二章-13〜百路side〜
しかし、なぜ固まるか…。
流石に本人を前にして、あんまりの男前ぶりに皆が言葉を失っているとは流石に言ってもいいものかと、躊躇する。すると、やはり、風紀委員長は俺を信じることなく、苦笑いしながら、気を遣うなと言ってきた。
こ、この人、マジで、自分に対してだけネガティブだ。え、そんなにパーフェクトでなんでそう思えるねん。
「だから、お前なら、列を作って並ぶほど友達でも下僕でもできっだろうが!」
俺がそう返すと、彼は子供っぽくそっぽを向きながら投げやりに言葉を放つ。
「なら、お前が友達になってくれるって言うのかよ。変にそう煽てて気を遣われると、余計に虚しくなるからそういうのはやめてくれ」
だから気ぃ遣ってるんとちゃうわい!
そんな思いで気が付いたら俺は彼にとんでもない答えを返していた。
「なっ、なってやるよ!友達でも、何でも!…あっ」
瞬時に起こる後悔。
売り言葉に買い言葉のように返事を返してしまったが、それがとんでもないことであると気が付いて内心、慌てふためく。
なに言ってるねん、俺。こんな規格外な人と友達になれる訳ないやろが。そもそも、今は絶賛嫌われ中なんやぞ?俺は。
修正しようとして、うっと言葉に詰まる。誰もが絶賛する風紀委員長が、常に無表情な姿しか見せない男が、なんと目を輝かせてこちらを見ているのだ。
ちゃう。これは幻覚や。こんな美しいワンコがいるわけがない。激しく振っている尻尾なんか見えてへんぞ、俺は!
「本当に?」
聞いたこともないほど弱弱しく訊ねられて、俺の頭の中で白くて大きい旗がメビウスの字に振られていた。
こんな期待と不安満々な顔で見られて、誰が断れるってんだ。
悪あがきに俺でいいのかと再度聞くと、かなり下手からお願いしてきた。
おいおい。思いっきりキャラ壊れているぞ。
そう突っ込みそうになったが、この天然ぶりからして実はキャラを作っているのではなく自然とそう思われるようになったと言う方が正しいんだろうと、すぐに推測がついたので黙っていることにした。
俺にしたらとんでもない杞憂だと思っていても、この人にとってはそれほど深刻な悩みだったのだろう。無表情とは程遠い、口笛を吹きそうなほど上機嫌を顔に出している彼をみると、本心なのだと確信が持てる。
だから、俺は覚悟を決めて友達になりましょうと手を差し出した。
友達をあえて作ろうとしなかった俺だ。そんな俺でも、これほど喜んでもらえるなら、なりたいとすら思った。
しかし、手を握られた瞬間。
一気に俺の血は沸き立ち、見る見るうちに血が頭に上る。
えっ、えっ、え〜〜。そ、その核兵器並みの笑顔は反則やろ!
切れ長の人形かと思われるような完璧な顔。目尻が少し下がり、男らしく口元が少し上がっていた。
それはひどく無邪気で、静かな水面にさざ波が広がったように穏やかな笑みだった。
あっかん。あかん。この人、あかんやろ。こんな笑顔、やばいって!他の生徒に見せたら、みんなショック死すっぞ!
あまりの威力に俺ですら、鼓動が激しくなっている。俺は必死に顔を隠して、彼に訂正を持ちかけた。
「人前は…む、無理です!」
しどろもどろになりながらも、これだけは主張する。人前でこの笑顔を俺に向けられたら、俺の背中は焼き餅の視線ビームで穴だらけになる。
すると一気に眉を下げて、悲しそうな口調で再び頓珍漢なことを言い出してきた。
悪名高いって、この人のネガティブバリアは相当だな。
しかし、聖のせいで確かに俺はヤバい状況だし、彼には申し訳ないが、あえて訂正しないでおこう。長年の考えを覆すには時間も彼との関わりも、圧倒的に少なすぎる。
その代わりと、俺はあえて敬語を外してみた。これは友達になると言う俺の意志表示だ。
頭の回転の速い彼は俺の意図にすぐに気が付いたようで、再び穏やかな笑みをこちらに向けてきた。
そしてさらに、彼の口からとんでもない言葉が飛び出す。
は?救出はオレにさせてくれ?
「お前はオレが守りたいんだ!」
そう言われた瞬間。ポンっと頭中の血が沸騰するのを感じた。
何、この人。この人!だ、騙されるな、俺。この人はただの無自覚なタラシやで。例え、口説き文句にしか聞こえへんこと言われても、ちゃうぞ。そこに、バラ色のお熱はない。うっかり、マンガ顔負けの痛い勘違いして、じゃあ自分も〜とか思ったら負けやぞ、俺。
彼の問いに小さくお願いしますとだけ返して、俺はあ〜だう〜だとうめき声を上げながら冷静になれるように努めた。
俺はノーマル。彼もノーマル。ノーマル、ノーマル。
まるで呪文のように繰り返して精神統一を図る。
この学園に入って、俺に友達と言う言葉を向けてきたのは二人。どちらも規格外で俺が望む平穏を木っ端みじんに壊う存在だ。
事実、そのうちの一人。聖に問答無用で騒動の渦中に餌として放りこまれた。そして、救出してくれた学園一有名で人気者であろう風紀委員長。彼の動向は彼の意志と関係なく、不特定多数の生徒たちに窺われている。
彼に近づく者には風紀委員もFクラスの生徒たちもひどく敏感になっていることは、その辺りの事情に疎い俺でも分かっている。だから友達になることがとんでもないことで、俺の身の上にでっかい爆弾が吊るされることになるのは分かっている。
今までと違って不良に絡まれるかもしれない。取り巻きと化しているFクラスの者たちが、俺の存在を見逃してくれる訳が無い。いくら、人前を避けていてもばれる危険もある。
それでも俺はもう覚悟を決めた。
この人の友達になろうと。
今までは大したものでもないのにナリも本性も偽って生活をしていた。彼の姿を見ると、それがどれほどちっぽけで自惚れた物かと恥ずかしく思ってしまう。
別にこの人に並び立とうと思ってへん。でも、猫を被った姿で傍にいるのは嫌や。俺でもええと言ってくれるなら、俺もできるだけ素で話ししたいんや。
聖の件も、守られるだけでなく、きちんと自分でケリを付けたい。それができて初めて、風紀委員長…雪村零さんと向き合えるんだと思う。
よし、いっちょやるか。
俺は決意を固めて、先ほどの自分の言葉を訂正することにした。
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