静雄の手は大きい癖に、しっかりした骨格だとか皮膚の硬さだとかそういうものをあまり感じさせない。昼休み前の屋上のフェンスに寄り掛かり、少しだけ晴れやかな表情で煙を吐き出す友人の携帯灰皿は溜め込んでいたらしく既に満杯になっていた。静雄は二本目に手をつけようとポケットに手を突っ込んでごそごそとやっていた。105円のじゃなくてちゃんとした灰皿買えばと靴紐を結び直しながら笑えばやる気のない声でうるせぇと返事が返ってくる。煙草をふかしている彼の手元を、僕はいつも見ている。意識している。どうしてそんな風になってしまったんだか。思い出していて思わずあ、と声を上げると、火をつけた音に重なり静雄と目があって笑った。もしかしたら幾分、歪んでしまった笑顔だったんだろう。静雄が少しの間訝しんで、それから凭れかかった背を起こし立ち上がるのにそう時間はかからなかった。僕は慌ててそれを止める。

「違う違う。今更煙いだのなんだのと小言を言うつもりはないよ」
「………そうかよ」

彼は、彼らは基本静かだった。少なくとも、僕と彼らは二人きりでいる時、同じ程度に人畜無害で複雑で繊細だった。他の学生と同じ、この年代特有のやわらかさもずるさもきちんと備えている。煙草をくわえたせいであまり節張っていない長い指だとか曲げた骨のかたちだとかがありありと解ってしまって僕は少し目線を下げた。臨也とは違う種類で白い手だった。その甲にうっすらと血管が張っているのが見えてはっとする。少し戸惑ったような顔がそこにある。

「………あんだよ」
「え、あぁ、別に。静雄って割ときれいな手してるなと思ってね」
「…そうか?」

そう言って静雄は無邪気に手のひらを掲げて覗きこんだ。重いもの、と、一括りにして呼んでもいいのか解らないような規格外のあれやそれを持ち上げる指の先は、深爪気味ではあるけれどそれ以外は至ってきれいで整っている。
―――この手で。
この手で、自販機を持ち上げフェンスを容易く取っ払い標識を振り回している。そんな場面をもう何度も目にしてきた。このきれいな手であの真白い肌を傷つけるのも、締め上げるのも痕を残すのも。もう慣れてしまった筈の光景を想像して、止めた。背筋に一筋、冷たいものが這うように伝うのを感じた。

「臨也のやつもね、きれいな手をしてるんだ。まぁ君のきれいは臨也のきれいとは違う部類なんだけどさ」
「…………」

臨也のあの手を思い出したのはきっと偶然ではない。あの日の、赤く腫れ上がったみっともないばかりの彼の左手は、それでも痛々しいだとか可哀相だとかそういう感覚とは縁遠くただひたすら美しく自分の目に映っていた。指の付け根まで引っ掻き捲れ上がった皮膚を思い出し、そうして思うところがあったので気取らせないよう右手を掲げた。静雄の手の指と交差させるように握りこむ。解ったことと言えば、静雄の手は僕より大きくて、だから僕と同じか少し頼りないくらいの臨也の手よりもやっぱり大きくて、そうして体温が高いこと。それくらいだ。もうそれだけで一杯いっぱいな気もする。もう、充分だろう。ね。

「手前、なにやってんだ」
「いや、すごい深爪だなぁって」
「…ほっとけ」

そう言って顔を背けて煙を吐き出すので、なんでもないことのように手を解いた。
肉の色が薄く透けて見えるほど短く切り揃えられた爪先は、痛々しいが誰も傷つけないようまあるくきれいに整っていた。
それは戒めかいとは言わなかった、けれど。