二章-11〜百路side〜
連れて来られた保健室。運悪く、保険医の津田先生は不在だった。
風紀委員長と二人っきりなんかをばれたら、それこそFクラスでボコボコにされるやん。いやや〜。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、風紀委員長は椅子にゆっくりと俺を下ろしてくれた。
「あ〜津田先生、不在か。香田。嫌だろうが、オレの手当てで勘弁してくれるか?」
彼の聞き惚れしそうなほどの声に一瞬、思考が止まりそうになる。だが、すぐに突っ込みが浮かぶ。
な、なんで、この人、あり得へんほど低姿勢やねん。手当してもらうのに、嫌とか言うなんてどんな奴やねん。それも、こんなフェロモン美形にやぞ?女もどきだと、一生手当てしてもらったところ、外しませんと言いそうなもんやで?
その思いを抑えきれずに俺はつい質問をしてしまう。
「どっ、どうして、雪村様の手当てを嫌だと思うと言うのですか?」
そう言うと風紀委員長は珍しく目を見開いて、驚きを顔に現してこちらを見る。
「えっ。お前、オレのでいいのか?」
この人、本気かよ?
「ぎゃ、逆に…おそれ多いってか…。して頂くのが申し訳ないって…え〜」
しどろもどろになりながら、風紀委員長自ら手当などされたら申し訳ないってことを言葉にしようとしたが、その間に風紀委員長は棚から湿布やら包帯やらをせっせと取り出している。
その姿はどこかやる気に満ち溢れていた。
「同じ学年なんだ。そんな畏まるんじゃねえよ」
乱暴だが、どこか優しさを感じる口調である。
しかし、その内容はとんでもなかった。
「そんなっ!むっ…無理です」
慌てて辞退する。そんなことできる訳が無い。手当も辞退して自分でやりたいくらいだったが、やる気まんまんと言う感じの彼を前にして断れなかった。
「ほら、服を脱げ。傷になっている所は腕と足だけではないだろう」
そう言われて、ハッと息を飲み込む。まさかバレてるとは思わなかった。だから、腕と足だけの手当てのつもりだったのだ。
しかし、制服を脱ぐとタンクトップをめくられ全ての傷を見られる羽目になった。
犯人を聞かれ黙っていると、聖かと聞かれたことで観念して白状した。
しばらく顔に皺を寄せて全ての傷を丁寧に治療していたが、それが終わり道具を仕舞った後、こちらに向かって深々と頭を下げてきた。
えっ。えっ。
驚いている間に彼の低い声で謝罪してきた。
「すまない。香田。もっと早くに動く必要があった。すべてオレのせいだ」
「いっ、いや。止めてください、雪村様。あ、貴方のせいではありません!」
決して彼のせいではない。それは確かだ。だから即刻否定した。
するとあれほど無表情だった風紀委員長が、ほんのわずかの優しげな眼差しをこちらに向けてきた。
「優しいな、お前。こんなにボコボコにされて、痩せて、辛かっただろうに」
そう言うと俺の肩に制服を掛けてくれる。その温かさは彼そのモノのように感じ、その低く優しげな声に俺の無自覚な戒めの鍵ががちゃがちゃと音を立てる。
そんなことないと言葉を発するはずだった口から嗚咽のようなものが零れる。
「泣いたらいい。お前はよく辛抱した。かならず、オレが救ってやる」
その声を聞いた瞬間、木っ端みじんに心の中の鍵が砕け散った。堪えようにもこられきれなくなって漏れるうめき声と涙。
本当は辛かった。自ら死にたくなるほどだった。だれかに救いを求めたかった。だが一線を引いた付き合いしかしてなかった俺を救おうとする者などいなかった。
だれがわざわざ台風に向かっていって、巻き込まれようとするだろうか?俺でなく他の誰かが俺の立場になったとしよう。そうなれば間違いなく、俺は一切関わりを持とうともせずに目も耳も塞いでいただろう。
だから彼らを批難できない。そして同時に、彼らに期待も出来ない。
先生や風紀、そして生徒会。助けを求める場所はいくつもあるように思えるだろう。しかし、先生の一部はその台風を溺愛し、見るからにエコひいきをしている。生徒会はもっとひどいものだった。直接暴力を振るう事はなかったが、ゴミを見る様な目でいつも俺を見ていた。
風紀については、あまりにも遠すぎた。
聖により騒動が起こり風紀に連行される事があっても、俺までが連れられることはなかった。そしてその日は、聖にヤツあたりの暴行を加えられるのが日常だった。
だから、心の中で突っ込みを入れたりヘラヘラしながらも、全てを諦めていた。もう早く退学になりたいとまで思っていた。
そんな俺に詫びを口にして、一番ほしい言葉をくれたのだ。
必ず、救ってやる。
あれほど全てにおいて投げやりで疑心暗鬼になっていたのに、彼のこの言葉はすんなりと信じることができた。
ポンポンっと優しく頭を叩かれる。その大きな手から心地よい癒しを感じてしばらくの間、俺は安堵の涙を流し続けた。
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