「よ〜大地。会いたかった」
どこまでも低く感じる声がオレを呼ぶ。幻聴だと思いたかった。しかし、目の前で口元を大きく歪ませて笑っている男の姿が視界一杯に広がっている以上、それまで幻覚だと思う事は出来ない。
「…こ、煌」
今日一日中、オレの感情を大きく惑わせた存在が目の前に飛び込んできたことで、オレは立ちすくんでしまう。
以前の風紀委員長としての模範的な優秀生徒の姿ではなく、不良その物の姿だった。それもオレが指示したチェーンやカフスだけでなく、いつの間に空けたのか、ピアスまで空けられていた。
さらに頭に包帯が巻かれているし、足も少し引き摺っている様子だ。
その理由を思い出して、オレの背中に寒気が走る。
オレの今すぐ逃げ出したいと言う気持ちをお見通しとばかりに、侵入してきた男…煌は後ろ手で扉を締めた。ガチャリと鍵が締まる音がひどく大きく聞こえる。
自分の血の気がす〜と引いていく音も同時に聞こえる気がした。
目の前で固まっているオレの顔に、手を伸ばして指の甲でオレの頬を一撫でしてきた。まるでそのしぐさは愛おしくてたまらない恋人に対しての行為そのものであった。
「俺がせっかく退院していの一番に会いに来たってのに、大地は早々に浮気か?相変わらず、つれない奴だな」
楽しげに笑いながらオレを見ているが、その目は笑っていない。ひどく濁っており、怒りが眼球の奥底に閉じ込められていた。
「浮気も何もねえよ。この死に損ないのホモ野郎」
ひどく喉が渇くのを感じながら、それでもオレは虚勢を張る。
「残念なことに、もう俺はホモではない。お前しかいらないからな。どうだ、嬉しかったか?俺からのプレゼントは?」
耳元でそう囁かれて、オレは自分でも制御できないほど身体がビクンと震えてしまった。
「お前なら知っているだろう。あの花の花言葉を」
そう。オレが一日これほど精神的に追い詰められたのは一つの届け物であった。
寮室に届いた一輪の花束。寮長が頭を捻りながらオレに渡して来たのは、ドライな印象がある貝細工のような白い花だった。
それは…。
アンモビウム。
女っぽいので公に出していないが、花、特に花言葉に興味を持っているオレには、一瞬で送り主が分かってしまった。
その花の質感より付けられた花言葉は『不変の誓い』そして、『固い約束』。
頭に浮かぶのは、1人しかいない。
オレが先日、その人生を狂わせた男だ。オレに何を思ったか執着してきた最高級の男をオレは今まで培っていた物全てを捨てさせ、オレを選ばせておいて、彼が希求する餌が不良品であることを暴露して絶望させた…はずだった。
それなのに、この花を贈る意味。
そんな所だけ鋭い自分の勘の良さを呪いたくなる。
寮室でその花を掴み握り締めながら、下唇を噛み締めた。