宛がない訳ではなかったが、意味もなく彷徨うように歩いた。随分坂の多い町で、昇りながら時折後ろを振り返っては平和島は手元に視線を移す。左手に薬の入った袋を持ち、右手にはコンビニの袋をぶら下げていた。先程立ち寄ったコンビニのマークが目に入る。特に目立つ建物のない、生まれて初めて立ち寄った町で聞いたこともない住所を探すのは無謀だと思って入ったコンビニは少し寂れてレジには店員がいなかった。奥の方から聞こえた間延びした声に平和島は黙って足を進めていく。おにぎりを整理している店員の背後に立ちすみませんと声をかけると店員はそれなりの愛想の良さでいらっしゃいませと振り返った。ひとまわり以上年の離れた、色の白い女性は平和島の姿を上から下まで眺め、あらまぁと呑気そうにたった一言呟くだけだった。

ここからそんなに離れていませんよと、笑った顔は幾分若く見える。平和島は小さなメモ紙一枚を片手でつまんだまま、女性の声と陽気で間の抜けた調子の店内放送に耳を傾けていた。ここの通りをそのまままっすぐ行って、交番を左に曲がって坂を上って。女性の言葉を一度だけ繰り返し平和島は短く礼を言った。平和島が店員と話をする前、する間、した後、平和島以外に人っ子一人この店に来る客はいなかった。整頓された陳列棚に目を向ける。このまま店を後にするのは気が引けたので店の中を歩き缶詰を手に取ってみた。みかんやら桃なんかの缶を手にとっては元あった場所に返し、最後にツナ缶に手を伸ばし、いや、それはないと引っ込めた。左手に下げた妙に軽い袋のせいで、平和島はまるでこれから友人の見舞いに行くような気分になった。

「………あり得ねぇ」
袋の中から缶詰が覗いている。結局あの時手に取った桃缶と、蜜豆と何故かツナ缶を一缶ずつ持ってレジを済ませた。ありがとうございましたと、女性の落ちついた声を背に店を出て、教えられた通りに歩き続けるとすぐに交番は見つかり坂が続いていた。歩きながら平和島は両手に持った荷物の重さを噛み締めるように考え続ける。吹き抜けていく風で袋は相変わらずがさがさとうるさい。右手に持った缶詰と違って、岸谷から受け取った薬は今にも袋からこぼれ落ちそうだった。ばさばさと揺すぶられながら、頼りなく真白な紙袋が中にある。
「……………。」

この薬がどんな薬か、平和島はなにも知らない。なに一つ知らない。知らされていないしそれを知るのは岸谷ではなく折原に尋ねるべきだと思った。あの男が素直に吐くかどうかは別にして。向き合わなければならない関係だとは、折原も平和島も望んではいなかったし考えたこともなかったけれどそれでも。
死ぬような病気ではないと言う岸谷の言葉を思い出し細く長く溜め息をつき立ち尽くしたくなった。ずっと殺したかったのは嘘ではないんだ。ただ、ただ酷く安堵している。何て腰抜けなんだろうたったの四か月程度、ぬるま湯のように浸かっていた日常から離れてしまっただけで。あぁ、もう、こんなのはもう御免だった。自分以外の要因で折原が岸谷に厄介になっているのだと知った時の、爪先から冷えていく感覚を思い出し遂に立ち止まってしまった。
揺れているその姿を、平和島はただ黙って見ていた。