死ネタを含むパロです。
幼馴染静臨で臨←子静。臨也さんが酷い大人かもしれない。
没ネタなので中途半端で切れています…





妙な夢を見たと、言えば折原は困ったように笑い必ずと言って良い程左手で耳たぶに触れた。もしかして昔の記憶かいと、小さく首を傾げ泣き笑いのような表情で微笑む。昔は腰を折って視線をわざわざ俺に合わせたが今では折原が俺を見上げていた。若干の差ではあったけど。いつの間にか追い越した身長を折原は笑い、そうして思い出すような目をして俺を見る。今だって折原は黙ったまま、俺の返答を待つように唇を吊り上げゆっくりと手のひらを伸ばすだけだった。やさしい目をしながら、傷んでる、とだけ告げてまた黙り込む。独り言のような呟きに俺は大人しく折原の手を受け入れた。放っておいたせいで襟足にかかる長さの髪を梳く。時折、やわく指先が引っ張る。それを見て遠い昔を思い出すように目を細める折原を、俺は真似るように目を細めて黙って傍観し続けた。

俺は先程折原が触れた耳たぶの薄さからどうしても目が離せなかった。つるりとして小ぶりな、ただの耳に酷く執着している。一体何時からだったかなと思い返す。覚えている限りの昔を思い出していると、折原は不思議そうに名前を呼ぶのでそうじゃねぇとだけ返しさっさと視線を逸らした。そう?と安堵したように訪ねる声に苛立ち拳を握りしめる。爪が食い込むのもお構いなしに力を込めると苦々しそうにだめだよと言う。一体なにがいけないと言うんだろう。手のひらにくっきりと残った爪痕を見ても俺にはどうしても解らなかった。深爪し過ぎたせいでじんじんと痛む指先を折原の耳に近付け名を呼んだ。夢の中で折原がそうされていたからだった。その指に、手のひらに愛おしそうにすり寄る癖に夢の中の折原は普段の饒舌ぶりが嘘のように口を閉ざしたままだった。
真白い壁紙の、ほんの隙間だけ開けた窓から時折風が入り込みカーテンを揺らす部屋の中で。部屋の隅にあるベッドに向かって話しかける折原は俺よりも少し幼く、だけど夢の中の俺と同い年らしかった。視界は澄んでいて折原の顔が良く見える。濡れたようにひかる睫毛まで認めて、ベッドの脇にある点滴の管を目で追うとそれは俺の腕へと繋がっていた。その手で折原に触れているんだと自覚するのと同時に、俺は少し硬いシーツの上に寝かされているのに気付く。すぐ傍にある折原の顔を眺めながら、だけどどこか遠くで、映画を見ているような感覚に陥る。夢の中の俺はもう長くは生きられなくて、そのことを折原は知っていたし折原がそれを知っているのを俺は知っていた。そういう夢をもう六年も繰り返している。俺の記憶の残っている十歳の夏から今まで、旧い記憶のような夢を何度か見てきた。


「洗濯物畳むの、手伝ってくれるかい?」

そう言って身を翻す折原を俺は止めなかった。結局この手は彼に触れることはなかった。いつだって結果は変わらないのだ。折原がやんわりとそれを拒否しているのかもしれないし、俺にあと一歩踏み込む勇気がなかったのかもしれない。爪痕の薄くなった手のひらを広げなんでもないことのようにあぁとだけ告げると折原は一瞬、申し訳なさそうに笑んだ後いつもと変わりなく人を食ったように口角を吊り上げ手招いた。それにつられるようにふらりとベランダの傍に寄る。窓の桟に手をかけ洗濯物を取り込もうとする折原の手に触れ、代わりにそのまま手を伸ばす。
こんな風ならば触れられるのにどうして出来ないのだろうといつも思う。ワイシャツやバスタオルなんかをぽんぽんと放る傍らで折原がフローリングに座り込んだ。屈んだ拍子に薄いワイシャツから覗く鎖骨が、可哀相な程浮き出ていて、俺は先程の折原の言葉を思い出し同じように床に座った。広い部屋で身を寄せ合うようにして洗濯物を畳み続ける。

「君はどうしたい」

唐突な言葉だった。それがなんの事だか解らない訳でもなかったので、お前はどうして欲しいという言葉は呑み込んだ。呑み込むことが、まだ出来た、けれど、そんなのは卑怯なことだと解っていたので俺は特にどうこうする訳でもなしに折原と向き合う。カーテンのレースが時折靡いて男の髪を掠めるのをぼんやりと見ていた。やさしい風景だった。彼を見ていると既視感と言うものを嫌と言う程実感する。初めて出会った時もそうだった。

『しずちゃん』

折原は俺を最初からそう呼んだ。六年前のあの日。気付いた時には新羅と呼ばれた若い医者の家にいた俺を、折原は目を見開いて。何故か彼のことを随分昔から知っている気がして、寝かされていたベッドから起き上がると男はまた俺にしずちゃんなのと静かに尋ねた。期待するようでもあるし外れていて欲しいと願うような声でもある。聞いていたいなと思わせる声音だったけど、俺は彼に対してなにを言うべきか解らなかった。
『君、名前は?』
『……ぁ、…』
『しんらから、…あー、そこのお医者さんから、君の話は聞いてるんだ。俺は、折原いざやって言う。君、自分の名前は解るかい?』
『…………』
黙っていた俺を、名前も忘れてしまったのだと折原は解釈したのだろう。しずちゃんって呼んで良い?と男はベッドの傍に跪き俺の手を取り笑った。今思えば随分勝手な男で、自由で気ままで少し悲しい。完璧に作られた笑顔だとそのとき俺は解っていて、だからそれ以上なにも言わずただ黙って頷くしか出来なかった。しずちゃんと呼ばれると懐かしいような物悲しいような感覚がして、しかし心地好かったのには変わりない。
気丈に振舞う折原をどうしてか俺は泣きそうだと思って見つめていて、ほんとうは名前くらいは覚えていたけれど、と声には出さなかった俺を新羅は複雑そうな顔で見降ろしていた。夢を見始めたのはその年の真夏も過ぎた頃で、折原と出会って四か月が経とうとしていた。


「今日、なに食べようか」
最後の一枚を畳み終えた折原は積み重ねたタオルの上に片手を置きもう片方の手で俺の髪に触れて笑った。手伝ってくれてありがとうと言う代わりにそうされているようで、俺はいつもなんて言って良いか解らない。
記憶のない俺は折原に引き取られてすぐに、彼が時々俺を通して俺ではない誰かを見ていることに気がついた。髪の毛を指に絡ませて遊んでいるらしい折原を好きにさせながら、だけどそんなことは最初から解っていただろうと自分自身に言い聞かせる。もうずっと昔から見続けている夢になんの意味があるのか、知りたくて知りたくないのに、答えはもうずっと前から目の前にある気がする。気付かなければならない。解っている。そうじゃなきゃ、俺も、彼も、
「なぁ」
「うん?」
「しずちゃんって、誰だよ」
なのにどうしてだろう。答えに詰まる、大人なのか子供なのかあやふやな表情をする折原を見てしまうともう駄目だった。きちんと空気を吸おうと口を開くと、ひゅ、と乾いたような音が鳴った。失ってしまったような感覚がする。もう、思い出せない程遠い過去に、なにかを置き去りにしてしまったような気がして苦しい。目頭が痛くて熱かった。手元にあった薄いシャツにしがみつくように握り締める。こんな風にしたい訳ではないのに。
「お前は俺に、どうして欲しいんだよ」
訳も解らず泣いた俺の額に、折原は躊躇って一度だけ口づけて頭を撫で続けた。ごめんの一言すらない代わりに、彼は俺をしずちゃんとも呼ばなかった。ずるくて卑怯で、でも、そうすることが正解だったのかもしれない。その日は夕飯も食べずに、折原と身を寄せ合って眠った。折原の身体はどこもかしこも冷たくてかなしい。まるで死体の温度だ。冷たくてつめたくて仕方ないと嘆きながら縋った。
なぁお前は、一体なにを失ったんだ。
名前を呼んでも折原は答えない。彼は眠っているだけだった。それだけ、だった。






夢で逢えたら

2010.06.19 折原と、






子供の頃に死んでしまった静雄さんの生まれ変わりに出会う臨也さん、という設定でした。ほんとうはもうちょっと書き足したかったのですが、そうなるともう収拾つかなくなるのでここで切りました。
16歳子静×20代後半折原さんでした。