べたような顔をして、「バトルはひとりじゃ、勝てねえんだよ……」と小さく言った。
 そのときだった。今まで静かだったステージの中央に、だんだんと射撃音が響くようになった。敵陣のインクが、こちらにどんどんと押し寄せてきているのが判る。「チッ」ライダーは舌打ちをする。「あいつら、早速溶けやがって」
 ライダーは、わたしの手を取ったままイカの姿に戻ってセンプクした。わたしもインクに引きずり込まれるようにイカのかたちに戻り、ライダーとふたり、インクの中に潜む状態になる。
「スペシャルウェポン、発動できるか」
「あと少し貯めれば」
「貯めろ。タイミングを見計らって、トルネードを撃ってやる。それを合図に、お前はバリアを発動しろ。トルネードの中心でお前を待つ。オレにバリアを分けるんだ」
「それで……」
「あとは、わかるだろ。よし、行くぞ!」
 え、え、なに、なに、どういうこと? あまりにも突然に終わった作戦会議にわたしは戸惑った。目で追いかけたライダーは、前の方に出てダイナモローラーを振っている。
 ……ああそうか、足止めしてくれてるんだ!
 やっと状況が飲み込めた。わたしは周りを塗れるだけ塗って、スペシャルウェポンが発動できるところまでゲージを貯めた。「ライダー!」声を掛けると、ライダーは一度引き上げて、デカライン高架下の真ん中に戻って、トルネードを発生させた。
 トルネードは、強い風圧とインク圧で高架下に高い塔を打ち立てた。でも、同じインクなら、へっちゃらである。わたしはバリアを発動して、トルネードの中に潜った。ライダーのインクは、少し温かかった。真っ黄色でよく見えなかったけど、ライダーの、おそらく肩に触れることができたようだ。バリアが彼にも移り、わたしはそのまま彼に手を掴まれ、空へ向かってインクの中を泳いでいく。
 あとは、わかるだろ。ライダーの言葉を思い出した。わたしとライダーは、インクを蹴り上げ宙に出た。そしてそのまま、ライダーはダイナモを振り上げ、わたしはブラスターを放つ。相手が咄嗟に撃ったインクは、すべてわたしのバリアが弾いた。ライダーの電気を帯びたインクとわたしの起爆したインクは相手に命中して、見事、わたしたちは窮地を脱することができた。
「すっげえー! トルネードから飛び出してきた!」
「いいなあー楽しそうー! ねーねー今度はトルネードで遊ぼうよー!」
 スタート地点から戻ってきたゴーグルとニットキャップが興奮しながらそう叫んだ。「お前ら! さっさと前に出ろ!」「はいはーい」ライダーの怒鳴り声も、あの二人にかかれば無かったことになってしまう。
 わたしはまた誰もいなくなったステージの真ん中で、ライダーを見つめた。肩に担いだ大きなダイナモローラーで背中も表情も隠している。ライダーは、不意に振り返った。バチッと目が合う。反射的にわたしが目を逸らそうとしたそのときに、ライダーは「きれいなトルネードだっただろ?」と得意げに笑った。ああ、わたしの言ったことを鵜呑みにしているんだ……。わたしは、トルネードのことなんて、やはりどうでもよくて、でもそれを否定する気持ちにもなれなくて、トルネードに一緒に潜ったときのライダーの体温や、跳ね上がったときのうねるような興奮を思い出して、言葉を失った。ブキさえも、落としてしまいそうだ。今のわたしには、敵のインクもゴーグルもニットキャップも目に入らない。目を細めて笑うあなたのことしか、見えない。

 わたしは、あの日から、どこかが少しおかしくなった。
 トルネードで遊ぶ名目で、わたしたちはまたもや試し撃ち場までやってきていた。本当はわたしとニットキャップとゴーグルの、お決まりの阿呆三人組で遊ぶ予定だったのだけど、ゴーグルはどこで捕まえてきたのかライダーを連れてきた。まさか、彼がこの阿呆の付き合いにまた来てくれるとは……意外だったけど、わたしは素直に嬉しかったし、ライダーも別に嫌ではなさそうであった。
 トルネードが撃てるブキを貸してもらったニットキャップとゴーグルは大喜びで、たくさん塗ってはトルネードを撃ちまくって遊んでいた。わたしは二人とは離れたところで、一人でインクを放った。スペシャルゲージが半分くらい溜まった頃、粛々と的に向かってローラーを振っていたライダーに声をかけられた。
「トルネードは撃ち慣れてるのか?」
 彼はわたしが「トルネードが好き」と言ったことをまだ覚えていたようで、そんなことを話しかけられる。わたしは、今度ばかりは正直に「ううん、使ったことはなくて」と答えた。
 そうしたらライダーは、わたしのことを馬鹿にするでもなく、見下すこともなく、丁寧にトルネードの使い方のコツを教えてくれた。隙ができるから、必ず敵の来ないところで使うこと。あらかじめステージごとに落とすところの目星をつけておくと尚良い。発射から着弾までは一秒。モニターの使い方も教えてもらった。「落としたいとこを押すだけだけどな……」一緒に持ったときに思わず手が触れて、ドキッとしてしまう。
 何度も言うけど、わたしはちょっと抜けていて、頭があまりよくない。なので、ライダーが教えてくれたことを頭だけで理解するのは無理だと思った。ハテナマークが実際に見えそうなくらい首を傾げるわたしを見て、ライダーは少しだけ声を漏らして笑った。その緊張が抜けたような表情に、わたしは釘付けになった。ぼうっとするわたしと向き合ったライダーは、何を思ったか、わたしの頭をポンとやさしく撫でた。
「撃つ間は、オレの後ろに隠れておけ」
 言ってから恥ずかしくなったのか、ライダーはふいと顔をそらす。わたしは耳まで真っ赤になって、どうしようもなくって、ライダーの左耳で光っているピアスだけを見つめた。そのときだった。大きな笑い声がして、わたしたち二人のあいだにミサイルが撃ち込まれる。トルネードに巻き込まれ、一瞬、視界が自分たちと同じ色のインクで染まる。インクが晴れてゆくと、遠巻きではしゃいでいるニットキャップとゴーグルが見えた。
「ねーねーふたりともこっちきて一緒に遊ぼうよー!」
「あはははは! たのしー!」
「っは……幼稚園児かよ」
 ライダーは乾いた笑みをこぼし、でも満更でもないような感じで、二人の元へ歩み寄った。わたしの頭に触れていた手が、名残惜しく離れて行ったような気がした。

 わたしはいろんなことに鈍いけれど、恋の報せは普通のイカ並みによく判るようだった。この間のナワバリでライダーのトルネードに潜ってから、彼の行動言動一つ一つに心臓を掴まれているような気持ちになっている。これはわたしの気のせい、というだけの話では、ないはず……だって、好きでもない子の頭なんて、普通撫でないでしょう?
 ライダーから何か貰うたびに、わたしは自分の気持ちが大きくなるのを感じた。このままだと、本当に好きになってしまう……本当に心を奪われてしまう。それが、たまらなく怖くなった。本気で他人を好きになったのは、今まで生きてきた中で、ほとんど初めてのことだった。

 ライダーと連絡先を交換した。これはトルネードの試し撃ちをしたすぐ後のことである。「そういえば連絡先交換してない!」とゴーグルが声高に思い出したことによって、わたしたちはスマートフォンをくっつけることになった。わたしたち三人はすでに登録済みなので、みんなはライダーと、ライダーはみんなと交換をすることになる。
 わたしとライダーが交換をしたのは、一番最後だった。先に交換したふたりが、ライダーのプロフィールかなにかを見てなにか楽しそうにしゃべっている。「あんまりジロジロ見るんじゃねえ」とライダーはたしなめつつ、わたしのほうに向き直って「ほらよ」と言ってスマートフォンを差し出してくれた。わたしは彼のスマートフォンに、自分のそれをコツンとくっ付けた。
「……あー、なまえ?」
 どきっと、した。ライダーに名前を呼ばれたのなんて、初めてではないだろうか? もしかして、ディスプレイにわたしの名前が表示されるまで、わたしの名前知らなかったのかな……複雑な気持ちになりながらも、わたしは「なに?」と返事をする。
「今度、タッグマッチに行かないか」
「えっ、でも、わたし、B……」
「関係ねえよ……」
 これはどういう意味で捉えるべきなのか、わたしにはもはや見当がつかなかった。どうしよう、不安が波のように押し寄せてくる。もし、わたしがヘマをして彼の足を引っ張ったら。うまく、トルネードが撃てなかったら。可愛くない笑顔で、話しかけてしまったら。へんなことを、口走ってしまったら……。ありとあらゆる不安が、わたしを襲った。いやだ。きらわれるのは、いやである。だからわたしは、こう言った。
「うん、また今度ね……」
 そのあとライダーから貰った連絡も、当たり障りのない言葉で不器用にはぐらかした。

 あれから一週間は経っただろうか。ゴーグルにバトルに行こうと誘われたけど、断った。ゴーグルと行くのが嫌だったわけではない。もしライダーがいたら、と思うと、行くのが怖かっただけである。
 でも、久々にバトルに行きたい気分だった。何しろ、彼を避けるためにハイカラシティに行くのを躊躇っていたからである。ちょうど、短期バイトを終えたヘッドホンが久々にバトルに行けると言っていたので、声をかけてみた。返事は「オーケー」で、「ヘッドホンは何に出たい?」「うーん、やっぱりナワバリよりガチなほうがいいかなあ」とのことだったので、待ち合わせをして一緒にタッグマッチのロビーに向かった。今の時間は、ガチヤグラだった。ネギトロ炭鉱のヤグラを追いかけてインクを塗っているときは、彼のことを忘れることができた。しかし、誰かがトルネードを撃つたび、わたしはその高い渦巻きに目を奪われる。ライダーの体温を、思い出してしまう。隙だらけになったわたしは、簡単に溶かされた。わたしのあまりの立ち回りの悪さに、やさしいヘッドホンは心配してくれた。
「なまえ、どうしたの? らしくないよ」
 スクイックリンを肩にかけて、不安そうにわたしを見る。らしく、ない。ヘッドホンの気遣いと真理を突く言葉に、わたしは「ううう……」と声にならない音を出して手で顔を覆った。ヘッドホンは、大慌てでわたしの背中をさすった。泣いていると思ったらしい。残念ながら、泣いてはいない。でも、おなかとむねが、締め付けられるようで苦しかった。
 バトルには出たくても出れないので、ハイカラシティに戻った。ヘッドホンが、カフェまで行ってココアを買ってきてくれた。わたしは温かいココアを身体に入れて気分を落ち着かせた。そして、ポツリ、ポツリと、何があったかを打ち明けた。ヘッドホンはアイスコーヒーを飲みながら「なまえが、あのライダーをねえ……」と、反応に困った、というような感じで呟いた。
「まあ、顔はカッコいいよね。ファッションも、似合ってるし」
「あとね、すごく、優しいの」
「え……? あー、そうなんだ……」
 ヘッドホンは鉄柵に寄りかかってコーヒーの氷をガラガラと揺らした。わたしは鉄柵に腰かけたまま、ココアのカップの飲み口をじいっと見つめたままだった。
「一緒に出たら? タッグマッチ。わたしとじゃなくてさ」
「その勇気があったら、こんなに苦しくないと思うんだ……」
「あーそうだよね……」
 俯いたときだった。「あれー、なまえじゃん!」と大きくて明るい声で呼び掛けられる。まさかとは思ったが、そのまさかで、ゴーグルだった。後ろには示し合わせたようにライダーがいて、その後ろをヘラヘラと笑うニットキャップと、疲れた様子のメガネが付いてきていた。
「なんだー、ヘッドホンちゃんと一緒にいたんだー」
「アレー? ヘッドホンちゃん、バイト終わったの?」
 ゴーグルとニットキャップが、久々に会ったヘッドホンに口々に話しかける。「うん、終わったよ」とヘッドホンは飲み終わったコーヒーのカップをゴミ箱に投げ入れながら答えた。
「じゃ、久々にナワバリいく?」
 ニットキャップがバケツをゆらゆら揺らしながら提案する。
「え!? 今からまたナワバリ!?」
 疲弊が尋常ではないメガネが即座にツッコミを入れた。どうやら四人は、今までナワバリに行っていたようである。
 ライダーは、鉄柵に座ったままのわたしに近づいて「久しぶりだな」とわたしに声をかけた。わたしはそれだけで気持ちが飛び跳ねてしまい、手に持ったココアが落ちないように、器用にバランスを取るので精一杯になってしまう。
「……具合、悪いのか?」
 浮かない様子のわたしを見て、ライダーが顔をしかめた。わたしは手を振って否定し、何でもないよ、と答えた。
 しまった。具合が悪いことにして、帰ればよかった。
 わたしの後悔は見事に現実のものとなり、わたしは行きずりに、ゴーグルたちと、そしてライダーと、ナワバリに出ることになった。

 ヒラメが丘団地のナワバリバトル。マッチングの結果、わたしとヘッドホンとライダーが味方で、残り三人は敵陣になった。
 ある程度事情を把握してくれているヘッドホンが味方になってくれたことは、きっとわたしにとっては良かったのだろう。わたしがフラフラしているときは支えてくれて、ライダーが何か話しかけたい雰囲気を醸し出しているときはそっと距離を置いてくれたりした。しかしライダーは、雰囲気だけは充分に漂わせておきながら、具体的に何か話しかけることはなく、お互いに変な気まずさを抱えたまま、バトルの開始を迎えることになった。
 わたしはわざと、ライダーを先に行かせて、ライダーが行かなかったほうの道を選んで塗り進めていった。なんとか鉢合わせることもなく、半分以上の時間を経過することができた。もう半分……これが終わったら、わたしは用事を思い出したことにして帰るつもりだった。ばったり遭遇しないように、団地の高いところに登ってライダーが何処にいるか把握しておこう。そう思って、上に登った。ヒラメが丘団地のてっぺんは、空気が湿っていて、空が近くて、とても気持ちがよかった。
 ぐるりと見回してライダーを探す。ウデマエの高い彼のことである、なかなか見つけることはできなかった。自陣のインクで塗りつぶされているてっぺんを、わたしはヒトの姿のままで歩き回った。正直、緊張が解けて、かなり気を抜いていた。突然、グイッと足を掴まれる。わたしは驚いて素っ頓狂な声をあげた。
 足を掴んだ方を、見る。インクからゆっくりと形を変えて這い上がってきたのは、やはりと言うべきか、ライダーだった。
「なまえ」
「な、な、なんだー、ライダーか……」
「なんだ、じゃねえ。お前、オレのこと、避けてるだろ」
 苛々を隠しきれない様子で、ライダーはわたしに詰め寄った。「い、いや……!」わたしはほぼ反射的に、ライダーに向かってブキの引き金を引いていた。
「オイ……オレにそれが効くわけないだろ」
 正論を言いながら、ライダーはダイナモを肩に乗せわたしに近づこうとする。わたしは比例してだんだん遠ざかる。溶かすことはできないけど、インクの圧で多少はライダーの歩みを遅めることができているみたいだ。そしてそうこうしているうちに、わたしのスペシャルゲージが満タンになった。
 ライダーは痺れを切らしたのか「……、なまえ」わたしの弾を避け、器用に距離を詰めてきた。わたしは心臓が破裂する思いだった。こないで、こないで、こないで! わたしはトルネードを発動する。同時に、後ずさりすぎて、足を踏み外す。あ……と思っても、もう遅かった。わたしの身体は宙に放り出された。モニターは手から滑り落ち、わたしも屋上から真っ逆さまに落ちた。「なまえ!」ライダーも後を追うように、飛び降りた。
 発射から着弾までは、ほぼ一秒である。手から落ちる間際に、わたしはわたしのいる場所に、トルネードを撃ち込んだようだった。わたしより先に地面に落ちていったミサイルが、大きな爆発音と風速を伴いながらわたしの身体を包み込んだ。洗濯機のような、強いインクの流れに身体が引っ張られる。その一瞬あと、だった。わたしは後を追って落ちてきたライダーに抱き締められていて、わたしが目を見開くと彼は悔しそうに笑って、そのままトルネードの中でふれあうだけのキスをした。
 トルネードが去った後、ライダーは真面目な顔をして「なまえのことが、好きだ」と言った。わたしはやっぱり信じられなくて、その場ではうまく返事ができなかったけれど、答えはもう決まっていたし、ライダーもそれを確信しているみたい、だった。そうでなければ、そんな風に目を細めて笑ったりしないと思う。

 トルネードが起きたくらいで、それはバトルの日常風景である。とくに味方からも敵からも注目されないまま、わたしはライダーにぎゅっと抱き寄せられたまま、バトルが終了した。わたしたちが途中サボっていたせいもあって、今回勝ったのはゴーグルたちだった。
「やったー! このまま二試合目もやろう!」
 ゴーグルたちの無邪気な提案に、ライダーはいち早く、「わりい、オレ用事あるから抜ける」と言って手をヒラヒラさせてみんなに背を向けた。すれ違いざま、彼はわたしに目配せをした。わたしはもう、どうにでもなれという気持ちになった。
「ごめん、わたしも用事があるから、抜けるね」